第24話 諦めの悪い女
右の人差し指に、ルビーの輝きがキラリ。ピッタリはまる指輪。
嫌な感じはしないが、見ている側はそうもいかなかったらしい。
「このおバカ、自分が何したかわかってんのかい!? そんないかにもなの呪われてるに決まって――」
「もっと派手な魔法はあるけど、生き埋めになるから使えない」
「――あん?」
「セシルとしてましたよね? そんなやり取り」
握って走るより落とさないと思っただけなのだが、不思議と集中力が高まる。思考がクリアに。
「それに屋外なら、フェオとだって張り合える……つまりあの死霊系を外へ引きずり出したら、とっておきの手段があるんじゃないですか?」
もはやほぼ自由な右手のランタンを、リアは自らの意思でかざした。
――ギギ……ガシャンッ。
縛りが解ける寸前の提灯騎士が踏み出す足を、怯えることなくジッと見据える。
剣聖の娘。その名に相応しき少女の凜とした迫力が、そばにいた海千山千の魔女にゴクリと生つばを飲ませた。
「……あるにはあるけど、効く保証はないよ。それにあんなのを外に出すなんて危険、冒すわけにはいかないさね」
「だったら、さっきの場所は?」
「? さっきの?」
「トロッコが落ちた峡谷です。あそこなら飛んで先回りできるし、失敗しても人けのない谷底へ落ちるか、出口をふさぐだけですよね? そこまで敵をおびき寄せたら?」
「そりゃ、場所もなんとなくわかるし……。ここからいったん出て、空で待ち構えれば……うん、やれないこともないね」
想定を終えたドナが頷く。歓喜がグッと拳に。
気合いは、グッとお腹に。
「だったらすぐにお願いします。上手く誘い出せても魔法の準備ができてなきゃ、追い詰められるだけになっちゃいますからね……私が」
「そうだね、となりゃこのねぼすけ二人は置いてって早速……私が!?」
煙で掴んでいたセシルとライアンを無造作に放り――「ハニャ!?」「グエッ……!」――投げてから、ドナが勢いよく振り返る。
ただ、それよりも早く。
「バカを言うな」
フェオが赤いルビーの指輪へと手を伸ばした。
「お前が囮になる必要は――」
――バシンッ!
その灰銀の手を、叩き落とす。
「お前って呼ばないで。私、そう言いましたよね?」
「……あぁ」
空返事。納得ではなく驚愕して、叩かれた手を呆然とスリスリ。そんなに怒ることなのか、とでも言いたげ。喧嘩腰の心当たりはほかにないらしい。
「ねぇ、フェオ」
「なんだ」
ムカつく。
「あまり、私を見くびらないでください」
リアがそう言い放つと、フードの奥でまぶたがパチパチ。三角帽子の下では眉根が寄り、寝ぼけ眼の猫目もクリッ。顔を地面に擦りつける赤毛頭は猫耳幼女の椅子となっていたが、その場にいた全員が虚を突かれた様子だった。急に何を言い出すんだ、と。
だが一人だけ――――いや、一羽だけは違った。
「私は、弱いです。剣の才能なんてありません」
飛び立つ水鳥が、水辺に跡を濁さぬように。
「私が『騎士になりたい』と言ったところで、誰も相手になんかしてくれません」
その一羽のカラスは、少女の青い瞳がもう濁っていないことに満足して飛び立つ。
「それで、くよくよしたり、いじけたり……素振りをしててすっぽ抜けた剣が危うくゲンさんやデレクに刺さりそうになってからは木剣すら持たせてもらえなくなって、ちょうどいい木の枝を拾っては素振りしながら『何やってんだろ私』って泣いちゃったり、その木の枝ですらすっぽ抜けて屋敷の窓を割っちゃった時にはもうさすがに落ち込むのを通り越して絶望アイタッ!?」
しかし、クルッとUターン。また瞳が濁り始めた少女のしおれたアホ毛へ喝を入れるように、くちばしで鋭くつついた。
「アホーッ!」
「ご、ごめんなさい冗談です」
目も話もマジだったがそれはともかく。
リアは肩にフギンを乗せて、コホンと仕切り直した。
「でも私は、一度だって……一日だって、諦めたことなんかありません」
静かに、それでいて強く言い切ると、意図はわからずもその芯の通った声に思わず聞き入る仲間たち。
だが、光源を持つ右手で感じる。
――ガシャン……!
時間はもうない。
「せめて体力だけでもつけようと、毎朝毎晩走って走って……。手習いの合間を縫ってはみんなの修練をのぞき、チャンバラごっこと揶揄されても木の枝や棒を振り続けました。バカみたいでしょ?」
それでも、語ることはやめない。
「みんなにはやめろと言われ、呆れられ……陰で、笑われることもありました。応援してくれる人は誰もいない。だけど、絶対に諦めることだけはしませんでした」
まだ、伝えていない。彼に。
「そんな私に『諦めろ』ですって?」
この決意を。
しかし、時は無情にも過ぎていた。
――ガシャァァァンッ!
響く足音は、鎖から解き放たれた獣が如く。誰もがそちらへ意識を向けざるを得ず。予見できた危急の時に、吹き出す焦りと入り混じる後悔。
だから、思わず身を固くしてしまった彼らに止める術はなかった。
「! リアッ!?」
解けた金縛りを合図に、よーいドンで駆け出した少女を。
追いかけっこでなく真っ向勝負。互いに全速力で、すぐに正面衝突。剣の間合い。
(やっぱり怖い)
でも、目は閉じない。相手が立ち止まって振りかぶる。足が開いた――――今だ。
スカートがめくれ、タイツが破れることも厭わず、意を決して滑り込むリアのとんでもない行動を最初から予期していたかのように、少女の肩から羽ばたいたカラスが風を巻き起こして補助するも――
――ズガァンッ!
わずかに体勢を崩しただけで、大剣が地面を爆発させた。
「っ……!」
「そんな、リア……!」
しかし何事もなく、もう一羽のカラスが「クァー」と舞う。
「笑わせるなってんですよ!」
「! 良かったリア、無事――」
「何が『すぐに忘れる』ですかカッコつけて! 忘れてなんかやらないし、忘れさせてやるもんですか!」
晴れた砂煙の向こう。黒い全身鎧の股を見事に潜り抜けた少女は中腰でスカートを直しながら、ギリリと歯を食い縛った。
「諦めてなんか、やらないもん……!」
見ることさえ許されぬ立場で、夢追い続けて早十年。それに引きかえ一日弱。
この恋は、諦めるにはまだ早すぎる。
「諦めの悪い女の意地、見せてやりますよっ!」
そしてリアは足に負った擦り傷の痛みも忘れ、ピューッと逃げ出した。まさに健脚。「姫様は健康志向」と若干バカにされている気がしながらも続けてきた朝晩のジョギングの成果が実る形に。
「アホー」
「ク、クァッ!」
それを追う二羽のカラスに続いて、ガシャンガシャンと提灯騎士が走る。大剣を優に担ぎ、地を揺らすほどの巨体とは思えぬ速度で。
遠ざかるランタンと炎のしゃれこうべ。取り残された暗闇の中、ドナたちは呆然とその二つの明かりを見送った。
「……なんや知らんけど、気合いのわりにちょいダサかったな。とりあえず姐さん、さっきの明かり点けへん?」
「あぁそうだね、って呑気に言ってる場合じゃないんだよ! フェオも何ボーッとしてんだい!」
「わかっている」
手のひらサイズの小さな月を浮かべたドナが素早く責任転嫁するも、たいして言い返しもせずに駆け出すフェオ。
だが、初動の遅れが致命的に。
――ピシッ、ミシミシ……!
「! 下がれ、ドナ」
「え? ちょっ……ゲゲッ!?」
――ゴバァ――――ッ!
土砂崩れ、岩なだれ。崩落する天井。
落盤だ。
「い、生き埋めコース!? 何してんねん姐さんのドアホォ――――ッ!」
「あたしゃ魔法使ってないさね!」
我先にとセシルが逃げ出し、雨雲に乗ったドナがそれに続く。気絶したままのライアンは置き去りにされることなく、フェオが脇に抱えていた。
ただし、間に合わず。
「引き金はやつの斬撃なんだろうが、いずれはこうなっていただろう。元より古いうえ、ダンジョン化のせいで放置されていたんだから」
「やからって都合良すぎひん!? こんな図ったようなタイミングで!」
「くそったれ、これもリアの呪いの影響……ってなんであんたもこっち来てんのさ!?」
「ライアンを見捨てるか迷った瞬間、岩で前をふさがれた」
リアとは完全に分断。
そしてライアンは、実はギリギリの生還。
「見捨てりゃ良かったんだよそんなやつ!」
「確認するが、仲間では?」
「どうせセシルといっしょで死んでも死にゃしないよ!」
「さすがのウチでもこんなん死ぬで!?」
どしゃ降りの土砂に、吹雪く落石。稲妻の如く走る亀裂。追いかけてくる崩壊の嵐から全力で逃げるも、そろそろ限界だった。小石がいくつか背中をノックし、砂煙はすでに足元まで。
「このままじゃ、本当に生き埋めに……!」
スピードの上がらぬ雨雲――月明かりの魔法を同時使用しているので、トロッコを追いかけた時の速度は出せていない――に乗って顔を歪めるドナへ、セシルが指を差して注意を引く。
「姐さんあそこっ!」
「! あれは……!」
広い主要坑道に備わる、いくつもの小さな横道。そのうちのひとつの入り口にだけ、中から暖色灯がもれていた。帰りの目印となるように置いていた予備のランタンの明かりだ。
つまり、出口はあの先。
「飛び込めぇ――――っ!」
と叫んだセシルよりも早く、真っ先に放り込まれたのはライアンだった。ただしもの凄く雑に。ピンボール扱いで狭い左右の壁に跳ね返り、地面へ顔からグシャ。一番乗りだがおそらく一番の被害者。
続いてセシルが頭から滑り込み、雨雲で急カーブを切ったドナが飛び込み、最後にフェオが駆け込む。
そしてほぼ同時に、落石が隙間なく入り口をふさいだ。
――ガガァンッ! ガラガラガラガラ……。
九死に一生。
岩の扉を転げ落ちる小石に目を奪われ、轟音の余波が過ぎ去るまでグッと息を詰めていたセシルは、辺りに静けさが満ちてから大の字に寝転がった。
「ほんま、死ぬかと思った……。あの疫病神とおったら命がいくつあっても足らんで」
「『不死身のセシル』の名が泣くね、情けない」
ドナがいくぶん冷たく言い捨てる。
セシルは両手を後ろについてむくりと起き上がった。
「何怒っとんねん姐さん、いつもの冗談やんけ」
「……意外と冗談でもないからだよ」
「? あ、そういやさっき、呪いの影響がどうとか――」
「無駄話をしている暇はあるのか? ここも、いつ崩れてもおかしくないぞ」
背中を向けるフェオへと、ドナが相槌を打つ。
「そうだね。それにもうこうなったら、リアを信じるしかない。あんたの使い魔が二匹ともついてったみたいだし、なんとかしてくれるだろ」
「片方は役に立たないと思う、が……」
「……? ちょっとなんだい、止まんじゃないよ」
手が左右の壁と天井に届く狭い通路。セシルならともかく、フェオに立ち止まられてはドナの雨雲では進めなかった。立ち往生ならぬ浮き往生。
ふと、無駄話を咎めた青年が言う。
「リアが泣いたのは俺のせいか?」
だからその確認は、青年にとって必要なことだったのかもしれない。
魔女にとっては「なんじゃそりゃ」だったとしても。
「あんた以外に誰がいるってんだい、この女泣かせ」
「それはさっきの『女の敵』と同義だと、俺は知っている。それに、傲慢……そうだ、すっかり忘れていた」
「どうでもいいけど、急がなきゃリアが……!」
「『いえすろりーた、のーたっち』だった」
「っ! あんた、ふざけるのも時と場合を――――……」
ドナはフェオの肩を強く掴み、無理やり振り向かせたが。
「……急ごう」
フードの奥の表情を見て、何も言えなくなってしまった。
「? 姐さん、どないしてん?」
前を突き進む黒ローブの背中に比べ、動かなくなった紫ドレスの背中へとセシルが声をかける。
すると、三角帽子のつばがグイッと目元へ。
「なんて顔してんだい、まったく……」
「あん?」
「なんでもないよ」
世話焼き魔女は煙管をくわえ、うずくお節介な性分を煙といっしょに吐き出した。
「ふざけてんだか、真面目なんだか……難儀なもんさね、リアもフェオも」




