第22話 本命
「――――やはり、『魔王種』か」
リアが聞き慣れぬ言葉に顔を向けるも、有無を言わせぬ先制攻撃。
「! よそ見すなアホッ!」
――ガシャンッ!
迫る黒騎士。燃える髑髏頭。目の前で振り上がるは、巨体と同じサイズの大剣。
「う、わわっ!」
「クァッ!?」
丸いカラスを両手に下がるも、足がもつれてドサッと尻もち。ムニンを放り投げてしまった。揺れるランタンがバサッと飛び立つ黒い影を映し、ブンッと迫る死の影を露わにする。
同時に、視界へ割り込む赤毛と灰髪。ライアンとフェオ。
それは、実力者同士によるとっさの機転だった。
――ガキィンッ!
互いの剣と長杖を斜めに交差させ、幅も厚みも圧倒的な大剣をリアの頭上で受け止める連携技。
意外とやり取りも息ピッタリ。
「ぐっ……! なんて力――――というかその杖なんで折れないんだ!?」
「それより自分の剣の心配をしたほうがいいぞ、ライアン」
「何を余裕ぶって……ああっ!? ぼ、僕の剣にひびが! 買ったばかりの新品なのに!」
「安物だったのでは?」
「十回分割払いだぞ貴様ぁ!」
だが、口ほどに余裕はなさそうだった。
地面を掘って後ずさり、曲がる膝に落ちる腰。これはまずい。リアは尻もちをついたまま慌てて退いたが、二人はなおも鍔迫り合いを続けた。
「フェオ! ライアン! もういいから離れ――」
「離れるのはお前や!」
「キャッ!? ちょっとセシル、乱暴は……あ」
襟を掴まれ投げ飛ばされた先は、雲から降りたドナの足元。
こちらに目もくれず、どこかボンヤリとした彼女が杖代わりの煙管を掲げる。
「――――『我は問う。危急を兆す雲の名を』」
そして、小さくひと振り。
「――――『賢者の石は記さん。人々の間では雲』」
さらに、もうひと振り。
「――――『石の賢者は答えん。神々の間では……』」
ユラユラと。まるで、指揮棒のように。
瞬間、白骨の額へ投げたセシルのナイフが音を立てて弾かれるも――
「散れっ!」
――それを合図に、大剣を受け流した二人が左右へ飛んだ。
――ドガァンッ!
地割る打ち下ろしに揺れるトンネル。上がる砂煙と、落ちる砂埃。視界不良。
「――――『驟雨のぞみ』」
それらを晴らすは激しき雨。
(!? 雲が……!)
火皿から立ち込める煙が、消えていた雨雲のソファーを再び形成。かと思いきやすぐに豪雨を降らす。ただし、真下ではなく真横へ。筋と見えし雨粒は幾重もの矢となり、束ねし激流が投槍に。
標的は、火の灯るしゃれこうべ。
――ズガガガガ――――ッ!
水に消える火。およそ雨に打たれただけとは思えぬ音とともに吹き飛ぶ黒い鎧。暗闇へと吸い込まれていった。これが、ドナの魔法。
発動する瞬間を目の当たりにしたのは初めてで、リアが「なんでもアリなんだな」と妙な感慨を抱いていると、ライアンが暗闇に向けて言い放つ。
「やったか!?」
「? 知らないのか、ライアン」
そんな彼に、フェオはなぜか首を振った。
「それは『ふらぐ』だ」
――ボッ。
「――――グゥッ!?」
ふらぐって何さ、と硬直したのがいけなかったのかもしれない。
闇に火が灯ると同時に、トンネルの広い幅を横切る巨大な一閃。剣で受けるも吹き飛ぶ赤毛。軽装の鎧が盛大に鳴り響き、一瞬だけ壁に磔となったライアンが地面へ力なく落ちる。意識は飛んでいるようだが死んではいない。
ドナが舌打ちをこぼす。
「チッ……火には水、なんて単純にはいかないか」
「そんな理由やったん!? 頼むで姐さん、もっと派手な魔法あるやろ!」
「トンネル崩れて生き埋めコースだけど?」
「こりゃまたえろうすんまへん」
「言ってる場合ですか二人とも! あのままじゃライアン、が……っ!?」
なんて心配は無用だった。
――ガシャンガシャンガシャンッ!
脇目も振らずに真っ直ぐこちらへ。ジャンプ一番で攻撃をかわしていたフェオがかばうようにライアンの前へ着地するも、それすら無視。
セシルでもドナでもない。その燃え盛る瞳に映るのは、どうやら自分だけらしい。最初の攻撃も意図的だったということか。
どうして。
「えらくご執心やんけ。おい疫病神、今度は何しでかしてん」
「わ、私なんにもしてません!」
「わかったからあんたはさっさと立つ! セシル、まともにやり合うんじゃないよ! フェオと足並みそろえな!」
「ハッ、別に一人で十分やけどな」
鼻で笑ったセシルが獲物へ飛びつく寸前の猫のように身構え、フェオが提灯騎士の背後から迫る。挟み撃ちだ。それを横目に、こちらへ手を差し伸べるドナ。
その手を掴もうとしたところで初めて気付く。
(? 何か、握って……?)
己の手のひらの中。ランタンの取っ手ではない。指輪だ。
それも美しくカットされた、とびきりきれいな赤い石付き。
「ルビーの、指輪?」
「ニャにぃ!? ルビーやと!?」
「ちょっ……このおバカッ!」
いつの間にこんなものを、と首を傾げる間もなく。
――パッカァァァンッ!
「ニャニャ――――ッ!?」
真芯強打。敵を目前に振り返った猫耳幼女が、ドライブ回転で右側の壁直撃。金目の物にキラキラしていた猫目をグルグルさせて「ニャらほろひれはれー……」と言い遺すセシル。なんか大丈夫そう。
だが、これで二死。
「わわわっ!」
「チッ!」
足元へすがりつく少女を無視して、紫煙の魔女が煙管から煙を焚くも、その顔色を見ればわかる。
――ブゥンッ!
それが、ほんの些細な抵抗だったと。
「け、煙が――――ドナッ!?」
剣風が勝り、煙に巻けず。
火と火。ランタンと髑髏。金髪の少女と黒い騎士。その邂逅を妨げようと覆い被さる紫の魔女。ドナに抱きしめられたリアは、迫る凶刃を彼女の肩越しに見つめながら悟った。魔術を行使する時間がなかったのか。
(だからって、こんな――――)
悲壮さに心震え、恐怖で肌が粟立つも、何もできない。
振り下ろされる死。おそらく、二人ごと挽き肉。犬死に。ドナを突き飛ばして助けるという選択肢は疾うに過ぎ去り――
「――――『恩寵』」
――代わりに疾く、その白銀はやってきた。
――パンッ、ズシャァッ!
砂塵。大剣がいなされ、地面を削る豪快な空振りに。
「! フェオッ!」
それを白銀に輝く左手一本で成し遂げた青年は灰髪を揺らし、右手の長杖を逆手に持つ以外はいつもどおりの、無手の構えで敵へと立ちはだかった。
「まったく、あの二人よりよっぽど頼りになるよ」
その大きく見える背中に安堵して急ぎ身を起こす間も、敵の猛攻は続いた。
空振りの勢いで回転斬り。力任せに返す刃。大剣を軽々と振り回し、袈裟に逆袈裟、打ち下ろし。
そのすべてをいなし弾く、左の流拳。
――パシンッ、ズガァンッ!
白銀の拳を包む光球は剣の腹を叩くために手を開くと、形が伸びていた。どちらかといえば光の手袋のようだ。それを盾として駆使し、一歩も引かぬフェオ。大きく回避しないのはこちらをかばってのことだろう。
しかし、反撃の刻。渾身の打ち下ろしで地面に刺さった大剣を、灰銀の足が踏みつける。
「――――『祝福』」
そして放つは右の飛拳。
――ボッ、バキャッ!
白銀の光芒が髑髏を粉砕するに合わせ、目にも止まらぬ蹴りの追撃。消えゆく炎が火の粉を撒き散らしながら闇の向こうへと吹き飛んでいった。先ほどの再現だ。
「……や、やった?」
距離を取ったリアがドナにしがみつき、今度こそ、と思いながらフラグまで再現してしまう。
だが、それについての言及はなし。
「その指輪はどうした?」
振り返らずにフェオが尋ねる。臨戦態勢は継続。絡めたドナの腕もどこか強張ったまま。
リアは戸惑いつつ、手の中にある指輪を見つめた。
「わ、私にもさっぱり。いつの間にか手の中に……」
「クァーッ!」
「? ムーくん?」
トコトコ足元にやってきたオスのカラスが、羽を広げて自己主張。なんだろう。
ランタンをかざすと、明かりの下にもう一匹。
「アホー?」
「クァッ! クァッ!」
「……ア、ホ?」
テンションの差が激しい雌雄のカラス。
不思議に思っていると、フェオがどこか投げやりに訳す。
「リアへのプレゼントだそうだ」
「え、この指輪が?」
赤いルビーと、うれしそうに「クァッ!」とはしゃぐムニン。つまりこれはムニンが持っていたもので、飛び立つ時にわざと置いていったのか。
謎は解けたが愕然とするフギンを見て、リアはハッとした。
「ムーくん? まさか、これ――」
――カエ、セ……。
背筋がゾクリ。自然と目は闇の向こうへ。すると、明かりの届かぬ闇の中に二つの青白い火が浮かび上がった。
それは先ほどよりも熱を増した、燃え盛る瞳。
「……カラスは光り物がお好きってかい」
震える体でギュッとドナの腕にしがみつくと、彼女が自分をかばうように半歩前へ出る。
「狙いは、リアじゃなかった。盗まれた自分の指輪だったってことさね」
苦々しく言う魔女に応え、青白い炎がユラリ。
――カエセ……。
暗がりから響く留め具の音。中身があるか疑わしき鎧の、潜まぬ足音。
深淵からの声。
――カエセェェェ……!
そして砕け散ったはずの白骨が一斉に闇へと飛んでいき、継ぎ目のないきれいな髑髏へ一瞬で戻ると、青白い炎を灯して咆哮を上げた。
『カァァァエェェェセェェェッ!』
瞳の箇所だけではない。
カパ、と開いた口からも盛大に青白い炎を吐き出すほどの怒り。
「……これ返したら、許してもらえたり?」
「だったら良かったけどねぇ」
「試してみるか?」
無理そうなので首を振り、かといって捨てることもできず、盗品らしきルビーの指輪をギュッと握る。恐怖に縛りつけられた足元ではフギンが「アホーッ!」とムニンへ往復羽ビンタを喰らわせていたが、リアは「もっとやれ」と心の中だけで念じた。
「……とにかく、出会っちまったもんはしょうがない。元々あんたの目当てだったわけだし」
「あんなの、私を助けてくれた松明持ちの騎士じゃありません! 偽物に決まってます!」
「どっちだっていいよもう、そんなこと」
リアの腕を振り解き、ドナが右手を差し出す。
「指輪を寄越しな」
「え? でも、そしたらドナが……」
「だからだよ。あたしらが引きつけてる間に、あんたは逃げるんだ」
「! できません、私一人で逃げるなんて!」
「ガタガタ言うんじゃないよ! どっちにしろ足手まとい――」
――ガシャン……!
怒声を遮る足音に、突き合わせていた顔が同時にそちらへ。
巨大な剣を肩に乗せ、頭部だけでく全身鎧の隙間からも漏れ始める青白い火の粉。圧倒的威圧感。
「……正直、打つ手がない。あたしの魔法もたぶん効かない」
「でもさっきは吹き飛ばしてたじゃないですか!」
「すぐに再生しただろ。何度やっても同じことさね」
――ガシャン……!
「本当なら、こういう死霊系と遭遇した時のために、ギルドが各パーティーに一人は必ず神官をあてがうんだけど……この国では無理だからね」
「ど、どうしてですか?」
「トール教圏から外れてるし、双炎王国は元々、トール教に反旗を翻して独立した新興国だ。ギルドも本部の教会に、派遣を強く要請できないのさ」
――ガシャン……!
「そんな……じゃあこの国には、死霊系の魔物に対抗する手段がないと?」
「いや。女神の力とやらを借りなくても、双炎騎士なら楽勝さね。あたしだって大抵は魔法で消し炭にしちまえるよ」
「だったら……!」
ドナが静かに首を振る。
「桁が違う」
――ガシャン……!
その横顔は青ざめ、恐怖に取り憑かれていた。
「あんな魔物、あたしゃ見たことないよ」
いつも不敵な彼女の怯えっぷりに、思わずゴクリと喉を鳴らす。
しかし、少女はすぐにキョトンとした。
「そもそも、なんでこんなところに死霊系が……。王都近辺が戦場になったことなんて一度も――」
「地下坑道」
「――は?」
「反乱当初、戦場は各地にある鉱山の強制収容所だった。亡き骸が埋まり、弔ってすらもらえなかった者たちの魂は今もさまよい、この地すべての坑道と通じている。つまり、下地はあった」
彼がなんの話をしているのか、わからなくて。
近付く足音。
――ガシャンッ!
遠ざかる理解。
「リアの誘拐は偶然。本命はこっちだった、ということか?」
同意を求める青年が肩越しに振り返ると、ボコボコにしたムニンを足蹴にするフギンが、足元で「アホー」と鳴いた。




