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〜繰り糸付きの哀れな人形はそれでも君の夢を見る〜

 人形は最近「空気を読む」を覚えた。


「リセマラさせてください」

「フェオ、もう寝る時間だから片付けましょう? 呪符作りはまた明日」


 古びた宿の、ほこりっぽい屋根裏部屋。並んだベッドの片方には土下座する勇者。もう片方には、腰かけてガン無視する聖女。すなわち無視が正解。

 壁際の椅子に座る人形はシルクの寝間着に身を包む聖女へと頷きかけたが、すぐに思い直して首を振った。


「もう、今日は寝ずの番なんてしなくていいんですのよ? せっかく宿を取ったんですから」


 金髪縦ロール――風呂上がりでもこの状態――を揺らして歩み寄った聖女が、テーブルの上にある人形の私物をわし摑みに。カラスの羽根ペンと八つの蹄鉄、狼の血と涎の入った小瓶だ。


「はいはい、全部ポケットにしまって」


 そしてなすがままに突っ込まれる先は、黒ローブの胸元だった。空間魔法が常時発動しているローブの内側を「四次元ポケットじゃん」と言われて以来、すっかりポケット呼びが定着。

 その元凶はというと。


「リセマラしたいよー……」


 まだ言っていた。枕を抱えてベッドをゴロゴロ。あれも無視すべきなのか。

 書きかけの呪符を胸元へしまいながら人形が戸惑っていると、頭の痛そうな聖女がため息をついた。


「で? 今回の発作はなんですの?」

「発作って何!? だけどよくぞ聞いてくれた!」


 勇者がガバッと起き上がる。


「俺たちずっと野宿で、久しぶりに宿取ったよね!?」

「それは、あなたがどうしてもって」

「そのどうしてもがこの屋根裏部屋!? もっといい部屋なかった!?」

「だってお金がないんですもの」

「そこなんですよ奥さん!」


 聖女は眉をひそめた。誰が奥さんじゃい、と思ってそう。

 それでも勇者が続ける。


「俺たちなんでこんな貧乏なの!?」

「無職だからですわ」

「いや冒険者じゃん!」

「……つまり、無職ですわね」

「……冒険者が自宅警備員みたいな言いづらさの異世界なんてもうヤダッ! なんで冒険者ギルドがないんだよチクショー!」

「結局また職業別組合ギルドの話ですの?」


 うつ伏せになる勇者へ聖女が近寄ると、黒髪頭がそっぽを向く。


「以前も言いましたが、冒険者を職業にして組合ギルドを作るのは良い案かもしれません。略奪行為をする野盗崩れや暇な傭兵に職を与えられるんですもの。でも生計を立てられずに、すぐまた略奪を繰り返すのが目に見えていますわ」

「は? なんでさ。依頼クエストこなせばいいじゃん」


 ムクリと身を起こした勇者の向かいに聖女が腰掛ける。


「誰がなんの依頼をしますの? 皆、自分の生活は自分で守りますし、特殊技能のない暴力専門のゴロツキ集団には頼りませんわ。そもそも百人が食べていくために何件の依頼が必要ですの? 百件? 単価はいくら? こなす頻度は?」

「いや、だから、モンスター討伐依頼とかいっぱい……」

「そんな世界にしないために私たちは旅をしているのではなくて? それに、あなたの言う()()()()みたいな繁殖能力のあるバケモノはいません。国軍や私兵で民は守れます」

「……じゃあ、一狩りしようぜ!」

「魔物は基本的に動物の異常個体ですの、狐頭蝙蝠フォックスバットのような。毛皮が欲しければ猟師ハンターに頼みますわ」

「そういうハンターじゃないの! グヌヌゥ……じゃあじゃあ、モンスターがダメならダンジョンに潜ればいいじゃない!」

「宝の眠る迷宮……つまり、王家の墓荒らしですわね? 重罪ですわよ」

「だからそうじゃないんだってばもうヤダこの正論ヒロインッ!」


 枕に顔を埋めてむせび泣く勇者。

 二人を忙しなく見ていた人形は最近、人の機微も理解できるようになった。


「そもそもここ、魔法がある以外ガチ中世ヨーロッパで現実準拠すぎるし、冒険者ギルドどころかエルフもドワーフもいないし。エルフ萌えの俺にはもう、絶望しか……せめて猫耳メイドぐらい用意しといてよもおおおっ!」

「せめての最低基準がただの個人的嗜好なことだけはわかりましたわ」


 だから近頃、彼女の様子がおかしいのにも気がついていた。

 とっくに怒ってもおかしくない。


「ハッ! もしかしてこの世界、悪役令嬢ものだった!? スルーズの婚約破棄イベント待ったなし!?」

「誰とも婚約しておりませんわ、ワタクシ。契約破棄したい勇者はいますけど」

「……ハァ、リセマラしたいなー」


 だけど彼女は、どこか冷めている。


「世界観は我慢するから、せめてヒロインだけでもなー。こんな金髪縦ロールツンデレヒロインじゃなくて、俺のことが好きなポンコツアホ毛ドジっ娘ヒロインが良かったなー」



――ピクッ。



 たとえばそれは、肩を波立たせて俯いた彼女が、泣いているように見えるほど。

 しかし実のところ、人形は理解していなかった。


「もしくはハーレム展開……フェオがいるから無理か。つーか主要キャラにイケメンがいようとさえない主人公がモテるのが鉄則だろ!? ハーレム要素まで現実準拠なファンタジーなんて断固反対を表明します!」


 勇者が無理して明るく振る舞っていると感じるのはまさに、機微を察するという人形の内面的成長によるもの。比べて、聖女は違う。

 彼女へ抱くそれは、ただの共感だった。


「良かったですわね」

「ん? 何が?」

「魔王城までもうすぐですもの」


 旅の終わり。迫る別離。

 悲しみ。


「魔王を倒して元の世界に帰ったら、あなた好みの女の子がいる世界へまた旅立てるのでしょう? だから、良かったですわね」


 去りゆく人を想う切なさ。

 人形が自覚するにはまだ、難しいものだった。


「いやそれ全部フィクション……つーか帰る帰らないは魔王を倒してから考えるっつったじゃん」

世界こことワタクシが不満なのでしょう? だったら迷う必要などありませんわ」

「それは、本気で言ったわけじゃ……」

「残られても迷惑ですから。この世界にあなたの居場所などなくてよ」


 突き放す物言いをして、聖女がベッドへと潜り込む。


「フェオ、明かりを消してくださる? ワタクシもう疲れちゃいましたわ」


 彼女は正しい。それはベッドの上であぐらをかいて、深く顔を沈ませる少年にとっての最善。

 だけど、彼女にとっては。


「聞こえませんでしたの? 明かりを消して」


 人形がテーブルに置かれたロウソクの火と、ベッドの上の膨らみをキョロキョロ見比べていると、わずかな声の震えを勇者が耳聡く聞きつけた。


「スルーズ? お前、まさか泣いて――」

「泣いてませんわっ!」


 金切り声。

 頭まで被った毛布の中から続く声は、くぐもっていた。


「泣いてませんから、もう放っといて……!」


 どうすべきか。人形はここぞとばかりに空気を読もうとした。


「スルーズ……ゴメン。ほんとゴメン、俺……」


 しかし、わからなかった。いつも正解を教えてくれる聖女にも頼れない。ならばと思い勇者を見れば、目が合った。何か訴えているような。

 その時、人形に電流走る。そうか、二人きりにしてくれ、と。



――コクン。



 大きく頷いて立ち上がると、勇者がホッとため息。

 そのまま人形は四次元ポケットと称される黒ローブへ、己の身体をクルリン――


「え。ちょ、おま、俺に任せろみたいな空気出しといて何を真っ先に逃げ……つーか待て待て待て! お前抜きで夜二人きりって初めてだし、しかもホテルでこの空気って童貞にはハードル高――」



――パッ。



 屋根裏部屋から消え、すぐ上の屋根へと空間転移して満足げに頷いた人形は、最近「空気を読む」を覚えた。

 だが必ずしも「空気が読める」わけではなかった。






 小高い丘。ポツンと生える枯れた大木。

 その頂上付近の枝の根元に腰かけて人形が朝日を見つめていると、同じ枝の先に止まるカラスが言った。


「それにしてもあんた、ずいぶんと人間臭くなったわね」


 なぜこんな状況なのか。それは、人形が空気を読んだ――正確には読まされた――からだった。


 明かりの消えた室内からはささやき声。


『――――から、俺は……』

『――――が……たいんじゃ……!』


 そのうち言い合い、罵り合いへ。

 屋根の上でハラハラするも、やがて静かになったところを窓からのぞけば、二人はすっかり仲直り。ビックリするもひと安心。だが同時に、人形は首を傾げた。いくら仲直りしたとはいえベッドひとつに二人で眠るのは非効率だ。重くてギシギシ鳴ってるし。

 その時、人形に再び電流走る。もしや自分のためにベッドを空けているのか。それはまずい、休息は人間である彼らにこそ必要なのに。

 今すぐ戻って二人に教え――


『親が気まずくなるやつヤメロッ!』


――といきなり側頭部をつついてきたカラスに言われるがまま、窓の隙間に『朝帰る』と書き置きを挟んで人形はその場を離れた。それから報告を聞いているうちに、いつの間にか朝を迎えていた。そして先の言葉である。

 人間臭い。たぶん、嗅覚に関する事柄ではない。つまりはそういうニュアンスまで理解できるほど人間に近付いた、という意味合いだろう。人形は照れた。


「ほめてないわよ。皮肉よ、皮肉」


 人形はガッカリした。言い回しを理解できなかった自分と、ほめてくれなかった相手に。聖女ならほめてくれるのに。


「……すっかり懐いちゃってまぁ」


 呆れとも、諦めとも取れる声を出したカラスは、与えられた役割どおりに思考を巡らしているようだった。

 そして、しばらく朝陽を見つめてから。


「あんた、私が出した条件ちゃんと覚えてる?」


 いつもどおりの念押しでやや拍子抜け。

 カラスが出した条件は、勇者と聖女の魔王討伐の旅に自分がついていくのを認める代わりに、勇者が帰還する際は大人しく見守ることだった。

 人形はコクンと頷いた。


「あっそ、ならいいけど」


 沈黙が降り、朝日は昇る。

 白みゆく空。


「……万が一、あの女が勇者を引き止めても、あんたがそれを止めるのよ」


 闇から光へ移ろう、地平線の彼方。

 その変化を見つめながら、人形はごく自然に()()()()()


「ま、言わなくてもわかってるか。もちろん勇者が帰らないって言っても……え?」


 ブンブンブン、と首を振る。


「あ、あんた、やっぱり条件忘れてんの?」


 ブンブンブンブン。

 覚えている。


「だったらちゃんと……!」


 だから、()()()見守る。


「は?」


 大人しく、()()()()()()()()()()見守る。


「……小賢しさまで人間らしくなったってわけね」


 冷ややかな悪態は、隠しきれぬ怒り。

 それでも鎮めてカラスが続ける。


「あんた、本当にわかってんの?」


 この世界にあなたの居場所などない。聖女が勇者に告げたとおりだった。

 人類は未だ魔王を知らず。『神の槍(じぶん)』がその誕生を未然に防いできたから。生まれてしまった魔王もまだ人前に姿を現していないので、現時点で人間にとっての脅威は勇者となっていた。


「……選択肢なんて最初からないのよ」


 魔物を倒すに飽き足らず、果ては国同士の戦争すら止める彼の力は神が如く映り、人から人へと語られる英雄はやがて神の子に。そしていつしか、感謝は畏敬に。純然たる恐怖に。

 貧乏なのも実際、金品だけでなく恐怖に青ざめた生娘まで差し出してくる始末の貢ぎ物を断っているから。「なんで俺が魔王ポジ!?」と勇者はよく怒っている。

 だが問題は、もっと根深いところにあった。


「魔王さえ倒せば勇者は要らない」


 カラスは知っている。聖女も。勇者は知らない。

 魔王は、この世界の異物。


「魔王のいない世界に、勇者がいてはならない」


 目には目を、歯には歯を。毒を以て毒を制す。

 ならば、魔王いぶつには勇者いぶつを。

 そしてまた、逆も然り。


「魔王を倒しても勇者がいる限り、この世界に平和は訪れないわ」


 勇者いぶつを倒すためにまた、魔王いぶつが生まれてしまう。それがこの世界の自浄作用システムだった。


「いい加減に目を覚ましなさい」


 だからこそ、役目を終えた勇者は帰らなければならない。

 けど、そんなの――


「あんたは『家畜フェオ』であって、フェオじゃない。人間にはなれないのよ。『神の槍』としての使命から逃れることは――」


――シッタコッチャネェ。


「っ!? い、今なんて……」


 勇者の口振りを真似たことに驚いたのではない。カラスは自分が反抗したことに――――もっと言えば、()()()()()()()()に驚いたのだ。

 代償は大きかった。



――ズクンッ。



 頭が割れる。手足は痺れ、視界も明滅。危険信号というより警告だろう。使命の拒絶に『神の槍(おのれ)』の否定、それはつまり神への反逆に等しいのだから。

 それでも人形は痛みをおくびにも出さず、目深に被るフードを取り払って言った。



――俺は『槍』なんかじゃない。



 朝もやが晴れ、陽光が照らす。



――二人の、トモダチだ。



 彼の決意の、その横顔を。

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