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IKAZUCHI  作者: 雪 渓
2章-奈良旅行-
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親子同然

 駆けた。駆けに駆けた。


 なんとしても明朝までに目的地へとつかねければならなかった。とりあえずそこまで行けば休息も取ることができ、おそらく午前中は休むことができる。

 緊張感とともに、これだけ思いっきり体を動かしたのは何年ぶりだろうか。と、洪成(こうせい)は不意に思った。おそらくさきの大戦の最終局面が、自分にとっての最後の戦いだったと思い返す。だがそれも一時。極限まで身体強化をしているため、走るスピードは尋常なものではない。ともに行動する者たちも、軍の中から選りすぐった優秀な者ばかりだ。考え事ばかりしていると、置いていかれてしまう。


 となりでは張峯(ちょうほう)が走っている。彼は幼子(おさなご)のときに洪成が拾って、育てた。妻帯していない洪成にとっては、息子同然の存在であった。


 30人近い集団は、徐々に分かれていく。半分は張峯。もう半分は青瑛(せいえい)という者が小隊長を勤めていて、洪成はそれを統べる大隊長だった。目的地まであと半分となったところで、洪成は張峯と別れた。


 5人ほどの小隊となって、高低のある山中を駆け抜けていく。


 遠くにあった大木があっという間に自分のとなりを通り過ぎる。


 小一時間走り続けて、やっと目的地についた。息が上がっていた。張峯の隊は既に到着している。部下に野営の準備を指示し、自分は一人立っている張峯の方へと歩いていく。


「顔が深刻すぎますよ」


「そうか」


「ええ、そんな顔されるとこっちが困ってしまいます」


 二人の間に流れる空気は船内とは少し違っている。まるで、親が子を心配し、子がそれをおかしがるようだった。近くの倒木に座り、二人は少しの間語り合った。


「数時間で夜が明けます。老人は早く寝ておいた方がいいと思いますが」


 洪成が顔をあげた。少々皮肉交じりに声をかけたのは張峯の親友―――これからは共に戦友となる男―――の青瑛だった。背は張峯より少し小さいが、顔は秀麗で体は引き締まっている。


「そうだな。お前らも仮眠はとっておくようにな」


「ええ」


「わかっています」


 洪成が立ち上がり、張峯も続く。


「お前ら、4時間の仮眠だ。しっかり休んでおけよ」


 部下たちに指示を出し、洪成は木に寄りかかって目を閉じた。久々の緊張で疲れていたのだろう。すぐに泥のような眠りについた。



   ◆◇◆◇◆◇




 起きたのは6時頃だった。

 昨夜、楽しみでなかなか寝付けなかったというのに。ずいぶん早く起きてしまったものだと心の中で呟いた。

 隣には、周平と秘都美がぐっすり眠っている。少なくとも自分にはそう見えた。


 涼稀は布団から抜けだしててベランダへ出る。この旅館には、どの部屋にもベランダがついている。


 見えるのは颯爽と立ち並ぶビルがほとんどだったが、ところどころ緑も見える。


 太陽の光は清々(すがすが)しく、頬をかすめる風は涼しかった。


 しばらくその風景をなんとなく眺めていると、不意に後ろで音がした。


 ベランダのドアが開く音。


「おお、涼稀。はえぇな」


 周平が眠たそうな目をこすりながらベランダへ出てきた。


「昨夜はよく寝れなかったのに、なんだか目が覚めちゃったんだ。ひと姉はまだ寝てる?」


「ああ、ぐっすり。おかげでよく眠れた」


(いや、関係ないでしょ)


 と、涼稀は心の中でツッコミをいれる。


 周平は腕を組み、壁に寄りかかった。


 二人とも、何も話さない。別に、イライラしているとかそういうわけではなかった。


 黙ってじっとしているのがある意味で心地よかったのだ。


 しばらくして、涼稀は部屋へあがることにした。

 理由はない。ただそうしたかったからだ。 




   ◆◇◆◇◆◇




何かが近づいてくる気配で、洪成は目を覚ました。


「洪成様、起きられましたか」


 そう言ったのは張峯(ちょうほう)だった。


「ああ、今は6時ごろか」


「はい。今6時になったところです


「そうか、皆は起きているのか?」


「はい、数分ほど前に全員起きたばかりですが」


 自分が一番最後か。と思うと、少し老いを感じたように思う。


「あなたはまだ現役でやれますよ」


 そう言ったのは端正な顔を微妙に歪めた青瑛(せいえい)だった。


 洪成は苦笑し、当たり前だ。と言って立ち上がった。そして、ヒソヒソと雑談をしている部下の元へと歩いて行く。


「さてとお前ら。今日はお前らの最期の日になるかもしれん。一番いいのは誰も失わずに全員が戻ってくることだが、そうもいかんだろう」


 方々を向いていた兵士たちが、一斉に洪成を向いた。


「だが、もしそうであっても、私はお前らのことを忘れない。お前らは、いつでも私の心の中で生き続ける」


 最後に洪成が言ったのはこの言葉だけだった。だが、この一言で彼の部下の顔が引き締まった。死をも覚悟した表情。


 自分たちの行動に、どれほどの意味があるのかは分からない。だが、洪成が自分を覚えてくれさえいれば、自分は死んでもいい。


 部下にとって、洪成はそのような上司であった。


 部下に自分の言いたいことを言い終えた洪成は張峯を呼び、久しぶりに自分の日課を手伝えといった。


 現在地は森の中の小さな空き地のようなところだ。なかなか良い場所で、空には木が生い茂り上から見られることはない。


 洪成は、張峯と向かい合い、ゆっくりと息を吸い吐く。それを幾度か繰り返して、構える。


 張峯も構えた。


 武器は持っていない。得物は自らの拳だった。



 片方の体が滑るように動いた。


 次の瞬間、張峯の体が舞い上がる。



「まだまだだな張峯」


「参りました」


 負けた張峯も、勝った洪成も、笑いあっていた。




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