第23話 シャベッタ
あまりにも唐突で、理解以前の問題。「なぜ」で頭がいっぱいに。
「リアの誘拐は偶然。本命はこっちだった、ということか?」
「アホー」
「……なるほどな」
なぜここで、十年前の事件の話を。
リアは眉をひそめたが、ドナも思いは同じだったらしい。
「ちょいとあんた、それどういう――」
だが、答えは後回しに。
――ガシャン――――ッ!
派手に響く鎧の留め具。迫る蒼き提灯騎士。詰められる間合い。
同時に、フェオが腰から杖を抜き放つ。右の逆手で握る長杖とは違い、一度その効果を発揮しているへの字に曲がった短杖。風の砲弾で押し返すつもりか。
と思った次の瞬間。
「――――『猛牛』」
彼は片膝をつき、左手の短杖を地面に突き刺した。
――ズガガガァァァ――――ッ!
杖先から、地を走る衝撃。地走り。まるで目に見えぬ獣が、土を蹴り上げて突撃するかのよう。
おそらく風の砲弾よりも射程が長い。衝撃波の勢いは衰えることなく、まだ距離のある敵へ届こうとしていた。
「まさか、これが本来の……!」
使い方、と続くはずのドナのセリフに、二本の杖を腰へと戻したフェオが被せ。
「――――『車輪』」
そして、敵の攻撃がかき消す。
――ドガァンッ!
衝撃を潰す衝撃。立ち止まっての振り下ろし。地走りと大剣の衝突で巻き起こった砂塵が辺りを包む。
だが、膠着状態とはならなかった。
――ブゥンッ!
すぐさま剣風が周囲を晴らすも、壁を駆ける白銀がその風圧を避けて天井すれすれに飛ぶ。敵の頭上を背面跳び。
「――――『棘』」
そのまま体を捻り、軽やかに着地。息詰まる攻防の小休止。
しかし、リアは身構えた。その燃え盛る瞳が背後を振り返るより、こちらへ向かってくる可能性のほうが高い――――と踏んだものの、相手は動かず。よく見れば小刻みに震えてさえいるような。
困惑しつつ目をすがめ、おそるおそるランタンをかざそうとするも、いきなり腕を掴まれた。
「わっ!? な、なんですかドナ」
「明かりを動かすんじゃないよ。見な」
ドナがあごをしゃくる先には、依然として動かぬ敵。頭蓋骨から青い炎が揺らいでいるだけ。
と思ったが、すぐに気付いた。
「影に、杭?」
巨体から伸びる薄い影法師。自分のランタンから生み出されたもの。
その影を地面へ縫い付けるように、細い木の杭が数本突き刺さっている。
「たぶん、あれで動きを縛ってるんだ。光源のあんたが動いちゃまずいかも」
なんかいきなり責任重大。
「そういうのは先に言ってください!」
「あたしがやったわけじゃないさね」
「それもそう……って、肝心のフェオはどこへ? 急に姿が――」
「戻った」
「キャ――――ッ!?」
悲鳴を上げたのは、そばにドサッと人間が落ちてきたから。それも二人。
見覚えのある赤毛と猫耳だった。
「け、怪我人は、もう少し優しグフゥッ!?」
「ンニャー、もう食べられへん……」
寝相の裏拳がクリーンヒットしたライアンと、へそ天で眠るセシル。こんな状況でなんて呑気な。
「あれま、回収してくれたのかい?」
「二人を運んで逃げれるか?」
「お安い御用さ。面倒かけちまってすまないねぇ」
幸せそうによだれを垂らすセシルが、モクモク焚かれた煙に軽々と持ち上げられる。ついでに白目を剥くライアンも。それを見て「良し」とフェオが頷き、進む撤退準備。
「ちょっと待って! 私動けないんですけど!?」
すわ、置いてけぼりか。募った危機感に悲鳴を上げるも、フェオが淡々と返す。
「そんなに力まなくていい。動いてみろ」
「え、大丈夫なんですか?」
コクン、と揺れる灰髪。不安だが、術者本人がそう言うなら。リアは力を抜いて腕を下ろそうとした。
が、動けない。
「あれ?」
「光源もいっしょに縛る。だから事前に言う必要はなかった」
「どっちにしろ怪奇現象……って、結局動けないんじゃないですか!」
「落ち着け。すぐに動ける」
「え? あ、本当だ」
ランタンを持つ右手だけ動かせない妙な金縛りが、明かりを少し揺らせるぐらいには解けた。ちょっぴりホッと――
――ギ、ギギギ、ギッ……!
「……あのー、フェオ?」
「なんだ」
「なんか、敵もさっきより動けてる気が……」
「安心しろ。気のせいじゃない」
「安心とは!?」
「だが、あいつが術を破らなければリアも動けないままだぞ?」
「じゃ、じゃあどうするんですか!? この隙に逃げるにしたって、私が動けると相手も……!」
言っているうちに杭が一本、また一本と地面から抜けた。もうだいぶ動ける。それに合わせて全身鎧の軋みも大きくなり、焦りと恐怖が首をもたげる。
すると、フェオが手のひらを差し出してきた。
「指輪を」
情報量の少ないセリフに一瞬固まったリアよりも早く、ドナが察する。
彼が、何をするつもりなのか。
「まさか囮に!?」
跳ねる心臓。
「何を驚く。お前がやろうとしたことだ」
「あたしゃあんたも計算に入れてたっての! 一人でなんて無茶だ!」
「お前はリアを守れ」
揺らぐ視界。揺らがぬ彼。
リアの胸にひとつ、不安が生まれた。
「冗談じゃない、あんたにゃ聞きたいことがまだ山ほど……さっきのだって答えをまだ――」
「さっきのはドナ、お前の言葉がほぼ正解だ」
「――は?」
それは、彼との契約。
「お前の言うとおり、この国は死霊系への対抗手段が少ない。双炎騎士の力技だ。それで対処できない日が来たらどうする?」
「そりゃあんた、トール教団を頼るしか……」
「そう、それが狙いだ」
「……いや、え?」
「武力でなく、内側から懐柔するつもりらしい」
望む場所への同道。松明持ちの騎士に会わせること。
つまり、契約期間はそれまで。
「リアを再びさらおうとする動きがなかったのも説明がつく。この本命の任務にやってきた部隊がリアをたまたま見つけ、それを忘れて帰還した。つまり最初の誘拐は組織ぐるみでなく、やつらはまだリアの存在を知らない」
「いやわけわかんないから。そもそも、どうしてリアの話に?」
「このダンジョンは十年前にできた。お前がそう言ったはずだ」
「だ、だからなんだってのさ」
「リアの誘拐も十年前だ」
「……っ!」
最初に彼はこうも言った。本物でも偽物でも関係ない、と。
「いやいや、待ちなって。じゃあこう言いたいのかい?」
まさに今、この状況。
契約はすでに果たされたと言っても過言ではない。
「トール教団は十年前、この国で死霊系を生み出そうと計画した。その結果がこのダンジョンで……そして、リアを誘拐した犯人もトール教だって?」
「結果ではなく過程だ。死霊系を生み出すため、ここをダンジョン化した」
「どっちでもいいけど、それだとまるでトール教がダンジョンを作れるみたいな……」
「実際、この世界のダンジョンはほぼやつらが創造している」
「……ハア!?」
「それより問題なのは誘拐のほうでは?」
「いや、それもそうなんだけど……ダメだ、頭痛い。なんかヤバい話も聞いた気がするし」
胸の不安が輪郭を帯び、形を成す。冷たく色づく。
「心配するな。どうせ――」
それは、別れの予感だった。
「――すぐに忘れる」
目深に被ったフードの奥から視線を感じ、リアはとっさに指輪を握って隠した。
「リア、指輪を」
「……死ぬ気じゃないですよね?」
「勝算ならある」
「だったら、戻ってきますよね?」
彼は答えなかった。
声が震える。口が、勝手に動く。
「これで最後じゃないですよね? このままお別れなんか、しないよね?」
「! ちょいとフェオ、急いだほうが良さそうだよ!」
「リア、早く渡せ」
焦りの募る声。再三の要求。
――ギギギッ……ガシャッ。
右手が、さらに自由に。
それでもリアは駄々をこねるように首を振った。
「だって、私はフェオのこと何も知らないのに、フェオは私のこといっぱい知ってて……ズルいよ、そんなの」
「リア、もういい」
「まだ、終わりたくない……続けたいんです、この冒険を。あなたといっしょに。だって、だって私、フェオのこと――――っ!?」
最後まで聞いてくれない彼に、手首を強く掴まれる。
「ヤダッ! 離して!」
「リア」
髪を振り乱して抵抗し、指輪を隠す拳は意地でも開かず。
だけど、目を見開く。
「諦めろ」
息が詰まる。呼吸を忘れる。
ただポロポロと、涙がこぼれる。
「その涙も、すぐに忘れる」
「……何それ」
ずっと目を背けていた。この気持ちから。
だから、遅かったのかもしれない。
「なんで? 私は、フェオのこと……」
やっと認めようとした、気持ちの名前の空欄は――
「……忘れたりなんか、しないのに」
――埋める前に、失われてしまった。
「……リア。気持ちはわかるけど、ここはフェオに任せな」
動けない二人の間へドナが割って入ると、手首を掴んでいた灰銀の手が離れる。
長い爪で傷つけぬよう、細い指先がそっと拳へ。
「死ぬつもりはないみたいだし、生きてればまた会えるさね。それにこいつがトンズラこいても、あたしがあんたの前まで引きずってきてやるよ」
茶化したウインクで励まされるも、少女は俯いたまま。
「あ。無理だと思ってんだろ、あんた。この超一流魔術師のドナ様を舐めちゃあいけないよ。確かにフェオは強いけど、あたしが本気を出せばそこそこやれるさ。た・だ・し、屋外限定だけどね?」
「超一流は場所を選ばないと思うが」
信じていないわけではなかった。たぶん事実だから、羨ましかった。
ドナはきっと、フェオと肩を並べられる女性なのだ。
「うるさいよ女の敵、なんなら試してやろうか? 今すぐ表に出な」
「敵ではないから遠慮する。それにその点は疑っていないぞ、『風織り』よ」
「……わかっちゃいたけどバレバレかい」
そして彼も、それを認めている。空回ってばかりの自分とは大違い。
それに、この期に及んでまだ嫉妬している自分が、とても惨めだった。
――諦めろ。
反芻する彼のセリフ。
自然と、抜ける力。
――その涙も、すぐに忘れる。
抗う理由なんて、もうないのかも。リアはゆっくりと拳を解いた。
こんな初恋。さっさと捨てて、諦めて――
「それでいいわけ? あんた」
――バササッ。
刺々しい女性の声と、軽やかな羽音。ハッとして顔を上げ、開きかけた拳を反射的に閉じる。
ドナの声ではない。彼女はこちらを見ず、フェオの肩に止まったメスのカラスへと視線を向けていた。そして注目を一身に集めた乱入者は、その鋭いくちばしからいつもどおり「アホー」と鳴いて――
「らしく、ないんじゃない?」
――シャベッタ。
「おい、余計なことを言うな」
「? なんつったんだい?」
「気にしなくていい」
シャ、シャベッタ。
「あっそ。まあ今はそれどころじゃ……って、こんな時にあんたは何ふざけた顔を――」
「シャベッタアアアア!?」
「――慰めて損した」
「ああっ! ちょっと、やめてください!」
拳を引っかく長い爪。問答無用の実力行使だが、あまり力が入っていなかった。三角帽子もちょっとふらついている。間近で叫んで申し訳ない。
(けど、なんで驚かないの!?)
理解に苦しみながら「グギギ……!」ともがいていると、フェオが肩に止まるフギンを横目でにらんだ。
「お前、まさか今……」
「アホー」
「何?」
いつもの鳴き声。やはり幻聴だったのだろうか。
「……傲慢、だと?」
それにしても、何を言われたんだろう。耳鳴りで半減したドナの力に抵抗しながら、リアは大きく揺れるフードを見つめた。するとその真横、彼を動揺させたらしい主と目が合う。
不思議な目だった。厳しさの中に、優しさがあった。まるで長い間、自分を見守ってくれていたかのような、理解のある色。向けられるのは二回目。
あの目でさっき、なんて――
――諦めたことなんてないでしょうが。
――あぁ、そうか。
「……いいわけ、ない」
胸が熱い。泣きたくなるほど切ないのに、今すぐ駆け出したくなるほどの衝動に駆られる。
そうだったんだ。
「いいわけないよ、フーちゃん」
フギンは最初から、自分のらしさを認めてくれていたんだ。
「私は、絶対に――」
――諦めたりなんか、しない。
「! あ、あんた何を!?」
そして少女は、握っていた指輪を指にはめた。
不退転の覚悟と、初めてもらった誰かからの信頼を、胸に秘めて。




