第7話 双炎十字騎士団
中天に、満ちた月が懸かる夜半。寝静まる街。
叩き起こすは野太い悲鳴。
「なっ……なんじゃこりゃあああっ!?」
それを号砲に飛び立つ、雌雄のカラス。
「あっ」
——バサァ————ッ!
黒い翼を美しく広げ、フギンが夜空へ。慌てて追いかけるムニンが落としたのは、黒い一枚羽根。リアはそのヒラヒラ舞う落とし物へと思わず手を伸ばした。
そしてヒラリ避けられると同時に、先ほどと同じ声が。
「おい、これをやったのはお前さんか!? 大人しく下りてこんかーい!」
おそらく今の羽ばたきで、下の通りから屋根の上ギリギリに立つフェオが目についたのだろう。そしてこれ————そうだ、そういえば積み重なった人間の山を放置したままだ。
というか、この野太い声。
「……だんまりか、舐めくさりおって! わしの図体じゃ上れんとでも思っとるなら大間違いじゃぞ!」
「師匠やめてください、家を壊す気ですか!? 結局それ上るの諦めているじゃないですか!」
確信をさらに深める少年の声。もう間違えようがない。リアは三角屋根のレンガを駆け、フェオの隣で四つん這いになった。屋根裏も含めれば三階分の高さから地上を見下ろす。
似た家屋が並ぶ石畳の大通り。ぐっすり眠る人の山のそばには、自身と同じ白コートを着た五人組。
中でもリアが目を剥いたのは、ギャーギャー取っ組み合う先頭の二人だった。
「それに怪しいとはいえ、まだあの者がやったと決まったわけでは……!」
「うるさい! わしはな、人に見下ろされるのが一番嫌いなんじゃ!」
「だから師匠、そんなに大きくなっちゃったんですか? 髭長族のくせに」
「くせにってなんじゃい!? 弟子の分際でよくそんな生意気な口を——」
「ゲンさん!? それにデレクまで!」
ピタッ、と動きを止める二人。後ろの三人も石化してこちらを凝視。
真っ先に動けることを思い出したのは一番先頭、背中の大剣に手を掛けていた髭もじゃの大男だった。
「おお、姫様! 姫様じゃ!」
白い髭で隠れる大きな口を開け、豪放磊落な笑みを浮かべる白髪頭の御老体。名はゲンドゥル。
背丈は変わらずとも、頭や全体的な厚みが周囲の倍以上。胴長短足のどっしり体型。本来なら猫耳族のように背丈も低い、髭長族一の巨漢だ。そしてリアにとっては生まれた時からいっしょに暮らすおじいちゃんのような存在。
だが彼こそは、双炎騎士の隊長にして双炎隻流の師が一人。世に通りしその名を『撃鉄王ゲンドゥル』という。
そして、そんな彼と言い合っていたもう一方。
「姫様、どうしてそんなところに!?」
くるくるパーマの黒髪に、黒目がちな目をパチパチ。あどけなさが抜けきれぬ顔立ち。乳母のメイド長の息子、乳姉弟の双子の弟であるデレクだ。リアの専属メイドになった姉と違って騎士の道を選び、騎士見習いとして修業中の十六歳の少年。
口を開けて固まる後ろの三人にも見覚えがある。騎士団の拠点である自らの生家で。
「どうしてって言われても……みんなこそ、どうしてここに?」
五者一様。
ロングブーツで足元を固め、防護ジャケットの上から羽織る白コート。大きな両手剣を背負い、左手で抜くために右腰へ細剣を下げる独特な二刀流剣士たち。
まさしく彼らこそ、双炎十字騎士団だった。
「そんなの、姫様を迎えに来たからに決まっているじゃないですか!」
「? 迎えって……」
確かに彼らのほうが迎えとして適任。
ならばこの人は、と思ってリアが隣を見上げようとした瞬間。
——ズシィンッ!
地面の揺れが屋根の上まで。まさに、巨人の如し。
そんな足踏みを披露したゲンドゥルが言う。
「なるほど、すべて読めたぞい」
「師匠、住人が怯えるのでやめてください! 今何時だと思ってるんですか!?」
「ゲ、ゲンさんってば! 私も落ちるとこだったじゃない!」
隣の弟子の訴えも、四つん這いのまま踏ん張ってこらえたリアの糾弾も、そして今の揺れで顔を出し始めた近隣住民への対応に四苦八苦する三人の騎士たちも無視して、ゲンドゥルは背中の両手剣に手を掛けた。
「お前さんが下手人じゃな。ここに来るまでの行き倒れどもも、この人間の山も……そして、姫様をさらったのも! ほかの者はごまかせても、わしの目はごまかせんぞい!」
「見たまんまじゃないですか。というか、さらわれたって話でしたっけ?」
全然違う。
たぶん、ドナたちから事情を聞いたのだろう。そして得意の祖父バカを発揮しているのだ。もちろん実の孫ではないが、その悪癖は承知済み。
リアはすぐさま訂正しようとした。
「もうゲンさん、早とちりしないで! この人はみんなと同じお父様の使いで——」
「違うぞ」
「——へっ?」
しかし、目深に被るフードがブンブン。
「そんなこと、一言も言っていない」
言われてみればそんな気も。
「え、でも、ドナが『お迎えか』って聞いたら頷いて……」
「総合的に考えるとそうなる」
「総合的って何!?」
「説明する前に逃げたのはお前だ」
それはそう。
リアがぐぅの音も出せずにいると、フェオは「最初から説明する気はなかったが」と身も蓋もないことをつぶやき、軒下にいるゲンドゥルを見据えた。
「白きドワーフよ」
「……ん? わ、わしのこと?」
「俺はお前たちの敵じゃない」
鼻白むゲンドゥル。リアも思わず眉をひそめた。白きはそう、髭まで真っ白なおじいちゃんということだろう。
だけど、どわーふってなんだ。
「そこに寝ているやつらは、少しばかり捨て置けぬから拾っておいた」
「いや拾っといたってレベルじゃないんじゃが!?」
「……口に、くわえた?」
「んなわけあるかーい! お主ドラゴンか何かか!?」
激昂するゲンドゥルが面倒くさくなったのか、地上との会話を打ち切ったフェオがこちらへ水を向ける。
「選べ、リリアーナ・クルス」
見上げると、フードで隠せぬ口元がさらに動いた。
「このままこいつらと家に帰るか、それとも冒険を続けるか」
「? どういう意味?」
「会わせてやる、松明持ちの騎士に」
「えっ!?」
「俺が連れて行こう。ただし、偽物であっても納得してもらう。そしてお前は家に帰るんだ」
王都近郊のダンジョンに現れたという未確認ボス、松明持ちの騎士。未確認なのにその名が付けられたのは、ダンジョン内から逃げおおせた冒険者の証言によるもの。いわく、闇の中で揺らめく炎を見た。それはまるで、死の世界へ誘うような不気味さだった、と。
眉唾ものだ。偽物の可能性のほうが高い。それでも、信じたい。諦めきれない。
だけど、あまりにも都合の良い気が。
「私が家に帰る、だけ? あなたに見返りは?」
「こいつらが来る前に思わず手を出してしまったが『お迎え』という認識にほぼ間違いはない」
「……えーっと、つまり?」
「お前が屋敷へ戻ることが、何よりの報酬だ」
リアの疑念は余計に深まった。金銭を要求されたほうがまだ信用できる。
そうして戸惑っていると、地上で堪忍袋の緒が切れた。
「ええい何をごちゃごちゃと! それより貴様、姫様から離れんかーい!」
「あまり刺激しないでください師匠、姫様が人質に取られたらどうするんですか……!?」
小声だが丸聞こえ。これにはさすがに顔をしかめるのでは。
そんな不安をすぐ杞憂に終わらせ、フェオはこちらへ人差し指を立てた。
「ひとつ、証を立てよう」
相も変わらず無表情。眉ひとつ動かさず、月明かりに輝く無機質な美貌。夜風に乱された灰髪まできらめいて見える。
と、そこでリアは気付いた。フードがない。いつの間にか取っ払っている。
「……証って、いったい何する気ですか?」
感じる予兆。前触れ。
「いきなり選べと言われても困るだろう?」
足りない言葉。拭えぬ、嫌な予感。
「————あっ」
そして彼は、軽やかに屋根を蹴った。
「安心しろ、怪我はさせない」
そう言い残し、まるで先ほど飛び立ったカラスたちの翼のように黒ローブを広げ、されど風に乗ることはなく地上へ落下。
——ガシャンッ!
手をつき膝を曲げ、石畳に響く灰銀の手足。
重みを告げる着地音。
「……おいおい、お前さん正気か?」
それは地上のゲンドゥルたちにとって戦いの鐘の音だった。高所の利を捨て、わざわざ同じ土俵に上がったのだから。
「フッ、まったく。ケンカを売られたのは何年振りじゃろうのぉ」
「ウキウキ肩を回さないでください。師匠の出番はありませんよ」
慌てて屋根から身を乗り出すと、デレクがやや格式ばって告げる。
「あなたには今、複数の容疑がかかっています。少しばかりお話を伺いたいのでご同行願えますか? なお、抵抗は無駄です」
その声に合わせ、住民を屋内へと引っ込ませた三人の騎士がスッと前へ出る。長髪、短髪、坊主頭の三者三様。けれど格好は三者一様。いずれも、双炎十字の白コートに二本の剣。
そして彼らは一斉に、両手をそれぞれ剣へと掛けた。
「我々は、この国のいかなる場所においても抜剣する自由が与えられています」
——ジャッ。
抜き放たれた細い剣と、鞘が奏でる不協和音。通常の小気味良い摩擦音とは少し違う。
なぜならその刀身はギザギザしており、まるで炎の揺らめきを象っていたからだ。
「手荒な真似はしたくありません。ただ……」
雌火の細剣。そして背中からも同じ、波打つ長い刀身の大剣。雄炎の両手剣。
双炎隻流の使い手の証、雌雄火炎の双剣。
「逃がすつもりも、ありません」
直立不動。左手の細剣を立て、片手で握った両手剣を肩へと乗せて水平に。半身の基本姿勢。相対した者へと幻視させるは、横になった炎の十字架。
それが、今は三つも。
「……ってなんじゃ、お主はやらんのかい。兄弟子たちをあごで使いおってからに」
「あなたが面倒くさいからって僕に指揮権を押しつけて……いえ、もういいです。とにかく御三方、お気をつけください。相手は十数人を無力化した容疑者です。抵抗するならやむを得ませんが、周りへの被害は最小限に——」
「やめてっ!」
リアが大声で叫ぶと、五人の騎士が一斉にこちらを見上げる。フェオはなんだかのんびりしている。
ムカッとしたが、かばわぬわけにもいくまいて。
「お願いデレク、その人は私を助けてくれたの! 悪い人じゃないわ!」
「ですが姫様、このとおり被害が。ここに寝ている者たちだけではありません、ほかにもまだ数人おります」
デレクが積み重なった人の山を手で示す。確かに、それは彼がやったのだろう。ほかの件にも心当たりはあった。
「で、でも、何か理由があったのよ! 例えばほら、その人たちがとんでもない悪者だったり!」
「んー? 言われてみれば、見覚えのある悪党面が……」
口から出まかせだったが、ゲンドゥルは何かに引っ掛かったらしい。内心でガッツポーズ。
だというのに。
「もしかして聞こえなかったか? ミミノアナカッポジッテヨークキキヤガレ」
違和感しかない棒読みを口にしたフェオが、左の籠手を前へ突き出して拳の形に。右の拳はあごに添え、膝まで保護する足元の鎧をズサリ。広げた歩幅は肩幅程度。対峙する騎士たちと同じ半身、しかし無手の構え。
そして、改めて一言。
「怪我はさせないからさっさと来い」
その言葉で、男たちのこめかみに青筋が。少女のアホ毛はプルプルと。
こっちが必死にかばってあげてるのに。
「なんでそんなエラソーなのかは、ともかくとして……!」
そしてリアは、声を大にして叫んだ。
「耳の穴は、無理にかっぽじっちゃダメなんですよバカァ————ッ!」
お風呂上がりに濡れタオルで拭くだけで十分でございます、という教えをとっさに思い出した少女の遥か頭上。カラスが夜空で「アホー、アホー」と鳴いていた。




