↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Requiem  作者: みなと劉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/22

第九話「ガリス・ノーマンと、全部わかった上での笑顔」


◇◇◇◇


 翌朝、ホームズは早くに起きていた。

 テーブルの上に手帳と記録の紙と歴史書を並べて、何かを書いていた。

 ロンが下りてきたとき、すでに紙が何枚か埋まっていた。

「何をしている」

「整理だ」

「何の」

「今わかっていることと、まだわかっていないことの」

 ロンが覗き込んだ。

 ホームズの字は細く、速く、癖がある。

 読めないことはないが、読みやすくもない。

「わかっていないことの方が多そうだな」

「圧倒的に多い」

「正直だな」

「事実だ」

 ロンは台所へ向かった。

 湯を沸かしながら、声をかけた。

「ライラはどこだ」

「客間で眠っている。まだ起こさなくていい」

「泊まらせたのか」

「夜に一人で帰すのは得策じゃない」

 ロンは少し黙った。

 それから、

「そうだな」

 と言った。


◇◇◇◇


 全員が揃ったのは、朝の中頃だった。

 ライラが起きてきて、少し恐縮した顔をしていた。

 ポワロが朝食を用意していた。

 パンと、スープと、果物が少し。

「すみません、ご迷惑を」

「迷惑じゃない」とロンが言った。

「でも」

「迷惑じゃないと言った」

 ライラは少し口をつぐんだ。

 それから、小さく「ありがとうございます」と言って、席に着いた。

 エーテル教授は図書室から来ていた。

 朝食の場には参加しないことが多いが、今日は椅子に座った。

 パンを一つ、静かに食べた。

 アーティは来なかった。

 上から気配だけがある。

「アーティは食べないのか」とライラが小声でポワロに訊いた。

「たまに食べる」とポワロが小声で返した。

「たまに、というのは」

「気が向いたとき」

「どのくらいの頻度で」

「わからない。把握しようとしたことがない」

 ライラは少し考えてから、「そういうものですか」と言った。

 ポワロは「そういうものだ」と答えた。


◇◇◇◇


 朝食が終わってから、ホームズが整理した紙を広げた。

「今わかっていることを確認する」

 全員が顔を上げた。

「ガリス・ノーマンは、二十年以上前にあの区画の土地を手に入れるために、住人の記録を消した。目的は川の輸送路の権利だ。その後も土地を巡って動き続けている」

「そこまでは昨夜確認した」とロンが言った。

「問題はここからだ。ノーマンは、あの部屋の記録の存在に気づいている可能性がある。セノ氏が隠れているのは、それが理由かもしれない」

「かもしれない、というのは」

「まだ確認できていないからだ。セノ氏が隠れている理由が、本当にノーマンを警戒してのことなのか、あるいは別の理由なのか」

「別の理由」

「ノーマンが封筒をライラに渡したことが、引っかかっている」

 ライラが少し背筋を伸ばした。

「敵対しているはずの相手の娘に、わざわざ手を差し伸べた。それが罠なら、目的は何か。俺たちをここへ引き込むためだけなら、もっと単純な方法がある」

「わざわざ遠回りした理由がある」とポワロが言った。

「そうだ」

「その理由が、失いたくないもの、と関係している」

「おそらく」


◇◇◇◇


「直接会いに行くべきじゃないか」

 ロンが言った。

 全員が黙った。

「ノーマンに、だ。向こうがこちらを知っている可能性があるなら、隠れていても意味がない。むしろ直接当たった方が、何かわかるかもしれない」

「危険だ」とポワロが言った。

「危険かもしれない。でも」

 ロンはテーブルの上の写真を見た。

「アーティが言っていたことが正しければ、ノーマンは全部わかった上で動いている。それなら、俺たちが慎重に動いても、どうせ筒抜けだ」

「筒抜けなら」

「こちらも正面から動いた方がいい」

 ホームズが少し考えた。

「理屈は通っている」

「だろう」

「ただ、正面から動くにしても、手ぶらで行くのは得策じゃない。こちらにも、何か持っていく必要がある」

「何を」

「交渉の材料だ。ノーマンが失いたくないものが何かわかれば、それを使える」

「わかるのか」

「調べる」

「どこで」

 ホームズは歴史書を引き寄せた。

「この本の続きが、図書室にある可能性がある。エーテル教授」

 教授が顔を上げた。

「ノーマン家に関する記述が他にもあるか、確認してもらえるか」

「構わない」

 教授は立ち上がって、図書室へ戻った。


◇◇◇◇


 ライラが手を上げた。

「私も調べられることがあります」

「何だ」とホームズが訊いた。

「父の書斎です。家に戻れば、父がノーマンについて集めた資料が残っているかもしれません。父は書類を捨てない人なので」

「一人で行くな」とロンが言った。

「一緒に来てもらえますか」

「行く」

「ありがとうございます」

「礼はいい。行くぞ」

 ロンが立ち上がった。

 ライラも立ち上がった。

 ポワロが二人を見た。

「気をつけて」

「わかってる」

 ロンが短く答えて、玄関へ向かった。

 ライラがその後を追った。


◇◇◇◇


 二人が出て行って、しばらくしてから。

 ポワロが窓から外を確認した。

 二人の姿が、通りを曲がって見えなくなった。

「ホームズ」

「なんだ」

「ノーマンが封筒を渡したとき、ライラに何か言った、と言っていたね」

「お父さんがよろしくと言っていた、だ」

「それ、少し変じゃないかな」

 ホームズが顔を上げた。

「変というのは」

「敵対している相手の居場所を知っている、ということだよね。それをわざわざ娘に伝えた」

「そうなる」

「敵の居場所を知っているなら、そのまま追えばいい。なぜ娘に知らせた」

 ホームズは少し黙った。

「追いたくなかったのかもしれない」

「追えるのに、追わなかった」

「あるいは」

 ホームズが窓の外を見た。

「追ってほしくない理由が、セノ氏の側にある」

「どういう意味」

「セノ氏が持っている何かを、ノーマンが必要としている。でも自分では取りに行けない。だから娘を使って、間接的に動かそうとした」

 ポワロが静かに考えた。

「セノ氏が持っているもの、というのは」

「記録だ」とホームズが言った。

「あの部屋の記録、だけじゃなく」

「そうだ。セノ氏だけが知っている何かが、まだある。手帳に書かれていない何かが」

 ポワロは窓の外に目をやった。

 ロンとライラがいなくなった方角を、静かに見た。

「それが、ノーマンの失いたくないものと関係している」

「関係していると思う」

「思う、というのは」

「まだわからないからだ」

 ポワロは小さく笑った。

「珍しいね、ホームズがわからないと言うのが続くのは」

「珍しくもない」

「いつもはもう少し確信を持って話す」

「今回は」

 ホームズは手帳を持ち上げた。

「相手が一枚上手かもしれない、という可能性を捨てていない」


◇◇◇◇


 図書室から、エーテル教授が戻ってきた。

 手に、薄い冊子を数冊持っている。

「あった」

「何が」とポワロが訊いた。

「ノーマン家の商取引の記録だ。この館の前の住人が集めていたらしい」

「この館の前の住人」

「霧の家には、俺たちの前にも誰かが住んでいた。その人物が残していったものだ」

 ホームズが立ち上がった。

 冊子を受け取って、一冊目を開く。

 日付は古い。

 三十年以上前のものだ。

「ノーマン家の取引先の一覧と、金の流れが記録されている」

「誰が書いた」

「わからない。でも」

 ホームズが二冊目を開いた。

「この冊子を書いた人物は、あの部屋の記録を書いた最初の四人のうちの一人だ。字体が一致する」

「つまり」とポワロが言った。

「この館は、最初から関係していた」

「そうだ。霧の家は、偶然じゃない。俺たちが来る前から、ここはこの話の中にあった」


◇◇◇◇


 冊子を読み進めていくと、ある名前が繰り返し出てきた。

 ノーマン家と、定期的に取引のある人物の名前だ。

「この名前」とホームズが言った。

「知っているか」とポワロが訊いた。

「知らない。でも取引の規模が大きい。そして」

 ホームズが該当のページをポワロに見せた。

「取引の内容が、土地の記録に関するものだ」

「記録を、売買している」

「買い取っている、というより、消している。金を払って、記録を消してもらっている」

「それがノーマンのやり方だ」

「そしてこの取引の相手が、今もこの町にいるとしたら」

 ポワロが静かに言った。

「ノーマンの協力者がいる、ということだ」

「この町の中に」

 二人は黙った。

 ランタンの光が、揺れた。


◇◇◇◇


 上から、足音がした。

 アーティが階段を下りてきた。

 手に、小さな紙を持っている。

「何だ」とホームズが訊いた。

「書いてあったものだ」

「どこに」

「書斎の窓の縁に、外から貼り付けてあった」

 全員がアーティを見た。

 ホームズが紙を受け取った。

 短い文章が書かれていた。

 字は几帳面で、細い。

 見覚えがあった。

「セノ氏の字だ」とホームズが言った。

 部屋が静かになった。

 紙にはこう書かれていた。

『冊子の最後のページを見ろ。そこに名前がある。その人物には近づくな』

 ホームズが冊子の最後のページを開いた。

 一番最後の取引記録の欄に、名前が書かれていた。

 日付は、八日前。

 ホームズの手が、わずかに止まった。

「どうした」とポワロが訊いた。

 ホームズが冊子をポワロに向けた。

 ポワロが読んだ。

 目が、静かに見開かれた。

 名前の欄に書かれていた人物は、この町の人間ではなかった。

 この館に、関係のある人物だった。


◇◇◇◇


 エーテル教授が、静かに口を開いた。

「誰の名前だ」

 ホームズとポワロが、教授を見た。

 それからアーティを見た。

 アーティは壁に寄りかかって、目を閉じていた。

「アーティ」

 ホームズが静かに呼んだ。

 アーティが目を開けた。

 黒い耳が、静かに動く。

「知っていたか」

 アーティは少しの間、答えなかった。

 それから、静かに言った。

「知っていた」

「いつから」

「最初から」

 部屋が静かになった。

 外で、風が鳴った。

 霧の家が、低く軋んだ。

 ホームズのオッドアイが、アーティを静かに見つめた。

 金と緑が、揺れるランタンの光の中で、ゆっくりと細くなった。

「話してくれ」

 アーティは目を閉じた。

 それから、ゆっくりと息を吐いた。

「長い話になる」

「構わない」

「後悔するかもしれない」

「それも構わない」

 アーティは目を開けた。

 窓の外の暗い空を、少しの間見た。

 それから、口を開いた。


◇◇◇◇


 第九話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。