第25話 カラスと爆走珍道中
一方その頃。
ふざけているのか真面目なのかわからないリアもフェオものうち、リアもは。
「キャ――――ッ!」
「クァ――――ッ!」
ふざけ倒していた。
――ズガァンッ!
いや、本人は至って真剣だ。何せギリギリ。今だって左へ避けるのが一歩でも遅れていれば、背後から襲いかかる大剣の餌食となっていたことだろう。
隣り合わせの死。ふざけている暇など一瞬たりとてない。
「ヒィ――――ッ!」
「クァ――――ッ!」
――ドゴォンッ!
しかし、地面が揺れるたびにピョイーンと横入力によるダッシュジャンプの様相を呈し、先導するメスのカラスの飛行コースに従って左右にシャカシャカ移動して走るそれは、さながら一種の活劇遊戯。崩壊の始まったトンネル内という高難易度だが、なぜか飛ばずに並走するオスのカラスも加わって緊張感は皆無だ。
それでも、少女は真剣と書いてマジだった。後ろを振り返る余裕もなく、ただ一心に前方のカラスを信じ、とにかく無心で走り続けた。
「ヒャ――――ッ!」
「クァ――――ッ!」
――ドガァンッ!
だけどやっぱりふざけているようにしか見えないのはこの際もう良しとして。
そんな調子でしばらく続いていたリアと提灯騎士の追走劇だったが、先導するフギンがその均衡を崩す。
――ヒュンッ。
翼を斜めに急旋回。
主要坑道から外れるその分岐は暴走トロッコも通過した地点であり、突入する直線上の狭い横道には彼方に外の光。例の作戦の合流場所。だから後は、駆け抜けるだけ。
なのにカラスがトンボ返り。
「あれ!?」
「クァ!?」
すれ違いで見失い、一人と一羽が急停止。ランタン掲げて辺りをキョロキョロ。だがフギンはすでに元の広い道に戻り、迫りくる提灯騎士へと風を叩きつけていた。
竜巻二つの最大風力。青い火の粉が舞い、黒い鎧がよろめく。しかしダメージは通らず。それでもフンと涼しい顔は目的を達せられたから。
トンネルの崩壊が、足止めされた髑髏を一気に呑み込む。
――ゴゴゴゴォンッ……!
そしてリアは、岩でふさがる入り口を呆然と見つめた。
(……お、終わった?)
息をする肩へと一仕事終えたフギンが止まり、ムニンは足元で安堵。丸めた体を萎んでは膨らませていた。敵は生き埋め万々歳。
しかし、そう易々とはいかない。相手は不死身の死霊系。
――ボッ……。
「クァッ!?」
前方の暗闇に灯る青い火にいち早く気付いたのはムニンだった。毛繕いを中断し、跳び上がって羽をバタバタ。リアも遅れて振り返り、ランタンを掲げる。
影より浮かぶは黒き鎧。
――ガシャン……。
静かに響く留め具の音。
肩に担ぐ大剣。
――ガシャッ!
傷ひとつない、蒼き炎のしゃれこうべ。
回り込まれた。
「ウソ、なんで!?」
結果的には悪手だった。
敵は精霊に等しい悪霊。鎧は器でなく、可視化された魂の輪郭。似た存在であるフギンはそれを理解していた。
だからこそ、霊体化による移動は予想できた。おそらく範囲は坑内全域。ランタンの明かりは嫌っているようだが、これなら鼻先の追いかけっこを続けるべきだったかも。
「どどど、どうしようフーちゃん!?」
「クァクァ、クァーッ!」
しかし悪手を選んだ当のカラスは、あたふたする連れにもしれっとした顔。風を操りどこ吹く風。
その余裕は、このピンチを切り抜けられる自信の表れだった。
「? どうしたの、フーちゃん?」
もはやフーちゃん呼びを半ば受け入れつつあるフギンが、剣帯に提げた剣をくちばしでつつく。
リアは小首を傾げた。
「この剣を使えってこと?」
それは父、剣聖グランの愛剣。クルス家の家宝にして、ゲンドゥルがフェオの傷を治すために用いた『金蛇刃』と同じく、初代剣聖ガルドが鍛えし『七双宝剣』が一振り。つまりその剣にも何かしらの魔法効果があり、頷いたフギンはそれを使えと言っているのだが。
「……そっか、わかった」
リアは全然わかっていなかった。
「お父様には『抜くな』って言われたけど」
チャキ、と切る鯉口。指折り数えて握る柄。
抜き放つ剣。
――ジャッ。
鞘と奏でし不協和音。
「フーちゃんは、私の剣の腕を信じてくれるんだね」
「アホ?」
「クァ?」
目が点なカラスたちの前できらめくは、波立つ刃の細剣。火の揺らぎを模した雌火の細剣だ。ただ、何よりも目を引くのはその白さだった。
侵されざる純白。血の汚れすら浄化し得る、聖なる炎の刀身。聖剣。おそらくそう呼ばれる類のもの。
ポンコツな使い手が残念でならない。
「任せて! 期待に応えてみせるから!」
右の利き手にはランタン。雄炎の両手剣はないが、左手だけで構えるその型は騎士顔負けの美しいもの。敵へ向かう踏み込みも鋭く勇猛。しかし本来なら、自己肯定感の低いリアにそんな選択肢などあるはずがなかった。
それでもやってしまったのは、ほめられ慣れていないかわいそうな子というか、鼻がすぐ伸びちゃうタイプというか。
「――――エイッ!」
つまり、図に乗っていた。
――スポーン。
「……あれ?」
「アホォ――――ッ!」
悲しい現実。
一合も交わせずに刺突がすっぽ抜け、剣はあらぬ方向へ。敵を素通りカランカラン。空しい音を背景に、燃え盛る瞳がリアを見下ろす。
上目遣いで愛想笑い。テヘッ。
「やり直しちゃダメ?」
ダメだった。
――ズガァンッ!
だが奇跡的に、リアはその打ち下ろしを回避した。
見え見えの大振りに救われたか、総毛立つ体が即座に反応。でんぐり返しでたまたま背後を取る。しかも、敵はすぐに振り返れず。大剣が地面に食い込んでいた。今がチャンスと泥だらけのまま逃げの一手。
全力疾走の両脇を、二羽のカラスが併走して飛ぶ。
「アホアホアホーッ!」
「う、うるさいなもうっ! そんなにアホアホ言わないでよ! 私だって真面目にやってるんだから!」
「クァッ!?」
「なんでそこで驚くのっていうか飛んでる!? ムーくんズルい!」
「……クァ?」
他意なくとぼけるカラスを横目に、鳥の飛行を卑怯呼ばわりしたおそらく人類初の少女はしかし、急に立ち止まった。
「お父様の剣!」
拾わなきゃ。リアは勢いよく振り返ったが、剣の落ちている場所や敵が追ってきていないかを確認するよりも早く、黒い翼がバサバサと視界を邪魔する。
「どいてよフーちゃん! ムーくんも、なんで邪魔するの!?」
その理由はすぐに知れた。
「アホーッ!」
「クァッ! クァッ!」
「上?」
天井を示すくちばしに目がつられてすぐ、ピシッ。
「……ぴし?」
亀裂。
枝分かれする裂け目に、パラパラ落ちる砂。
礫、石――――岩。
「って、ここもなのぉ――――っ!?」
――ゴバァ――――ッ!
落ちてくる岩盤に尻尾を巻いて逃げるも、窪みに足を取られて転倒。しかし、地面を這いつくばってカサカサカサー。根性だ。その甲斐あって間一髪。足先に一際大きな岩が落ちたところで崩壊は止まった。
呼吸の乱れを落ち着けながら、後ろ手をついて振り返る。
(お、お父様の剣が……)
崩れた坑道。掘り起こすのは不可能。せめてもの救いは、敵もいっしょに埋まってくれたこと。
だがこれは、さっきと同じ状況。
「クァッ!?」
いち早く気付いたのは、またもやムニンだった。
――ガシャン……。
驚かずに振り返り、前方へとランタンをかざす。予想はできた。
だけど、恐怖せずにはいられない。
――ボウッ……。
暗闇に灯る青火。黒い鎧に巨大な剣。髑髏。
蒼き炎の提灯騎士は、健在だった。
「こんなの、どうすれば……イタッ!? イタタタ痛い痛いっ、やめてよフーちゃん!」
「アホーッ!」
やはり自分には荷が重かったのだろうか。そう諦めかけた時、フギンが肩に乗って側頭部をつついてきたのだが、気合を注入する意図はないらしい。
「? お父様の、剣?」
肩から降りたフギンの身振り手振り――羽振りくちばし振りだろうか――を察して尋ねる。すると、額に傷のある頭が上下にコクコク。合っているようだ。
だけど、どうしようもない。
「無理だよ、かなり奥で埋まってるもの。それに今ここにあったって、やっぱり私の腕じゃ……」
「アホーウ!」
「え? 違う?」
そんな感じの発音だった。
「けど、どういう意味?」
「アホアホアホーッ!」
「……もうっ! フーちゃん本当はしゃべれるんでしょ!? 何が違うのかちゃんと説明――」
――違うんだ、リア。
「あっ」
とリアは口を開けた。
――『抜くな』ではなく、『抜かなくていい』だ。
心地良い重低音で再生。
それは剣とともに言い渡された、父からの言葉。
――呪は結んだ。だから、こう唱えるだけでいい。
「……魔法?」
「ッ!」
「昨日の、ゲンさんみたいな?」
コクコクコクコク、と高速で頷き、羽で大きく輪っか。ちょっと様子のおかしい片割れにムニンがドン引き。
「でもやっぱり、手元にないんじゃ……え、できる? 離れてても使えるの? 何それすごい!」
怪しい壺は即買いタイプな少女は、なぜそんなに詳しいのかまで頭が回らず。
敵がゆっくりと動き出す。
――ガシャン……。
逃げ場なき袋小路へと、恐怖を蔓延させるように。
賭けてみるしかない、か。
「わかったよフーちゃん。私、やってみる」
中腰になり、空いた左手を敵へとかざす――そこから魔法的な何かが出てくるふうだったが別にそういうわけではない――その隣で、ふぅ、と額の汗を拭うフギン。
ねぇねぇ逃げないの、と怯えるムニン。
――ガシャン……。
「昨日、フェオも口にしてたはず。その時は気付けなかったけど、あれはこのことだったんだね」
うんうん、と頷くフギン。
その隣で、ねぇねぇ逃げようよねぇねぇ、とフギンの尾羽をつつくムニン。
「確か、そう……お父様はこう教えてくれた!」
――ガシャン……!
ねぇねぇねぇねぇねぇ。
――バシンッ!
と交錯する四者四様。
羽ビンタで黙らされ、つぶらな瞳からポロリ涙がこぼれると、黒いつま先が暖かな光の領域へ。
だが肝心の、少女が父から教わったという言葉は続かなかった。
「……アホ?」
「クァ?」
どうしたの、と見上げる二対の瞳。
リアが無意味にかざしていた手を下ろし、真顔からテヘッ。
「忘れちゃった」
たぶん語尾には星マーク。
「アッ――――アホオオオオオオッ!」
「だ、だってだって、二週間も前なんだよ!? お父様は口で言うだけでメモもくれなかったし、フェオは聞いてもはぐらかすし! 私のせいじゃないもん!」
意外と人のせいにしがち系女主人公に「第一章の第十一話、百六十三行目(PC版)のフェオのセリフ見直してこい」とは誰も助言できず。
代わりに、フギンの瞳がギラリ。心なしかヤケクソ気味。
――ガシャン……!
「! ど、どうしようフーちゃん敵が……って何してるの!?」
とっさにガバッ。耳まで赤くなった顔ごと目を逸らし、さらに両手で覆う。だけどこっそり開いた指の隙間からガン見。
雌が雄を押し倒し、くちばしで全身をまさぐっていた。
「クァッ!? クァ、クァァァン……」
しかもなんか変な声出てるし。
「ダメだよ二人とも! こ、こんなところでイチャイチャしたら、その……R指定になっちゃうよ!?」
「アホーッ!」
「ク、クァァァン……!」
とんだ茶番。そろそろ怒っていい。だが律儀にも、提灯騎士は空気を読んでゆっくり進んだ。ヒーローの変身を待つ怪人並にいいやつだった。
それでもやがて、闇に溶け込む輪郭を明かりの元に晒すと、茶番劇にも終止符が。
――ブチッ!
「クアアアアアアッ!?」
ムニンの絶叫。死んだのかな。しかし何かを引っこ抜いたフギンのくちばしには心臓でなく、黒い風切り羽根がくわえられていた。
そして、突如舞い上がる思考。
「――――あ」
その落とし物が、右へユラリ、左へユラリ。
そろえた両手のひらに――――フワリ。
――そうか、トモダチ――――。
「えっ?」
――わからんなぁおぬしは――――。
それは、カラスの一枚羽根にして――
「……フェオと、ご先祖様?」
――記憶の一片だった。




