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天に咲く島  作者: 林 ちい
嵐の前、の日。
7/7

(1)

「嵐が来るよ」


 緋色の巻きスカートの裾を太腿まであげ、浅瀬に手を入れて何かを探っていたチャキアが浜へと戻ってきた。

 黒と見紛うほど濃く深い緑色の髪が、午後の強い日差しと海の匂いがする風の中で舞う。


「嵐? チャキア、風は強いが良い天気だぞ?」


 海の匂い。

 それは、故郷にはなかった潮の香り。


「来るよ、みんな(・・・)が言ってるもん」

「“みんな”かな。」


 みんな。

 チャキアの言う<みんな>の声は私には聞こえない。

 風や雲の歌、木々のささやき。

 私には感じることのできないそれらを、チャキアは<みんな>と言う。


「リューリック、ちょっとこれ持ってて」

「ッ!? か、かっ、貝ではなく、それを捕っていたのかっ!?」


 チャキアは右手に持っていた物体を私に差し出した。

 茹でる前のその物体の持つ独特の感触が未だに苦手な私だが、それを顔には出さずに受け取った。

 ……多分、顔には出てないはずだ。

 多分、な。


「みんな、か。まぁ、お前がそう言うならば、そうなんだろう。……おい、チャキア!?」


 サンダルを履いた少女が駆け出した砂浜は、幼い時に読んだ絵本の挿絵のような白い砂浜ではなく黒かった。

 真っ黒なのではなく、濃い灰色の粗い砂粒が覆う黒い砂浜。

 それはこの島が……天領(ティン)と呼ばれているこの島が、火山島である証拠だった。

 周りの囲む海は天候や時間帯によりその色を変化させ、見飽きること無い美しさで私を魅了した。

 この島から眺める海はエメラルドグリーンやサファイアブルー、アクアマリンのような色に変わる日もあった。

 母上の自慢だった数々の煌びやかな宝飾品も、この海の美しさの前では色褪せるのではないかとすら思える。


「リューリック! チャキアは村に行って来るね。村長さんに嵐が来るって教えてあげなきゃ」

「おい、チャキア! これはどうするんだ!? まさか私にこれを持って歩けとっ!?」 


 北の生まれである私も最も惹きつけるのは輝く海ではなく、眩しい陽でもなく。

 突然現れた私を拾い、助けてくれたこの少女だった。

 濃緑の髪と瞳を持つ、13歳の少女。

 チャキアは不思議な娘だった。

 島の植物や獣の“声”を聞いたり、数日後の天候の変動を言い当てたり……。

  

「チャキア! ……こら、待てっ!」


 私はある出来事をきっかけに、親兄弟に醜い化け物だと、呪われた存在だと忌み嫌われ……憎まれた。

 冷たく湿った地下牢に繋がれ果てようとしていた私を、この少女はその細い腕で抱きしめてくれた。

 母親までもが汚らわしいと目を背けた、変わり果てた異形の姿の私を……。


 チャキアは私を、ずっと待っていたと言った。

 初めて会った私を「お帰りなさい」と、抱きしめてくれた。


 私は故郷に帰る術を探そうとせず……する気が全く持てず。

 チャキアと共に生きることを選んだ。


「待てと言っているだろーがっ! くっ……この猿っ子め!!」


 この島で、私はこの少女と生きていく。

 チャキアと共に、この島で。


「……!?」


 チャキアを追おうとした私を引き止めるかのよう、手首を握る者がいた。


「………………」


 見ると、蛸が絡み付いていた。


「ぐっ……いかん、鳥肌がたってきた!」


 私は蛸を極力見ないように意識しながら、村へと走るチャキアの後を追いかけた。






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