第20話 ……ギャフン。
肩に止まるカラスにも気付けぬほどリアが呆然としていると、フェオが妙に長い自己紹介を始めた。
「残念だが、俺は兄弟じゃない」
クルクルと手で回され、スチャッ、と腰に戻るヘの字の短杖。
「それに、ガンマンでもない」
フードを被らず進む彼。揺れる灰銀の髪、隙のない背中。
ポツポツと起き上がる魔物たち。
「っ! そんな、まだ……!?」
息を呑むリアへとドナが答える。
「有効射程の問題さね。近くの魔物は消し飛ばしたけど、後続は余波を受けただけだよ」
「言うて、半分ぐらい挽き肉やん。『風』のルーンの魔法か? あんな大砲みたいなもんお目にかかったこと……」
腰が抜けたまま座り込むセシル。
そのそばで、ライアンが剣を支えに気を吐いた。
「悠長に構えている暇はないぞ……!」
しかし、膝をつくまでが限界な模様。疲労の色が濃い。
それでも見せる焦りは遠くの魔物でなく、今そこにある危機に対して。
――ベチャッ……。
「! なんですかあれ!?」
浮遊する丸い石。
それに向かって集まる粘液。
「あかん、スライムの核や! 生き残ったんか!」
「しかもひとつだけ。最悪のパターンってやつだねぇ」
――ベチャ、ベチャベチャ。
四方八方に飛び散っていた粘液が、どんどん石へ吸い寄せられ、次々と結合していく。
「最悪?」
「スライムは核を壊さへん限り、自分の体を引き寄せて自己修復するんや!」
「ただ個体としての自我がないのか、自分以外の体も引き寄せちまうのさ」
――ベチャベチャベチャベチャ――――ッ!
「つ、つまりあれって……」
「吸収しとんねん、何十匹分もの仲間の粘液を!」
その様は、いわば合体。
「スライムの大群は、こいつがあるから厄介さね」
そして狭い坑道を余さず満たす粘液生物の集合体が、フェオの行く手を完全にふさいだ。
「あれではもう僕の剣でも核に届かない! 退け、キザ男!」
カラス含む女性陣が呆れ――お前が言うんかい――ていると、詰まったようにグニョグニョうねりながら襲いかかる粘液。飲み込まれる魔物の死骸。逃げ場なし。
それでも真っ向から相対し、ジャリッ。
「なっ、何してんねんあいつ!」
黒ローブの裾を軽く払い、開く足は肩幅。半身の姿勢。突き出した左の籠手を拳に変え、右はあごに添える。
昨日も見た無手の構え。
「ステゴロ!? んなアホな、それよりさっきのもう一発かませば……」
「体積が増えすぎさね。体は吹き飛ばせても、もう核までは砕けない。それにたぶん連発は無理なんだろうさ」
「のんびり解説している場合かドナッ!」
まったくそのとおりで、リアはフェオの後ろ姿と微動だにしない隣のドナを視線でキョロキョロ往復した。
そして、聞いた。
「共有文字じゃない……」
まばたきもせずに見つめ、呆然とするそのつぶやきと。
「――――『祝福』」
遠くとも響き、耳に残る不思議な言葉を。
そして見た。
(? 足元じゃ……ない?)
眩いほどに輝く、その白銀の右手を。
「それに俺は、キザ男でもなければ……」
まだ拳の届かぬ距離から放たれるは、右ストレート。
――ボシュ――――ッ!
「え?」
「なっ……!?」
「ニャンと!?」
飛拳。そうとしか言えない。
すべてを飲み込まんと蠢いていた液状の怪物が、拳から飛んだ白銀の光にピンポイントで核を打ち砕かれ、ドロドロと自壊していく。かさばる体も役立たず。簡単に背後まで貫かれていた。
拳をあごのそばへと戻し、彼が自己紹介を続ける。
「ボクサーでもない」
なんのことかさっぱりだったが、ドナの言葉は理解できた。
「だけど、固有文字でもない……」
共有でも固有でもない。ならば、第三の神秘。
という簡単なことでもなかったらしい。
「どういうこっちゃ、共有文字以外のもんまとめて固有文字て呼んどんのやろ? ウチの呪いを取り除いてくれた時、姐さんそう言うとったやないか」
「呪い?」
「今その話はええねん!」
「じ、自分で言ったんじゃないですか……」
思わぬ剣幕にリアがたじろぐも、事態は継続。
――キキィッ!
甲高い鳴き声。狐頭蝙蝠だ。四体。
その数を確認するよりも早く。
「――――『棘』」
ブンと振り下ろした右の拳から長い爪が生えて――――違う。一瞬で、鋭く尖った細い杭を指の間に挟んでいる。四本。
それは、手の裏にあった剣が如く。
――シュッ。
また、手から離れる剣の如し。
四本がそれぞれ眉間へと刺さり、悲鳴も上げさせず四体すべてを地に落とす。瞬く間。まったく無駄のない処理作業。
「あとニンジャでもない」
自己紹介はなお続いたが、もはや誰も聞いちゃいなかった。
「な、なんやねん今の早業。いくらウチでもあんな芸当……」
「魔法だよ、あれも。やっぱり共有でも固有でもない」
「では、精霊魔法か? 使い手はもういないはずだが」
「違う。あれは……」
――グギャギャ――――ッ!
体勢を整えた小鬼たちが殺到するも動じず。
「――――『恩寵』」
今度は、灰銀の左手。
「まさか、元素文字……!?」
「あん? エレ……なんて?」
最後に、灰銀の足。
「――――『車輪』」
――カッ。
四肢を固める新たな鎧。
燦然と輝く、白銀の手足。
「しかも触媒武装による触媒同時並列行使!?」
「なん……だーもーさっきからルビばっかで全然わかりまへーん!」
「つまり何者なんだあいつは!?」
「フェオだ」
そして彼は、あふれる光が球状に滞留する左を乱れ打ち。
――ボシュ――――ッ!
直線上に居並ぶ緑の小人たちを、右の飛拳でまとめて射抜き。
――ヒュンッ、グシャッ、バキャッ!
周囲を轢き殺すように一蹴、または三蹴一回転半して、自己紹介を終えた。
「魔術師のフェオだ。よろしく」
飛び散る血、肉片。モザイク必須なアレやコレ。それらを拳から滴らせ、トンと足から振るい落とす自称魔術師。
「……ど、どこが魔術師だどこが!」
「お前みたいな武闘派ステゴロヤクザ魔術師おってたまるか! そもそもなんや、そのがんまんやらぼくさーやらにんじゃっちゅーのは!」
「俺も知らない」
「せやけどまあ読んでる人には伝わるやろて? 異世界ファンタジー舐めてんちゃうぞコラァ!」
「君もさっきからルビだのヤクザだのいい加減にしてくれないか!?」
「アホー」
肩でカラスがひと鳴き。ひとつにまとめたような感想だった。
その重みも騒ぎも無視して、リアが緩慢に口を動かす。
「ねぇ、フーちゃん」
呼称が気に入らずに凶器のくちばしをキラリ光らせるものの、フギンは眼光鋭い瞳をハッとつぶらなものに変え、フイッとくちばしを背けた。何かを察したらしい。
「どうしてフェオは、魔法を使えるの?」
少女の硬い表情に落ちる、その陰鬱から。
「だってフェオは、魔力がゼロで……」
「魔力の必要がないのさ」
黙って寄り添うカラスに代わって魔女が答えると、白銀の輝きが増した。
はためく黒いローブの裾はもう、目で追えなかった。
――ダッ、ダッ、ダッ――――!
狭い坑内を縦横無尽、天上天下。砂ぼこりの足跡が地面や壁、天井にまで至り、魔物たちを勢いそのままに蹂躙する。
姿の見えぬ黒き風。白銀の軌跡。たどる赤い血しぶきは圧倒的な速さと強さの証。
「素材、知識、刻印技術。魔法とは結果であり、過程としての魔術が理論上完璧なら、魔力の帳尻合わせなんか要らないんだよ。因なる縁。ならば、因果はすでにそこに在り」
「なんでちょいキメ顔……おーい、姐さん?」
「手足の鎧、足は一組で右手と左手は別か……」
立ち上がったセシルが手を振るも、どうやらドナは目にも入っていない様子だった。
「三つの触媒武装励器に長短二つの触媒杖……いや、あの投擲武器も含めれば六つ? メインらしき長杖はまだ使ってないにせよ、あれだけの触媒を同時に――――っ!?」
そんな彼女が前のめりに。
食い入る先は豚頭と大鬼。最後尾、最後の生き残り。
その眼前で立ち止まるフェオ。
――ブモォ――――ッ!
豚鼻から息を荒く吐き、太った腹を突き出して覆い被さろうとする巨体を前に、棒立ちしたままの後ろ姿を見つめていると。
「――――『神の口』」
彼の着る黒ローブが突然、彼を吸い込んだ。
「七つ目!? まさか、あのローブも!?」
目を疑う光景だった。
主人を吸い込み、シュルリと小さく丸まった黒ローブがポンッと消失。空振りのボディプレス。地面を揺らして抱きついたまま、豚鼻が困惑気味にフゴフゴ。
その頭上に現れる、黒い穴。
――ズガンッ!
「……しかも、空間魔法かい」
バサッと広がった裂け目が黒ローブとなり、宙を舞うフェオがそのまま白銀のかかと落とし。潰した豚の頭を足蹴に。
「い、一撃かいな……おいライアン、姐さんの言うてることわかるか?」
「まったく。だがひとつ、僕も気付いたことがある。あいつは魔力がないんじゃない」
――グガァ――――ッ!
緑の巨人が興奮気味に拳を落とす。それはあまりにも巨大で、灰銀の髪をした頭どころか体ごと押し潰してしまいそうなものだった。
しかし彼は、よけるでも迎撃するでもなく、左手をふと上げるだけで――
「魔力を、わざとゼロにしているんだ」
――ピタリと、受け止めてしまった。
「ニャニャ!? ト、トロールのげんこつを!? あれも魔法か!?」
「わからないが、さっきあいつに引っ張られた時もかなりの力だった……やはりそうなのか?」
「もったいぶってんちゃうぞ! どういうことか説明せえ!」
そして拳を押し返し、足払い。
転ぶ巨体を激しく左右に踊らせる、白銀の嵐。
「それは、リリアーナ嬢のほうが詳しいはずだ」
「あん? こいつが?」
――ズシンッ……!
決着。
沈む巨人に目もくれず、静かに背を向ける彼。輝きが消えた灰銀の手足をゆっくりと動かし、悠々とこちらへ戻ってくる。
その姿をジッと見据えながらリアは口だけを動かした。
「なんの話ですか?」
「双炎騎士の修行法の話だ」
「……知りません」
「? なんやて?」
「……よく知りません。私、修行なんてさせてもらえないから」
いつもそうだった。
「あぁ、それもそうか。あれだけきついとさすがに……」
「いや、どういうこっちゃ?」
「双炎隻流を扱うには最低限、片手で両手剣を自在に使いこなせなければならない」
いくら剣の真似事をしたって、みんなほめてくれるだけ。助言や忠告なんてもらえない。刃引きした剣ですら、保護者同伴でしか持たせてもらえなかった。
「だがそんなの、ゴリラじゃないと無理だ。だから彼らは特殊な修行をしている。それが魔力を空にして鍛えることなんだが……」
「そのとおりさね、ライアン。おそらく、拳や蹴りの威力自体に魔法の影響はそこまでない。あのお兄さんは通常の魔術師とは逆、そしてゲンドゥルたち隊長格と同じレベルで、精神より肉体との縁を限界にまで引き上げてんのさ」
「もうええわ、説明する気ないやろ姐さん。それよりなんでライアンがそんな詳しいねん」
強くなりたかった。心配かけないぐらい。
そして本当は、騎士になりたかった。
「そ、それは……」
「はいはい、詮索はよしな。あんただって聞かれたくないことあんだろ?」
「姐さんみたいにな。確か、不老の魔女?」
だけど、ダメだった。
才能がないから。
「そんなに死にたいのかい、セシル?」
「待て、ドナ。殺すならセセセセセシルがギャフンと言ってからにしてくれ」
「ジブン戻って早々ツッコミどころしかあらへんな!?」
魔力がないのに、魔術師だと言い張る人。自分と同じだと思った。
だから、いっしょに見返してやろうと、あんなに意気込んで――
「しかし、リアが聞きたがっていたから……リア?」
――バカみたい、私。
「……ギャフン」
「? 自分で言って意味があるのか?」
「いいえ。でもフェオがすごくて、思わず?」
リアは小首を傾げて笑った。
裏切られたなんてバカな考え、バレたくなくて。
ウソつきだなんて絶対に、言いたくなくて。
「ギャフンですよ、フェオには。あんなすごい魔法が使えるなんて」
少女が笑顔の仮面を被る。
青年がどこかキョトンとしながらも、フードを目深に被る。
「まぁ、それで満足なら……うっ?」
そして素っ気ない彼の肩に美しいカラスが飛び乗ると、彼女はいつもの鳴き声も上げず、ただいつもよりそのくちばしを強く彼へと突き刺した。




