幕開け
「......それって、どういう意味ですか」
涼稀がうろたえながら尋ねる。
彼にとって奈良要塞に侵入者が入ってくるなど、考えられることではなかった。
「言った通りさ。本来ならばあり得ないこと。あってはいけないこと。だけど現在この要塞には侵入者がいる」
ほぼ完全な密封空間である奈良要塞において、人の出入りは最も重点的に監視される事柄の一つであった。
古来から、堅固な城を落とす時には、食糧攻めか内応者を募ることが最も効果的だと決まっている。だが、基本的に奈良盆地は自給自足ができるだけの力があるため、攻める場合には後者の方が現実的だ。
よって、外から隔絶された環境にあるからこそ、外と内を結ぶ道には厳重に警備が敷かれている。
要塞へと通じる道は東西南北に計4箇所。さらにその先には幾重にも重なる扉が続いていて、正式な手続きなしでは先ずはいることはできない。はずなのだ。
「それで、侵入者はどうやって中に入ってきたんですか」
涼稀に代わって、周平がいくらか挑戦的な目を輝善に向ける。
輝善の方は、先ほどからの不気味な雰囲気を帯びたまま口を開く。
「今日も未明、外から武器を運び込んでくるための大型トラックが4台ここに入ってきた。もちろんその際に使われた資料は完璧に国から支給されるものと同じだった」
「それにどんな問題があるんですか」
「まあ、話を最後まで聞きたまえ。トラックがすべて通過したあと、もともと要塞へと武器を運び込んでくるはずだったトラックが、すべて事故を起こしていたことがわかったんだ。事故発生後通信できる状態になってから4分後のことだった」
涼稀のみならず挑戦的だった周平も、驚きの表情をかくせない。
彼らの暮らす超情報化社会において、数分間と言う遅れは十分驚きに値することだった。
「さらに、隣の三重県で国籍不明の船が接岸し、何らかをおろしていることも分かった。
それともう一つ。これは無関係なのかもしれないが、ここ数ヶ月で全国からの在日外国人の三世、四世の世代が急激に要塞内へ転居している。無論、要塞内での住居をを認めるために使う資料に偽りはないことは確かめてある」
「そうですか」
涼稀が呟くように言った。周平はこころなしか顔が暗い。自分の予感が当たってしまうかもしれないと言う事実。
本心をいえば、周平は早く京都へ帰りたかった。実際に戦いの中に放り込まれるのはまっぴらごめんだった。
だが、そんなことは許されないだろう。今日の未明に侵入者が要塞に入ってきているのならば、恐らく何かのアクションがあるのは今日。今回も残念なことに災いから逃れることはできそうにない。
「周平クン。君は俺たちと共に戦ってもイイんだよ。もう一度言っておくけど、君にはそれを可能にするだけの力がある。 俺や氷華さん。緑谷さんと同等かそれ以上の」
「いや、俺は......」
--戦いたくない。
そう言いたかったがダメだった。
やはり、五師家の直系。高校2年生にして【破者】の異名を持つ麒麟児。
強大な存在感に飲み込まれ、押しつぶされそうな迫力には有無を言わせない力が込められている。
(俺の力は、そんなに凄いものなのか?)
そんな考えが脳裏をよぎる。だが自分の力をまともにコントロールもできない自分にそれほどの力があるとは思えなかった。
ましてや実際に人と戦うなど、到底できるはずはなかった。
だから、輝善の誘いを断りたかった。
だが、大き過ぎる見えない力に圧倒されてその言葉を切り出せない。
「輝善」
その時に声を発したのは、以外にも輝善の隣に座る智晴だった。
「どうしたんだ智晴」
「やめておけ」
智晴のその一言で、輝善の纏う雰囲気が一気に代わった。
「......悪かったね。でも周平君。俺は君を過大評価しているわけじゃないんだ。あくまで俺の『勘』ではあるけど」
「『勘』ですか」
「そう「勘』だよ。だからさっきのはあまり気にしなくていいよ。久しぶりにいい人材を見つけたんでね、ついつい暑くなっちゃっただけだから」
「............はい」
先ほどまでとまたしても別人のように元に戻ってしまった輝善に少し呆れぎみの周平と涼稀だったが、二人とも彼が元に戻ってくれて安心しているのだった。
◆◇◆◇◆◇
決行が早まったという知らせを受けて、洪成は部下たちに5分後にここを立ち、次の目的地へと向かうことを知らせた。
早まった理由は、予想以上に発見されたのが早かったからだそうだ。
怨命様は何をしているのだ。と、洪成は歯噛みしたくなった。この国の技術力はあの人も知っているはずだ。
まだ日が真上にも登っていない。今から襲撃を始めれば、襲撃自体は成功しても、撤退することは難しくなる。夜の闇を味方にできないからだ。いくら夜が明るく、人間が夜間に活動するようになったからといっても、やはり起きて活動する人の数が昼間の方が圧倒的に多かった。
やはり、密かに行動する時には夜の方がいいのだ。
5分と言う時間はあっという間に過ぎてしまった。
洪成たちは移動を始めた。迅速に、なおかつ跡を残さないように。
30人が散り始めた。まず半分に。そして3分の1に。黒い現代的なアーマーを身につけた者たちは、自らの足で移動して行く。
十数キロと言う道のりはあっという間だった。約10分後、洪成は目的地に到着した。眼下には要塞の入り口へと続く道が通っている。
道の両側は高く木が茂っていて、要塞へと続く道は低く森にはさまれるようにして通っている。
隠れているのには絶好の場所だった。
もちろん、だからと言って油断はしない。
洪成が到着したのは一番で、いま次々に部下が到着している。
張峯、青瑛も到着した。
「しばらくここで待機だ。内側からの合図をもって、要塞に侵入する」
決行が早まったのは予想外だったが、やるからには任務を達成しなければならない。
構成は腹に力を入れ、襲撃の時を待った。
◆◇◆◇◆◇
バスは移動を続けていた。
元に戻った涼稀は、久しぶりに会うことになった氷華や駿太郎他、生徒会のメンバーと共に話している
あれは一体なんだったのだろうか。
周平はバスの窓から移り変わる景色をぼんやりと見ながら考える。
彼の本来の姿を見た気がした。いや、まだその中のほんの一部なのかもしれない。よくよく思い出してみれば、幾つか席を超えて座っていた采聖や天悠。他のみんなも決して自分のように緊張しているようには見えなかった。
あの殺気。と言うと少しおかしいかもしれないが、ゾクゾクとする気味の悪い空気を自分と涼稀だけに対してのみに放ったというのであれば、恐ろしいことだ。
一方だけに限定して放つ。ということは、コントロールのためにある程度力をセーブすることになるからだ。もし一方だけに放つというリミッターを解除すればどうなるか。
周平は考えて身震いする。 そんなことを考えながらも、周平は窓の外を何気なく見つめていた。
それで、周平はあることに気づいていた。
人の往来が多すぎる気がするのだ。その九割以上は20代から30代前半の男性。しかも、進行方向が一方方向に集中していた。バスの進む方向と同じだ。そしてそれは反対方向へ進む人に数よりも圧倒的に多かった。
もしかすると、目的地は「中心部」なのか。
いや、考えすぎだろう。と周平は首をよこに振る。
さっき朝日さんからあの話を聞いたからだろう。と都合よく結論を出してみる。
それに朝、山門高校の周辺の地図を見た限りでは、周辺には仕事場も多くあるようだったし、若者が集まるのに適しているだろうと思われる施設も少なくなかった。別にそっち方面への人の動きがあってもおかしくはないだろう。
周平はさらに理由を付けたして、自分自身を落ち着かせる。
だが、情報は次から次へと周平の中に入って行く。
窓の外で、バスの後ろへと通り過ぎていく人のほとんどを占める青年たちは、皆は同じくらいの大きさのカバンを肩にかけて歩いている。
色は黒。長方形で、厚さは......ちょうど銃が入るくらい。
(ダメだ。思考が悪りぃ方にしか働かなねぇ)
周平は暗すぎる考えを首を左右に振ることで振り払う。
「......なあ涼稀あとどれくらいでつくんだ」
本当は、涼稀に聞かなくても、あとどれくらいで着くかなんか分かっていた。だが、誰かと会話をしていかないと、頭がおかしくなりそうだった
「えっ、と」
一方、前を向いてぼーっとしていた涼稀が、急に声をかけられてびっくりする。
そして、状況を理解した彼はある塔を指差した。
「もうすぐだよ、あの曲がり角を曲がったら、あそこに大きい塔が見えるでしょ。あそこが山門高校だよ」
涼稀が言い終わった時だった。
戦いの幕が開けたのは。
一年間ありがとうございました。




