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第30話 トモダチなんかじゃ、ない。

 月は出ず、星明かりだけが芽吹く空の下。


「この父が愛、一片たりとも欠けてはおらぬぞっ!」


 燦然と輝く父の大きな背中を見てリアは思った。やだ、お父様カッコいい。

 じゃなくて。


「待ってお父様、その人わわっ! バ、バラン!?」

「リアを乗せて逃げろ、アルデバラン」


 竹馬ならぬガチ馬の友。屋敷でともに育った巨馬のバランがじゃれついてくるも、主人の言葉にその利口な耳をピクリ。


「……どうやら、ただ者ではないようだ」


 知ってるけどそれがすぐわかるお父様さすがっ、と思った。

 ってだからそうじゃない。


「違うんですお父様、その人はって、ちょ、バランやめ……!」


 乗れ乗れ、と鼻でグリグリねだる巨馬に押し負けているうちに、グランが敵との間合いを詰める。

 当のフェオはゆっくりと立ち上がり、フードを目深に被り直した。


「やる気か? また妙な魔法が出てくるぞ」

「舐めるなよ、魔術師」


 まずい、このままでは。


「対魔法戦における我が心得、誰から授かったと思っている」


 誰でもいいから、止めて。リアがそう願った時だった。


「頭冷やしなこのバカタレ」


 颯爽と新キャラ登場、ではなかった。ただのドナだ。

 しかもバカタレ。天下の剣聖に対して。

 リアは驚いて――


「……お久しぶりです、先生」

「センセイッ!?」


――さらに驚愕ドンッ


「まったく、変わらないねあんたは。妻と娘のことになるとすーぐ頭に血が上んだから」


 父は三十六歳。髭と威厳で見た目プラス十年。


「普通のことでは?」

「おだまり」

「すみません」


 対するドナは、見た限り二十代と言っても差し支えない。口調と色気が年齢不詳にさせているだけで。

 そんな二人の奇妙な関係。違和感バリバリ、あべこべだ。剣聖の先生ってことはケンセンセイなのかなセンケンセイなのかな、とリアは混乱した。


「それにフェオ(あんた)もだよ。なーに紛らわしい真似を――」


 草むらから出たドナの後には続かず、ライアンがこちらへやってくる。


「まさか剣聖殿の先生とは。どうやら本当に風織りの魔女らしいな、フフフ……」

「そ、そうみたいですね。でも、なんでそんなにうれしそうなんですか?」

「わからないか? 古今東西、英雄譚には必ず四大魔術師が絡んでいる。英雄を助け、時には導く者としてな」

「? だから?」

「だから、ドナのそばには未来の英雄が……つまり僕の時代キタッ!」

「よいしょっと。お願いバラン、ドナもいっしょに乗せてあげて? すごく疲れてるみたいなの」


 巨馬に横向きで乗り、首筋をポンポン。雨雲を出す余裕もないらしいドナの元へとゆっくり向かってもらう。その場で妄想にふける赤毛頭は「クァ?」と不思議そうなムニンからつつかれて血を流していた。大丈夫かな。

 無視したけどちょっぴり心配――


「そうなればリリアーナ嬢だけじゃない。エマもレナもジェシカも、きっと僕に身も心も捧げて、グフフッ……!」


――前言撤回。そのまま死ねばいいのに。


「おや、乗せてくれんのかい? 利口な馬だねぇ。グランはいったいどこでこんな名馬を……ってリア、何その顔」

「別に」


 軽くゴブリン退治したい気分なのはやまやまだが。


「……やれやれ、あたしゃあんたが時々怖いよ」


 ドナが肩をすくめて隣に座り、バランが牛のようにのんびりと進む。そして鞘がこちらにある陽炎稲妻ヴァグドラシルを地面へ突き刺し、元から鞘のない黒の魔剣を背中に担いだ父の元へ。


「アルデバラン、私は逃げろと……いや、お前はリアのお願いが最優先だったな」


 ブルルッと応えるいななきに苦笑を浮かべるグラン。漂う平時の穏やかさ。

 リアはホッと胸を撫で下ろした。


「ごめんなさいお父様、私があんな悲鳴を上げたせいで」

「そうだな、先生がついていることも忘れて頭が真っ白に……ああいや、いいんだリア。お前は何も悪くない」


 身を縮めていると、両手をわきの下に差し込まれて苦もなくヒョイッと持ち上げられる。着地はふんわり。

 そしてグランはその場に跪き、リアをジッと見つめてから盛大に肩を落とした。


「お前が無事なら、なんだっていいんだ……」


 娘の両手にすがる姿勢。こうべを垂れ、背中も丸く。あるいは情けなくも見えるだろう。しかしそれは常に強く在らねばならぬ父の、惜しみない、剥き出しの愛情だった。

 だがしかし。


「お父様。私、ちょっと怒ってます」


 え、と固まる周囲を無視して、リアはプイッとそっぽを向いた。


「私のお父様は世界一です。なのに『良い父親ではない』だなんて……たとえお父様でも、私の大好きなお父様を貶すのは許せません」


 グランは一瞬だけ目を丸くするも、すぐに笑みをこぼした。情けなさは消えたが、団長としての威厳も、貴族としての気品も取り戻せていない。

 ただの、優しい父親だった。


「そうだ、なっ」

「キャッ!? もう、お父様ったら!」


 片腕で軽々と抱えられ、太い首に腕を回す。母より背が高くなってもやめてくれない父の悪癖だ。満更でもないけど。


「以後、気をつける。そして世界一かわいい娘に見合う父となるため、今後も精進しよう」

「これ以上ステキにならないでください! それにドナも見てるんだから、こういう子ども扱いは――」

「いや恥ずかしがるのそこ?」


 え、と振り向く親バカ子バカ。

 ドナはややたじろいだ。


「あんたら、いつもそんなやり取りしてんの? リアも年頃だろうに」


 間近で顔を見合わせるも、無言で魔女へ視線を返す。親子そろってさも「日常ですが何か?」と言わんばかりに。


「しかし言われてみれば、最近は今のように怒られたりもします」

「それは、お父様が強くて優しくてカッコいいのがいけないんですっ!」

「反抗期でそれかい」


 ファザコン度合いが斜め上だった。


「……それで、先生。彼は知り合いということでよろしいのですか?」


 リアを慎重に下ろし、グランがフェオへと視線を向ける。彼はあごに手を当てて何やら考え込んでいた。


「ゲンドゥルのジジィから聞いてないかい? あれがフェオだよ」

「彼が? ということは、リアの恩人か?」


 脳裏をよぎる、昨夜の屋根の上での一幕。

 目前に迫ったデレクの剣先とフェオの手から飛び散る赤い血を思い出し、リアは顔を青くしながらも深く頷いた。


「はい、間違いありません。それにほかにも、あの人にはたくさん助けてもらいました」

「そうなのか?」


 寄せる眉根は悩ましげ。はて。

 小首を傾げたリアにグランが問う。


「お前の悲鳴は尋常ではなかった。急いで駆けつけると、お前が襲われかけているのを目にした。それが、お前の恩人で……いったいどういうことだ?」


 なるほど、と納得。状況的にそう見えても仕方ない。

 ここはひとつ、自分が理路整然と説明しなければ。


「違うんですお父様。フェオはただ記憶を奪おうと……あ、でも、頭を叩いたりはしないんです! 本当に奪っちゃうだけで、それをムーくんの羽根にしまって、だからたぶん、害はない、かなーって……」


 途切れる語句に、尻すぼむ語尾。理路整然には程遠い。

 しかし、グランは何やら衝撃を受けた様子。


「記憶……やはり、そうなのか?」


 それにリアは気付いたが、馬上のドナは気付かなかった。


「記憶を奪うってのも眉唾だけど、羽根にしまう? 作り話にしたってひねりすぎさね」

「でも本当だもん! 私の記憶も、それにご先祖様の……剣聖ガルドの記憶もあったでござる!」

「だからござるって何」

「勝手に出ちゃうの! なんか私、ちょびっとだけガルドでござるの!」

「そんなふざけた語尾で誰が信じると――」

「信じよう」

「グランあんたいつからそんな素直な子になっちまったんだい!?」

「先生、娘の前で子ども扱いはやめて頂けると……」

「ええいこの似たもの親子がぁ!」


 うるさいな、と背中で騒ぐ魔女をジロリとにらむバラン。

 キョトンとするリア。


「お父様? あの、実のところ私もよく……」

「リア、なぜ私がここに来たかわかるか?」

「え?」


 父はもうこちらを見ていなかった。


「私の迎えでは?」

「もちろんそれもある。だが、もうひとつ」


 ただまっすぐ、まだ何か考え中のフェオを見つめていた。


「彼に……いや、()()()()に会いに来たのだ」


 まるで、憧れの人に出会えた子どものように。


(それに()()()()って……あっ)


 疑念を抱く愛娘を背に、前方へ進み出たグランが頭を下げる。


「先ほどは、娘の恩人とは知らずに申し訳ない。私は――」

「いい」


 胸に片手を当てた上品な自己紹介を、手を振るだけで不作法に拒絶。そのまま胸元から何か取り出すフェオ。

 拳大サイズの石らしきもの。


「これは、スライムの核だ」


 手品師よろしくこちらへ見せつけるも、暗くてよく見えない。

 それでも続く魔法の披露(マジックショー)


「――――『輪廻ダエグ』」


 とたんに、砕ける石。

 静かにサラサラ。闇にキラキラ。光る砂が風に舞い、星屑となって夜空へ散らばる。どこか幻想的な光景。

 すると、彼は語り出した。


()()()()()()()()()()()()()()()


 唐突で、意味不明なウソ。いったい何を。


()()()()()()()()()


 だがすぐに、リアは悟った。辻褄合わせだ。

 つまり、()()()()()()()()()()()()


「スライム一匹に対し、大地を割るほどの攻撃というのも不自然な話だが……」


 消された『空白』は埋まり、つながらなければならない。それがおそらく記憶を奪うための条件なのだろう。


「……まぁ、許容範囲だ」


 そう気付いた時には遅かった。

 向けられる手のひら。わずかに歪む空間。叫ぶことすらできずに身を固め、ただ凝視する。

 そして隠せぬ口元が動きかけた、その瞬間。


「――――『勝ち逃げなど許さぬ』」


 父の声がした。


「お父様?」

「? 勝ち逃げって?」


 魔女の率直な問いを無視し、重低音が夜の静寂しじまを震わす。


「――――『忘れてたまるものかよ』」


 いつもより粗野な口調。


「――――『何もかも、奪えるとでも思うたか』」


 まるで別人のような、借り物のセリフ。

 身の内にある他者が告げる。


「――――『決着をつけよう、今度こそ。名もなき戦友ともよ』」


 ダラン、と落ちてしまった灰銀の手が、教えてくれる。

 そのセリフが誰のものかを。



――わしはここで、ずっと待っている。



「――――ガル、ド……?」


 彼の目に今、誰が映し出されているのかを。


「……初代剣聖ガルドが、死に際に遺した言葉です。やはりお心当たりが?」

「バカな、どういうことだ思考フギン


 動揺を隠しきれぬまま、フェオが夜空を見上げる。初めて見る姿だった。

 グランの攻撃から避難していたフギンが舞い降り、やや間を置いてからひと鳴き。


「アホー?」

「転生者だから? そんなのは百も承知……いや、そうか。魂自体は外の……」

「アホー」

「だとすると、あいつはどこまで――」

「何をそんなに慌てなさる」


 グランが歩みを進める。白の聖剣を置き去りに、黒の魔剣は背中に担いだまま。無手で示すは不戦の意思。


「四百年、ガルドの血(われら)は待ち続けた」


 しかしその歩調は、どこか好戦的で。


「そしてついに、その日が来た。ただそれだけのことだろうに」


 口振りは、やや挑発的。

 グランは立ち止まって恭しく礼の姿勢を取った。


「ガルドの墓は我が家の敷地内に。()()致します、名もなき戦友とも殿。()()()は初代に代わり、二代目わたしが務めましょうぞ」


 それはきっと、屋敷への招待状にして、二代目剣聖からの挑戦状。

 おそらく理解したうえで、黒ローブの青年が応える。


「……フェオだ。名もなき戦友ともじゃない」


 少女は口を挟めなかった。

 ただジッと、愛してやまない父の背中すら目に入れず、フードを目深に強く引っ張る青年を見つめた。

 泣き顔を隠すようなその仕草と。


「俺は……トモダチなんかじゃ、ない」


 どこか自罰的に響くその言葉に胸が締めつけられ、不思議と涙が込み上げる。

 あるいはそれは、彼を戦友ともと呼ぶ誰かの、彼を思う涙だったのかもしれない。






 そして話をまたいでも復活の兆しを見せず、すっかり存在を忘れ去られた推定圧殺猫耳死体のそばには、いつものダイイングメッセージが。

 そこには血文字で、こう書かれていた。



――第一部、完っ!

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