第19話 セセセセセシル
前回までのナイト・オー・ザ・ウィスプは。
「な、なんやてぇ!? 姐さんが魔法を使われへんやとぉ!? こりゃえらいこっちゃで! 後ろの出口は崖、狭いトンネル内には大量のモンスターども、行くも地獄で戻るも地獄や! こんな時こそ、姐さんの魔法の出番やったっちゅーのに……ん? 魔術師なら、いる……? 魔力ゼロの……? そんなん頼りになるかいな! くそっ、いったいウチらはこれから、どうなってしまうんやぁ――――っ!」
みたいなノリであらすじを、一人芝居まで挟みながら熱く語るセシル。
リアは死んだ魚の目を向けた。
「なんなんですかいきなり、なんで説明口調なんですか。それに今死んだばかりですよね」
「アホお前、多方面に配慮したウチの優しさによるごく自然な導入やんけ。あと一話前の小ボケそんな引っ張ったらあかんで? ただでさえこの小説テンポ悪すぎやねんからササッと流し……え、こわ。図星突かれた作者の目やん」
「誰が作者――――いやなんですか作者って」
しかしあながち間違いでもない気がしていると、あらすじに含まれなかったライアンが悲鳴を上げる。
「とにかく魔法の件はもういい! 無事ならこっちを手伝えセシル!」
大量の小鬼相手に孤軍奮闘するも、無数の液体生物に捕まり悪戦苦闘。無傷だった体にもいくつか血の跡が。
名指しされたセシルが「やれやれ」と首を振る。
「物覚えの悪いやっちゃな。ウチは姐さんの指示しか聞かへんていつも……で、なんぼや?」
「今回の取り分二割!」
「んー、聞こえまへんなー。誰かさんへの死の足音しか聞こえまへん」
「……三割!」
「お、そのスライム強酸性でんな。足元溶けてまっせ、旦那」
「――――半分っ!」
「踏ん張るんやで相棒! すぐウチが助けたるさかいな!」
人が変わったように「うおおおっ!」と駆け出すセシル。全額要求しなかっただけマシか。とにかくこれで場を乱す――テンポをさらに悪くする――邪魔者は消えた。
やっと本題。
「ひとつ聞くが、それは?」
フェオが指差したのは、ドナが座る雨雲のソファーだった。
「今さらかい? ずっとこれで移動してたけど」
「共有文字、『雲』と『天』の複合魔術。それも第二階位真言」
「あれま、驚いた。同業者でもそう簡単には見抜けないんだけど」
もちろんリアにはまったくの意味不明だったが、フェオの言いたいことはわかった。
「そうですよ! それ、魔法! 使えてるじゃないですか!」
「あーはいはい、じゃーこれっきり。もう使いませーん」
ゴロンと寝転ぶドナに、リアはうろたえた。もはやただのサボり宣言。なんでそこまで。
そんな少女の内心に同調。
「俺にはわからない」
フェオがフギンを肩に乗せたまま出口の縁まで歩き、深い谷底を見下ろしながら言う。
切り立つ向かい側の崖、薄雲広がる青空と順次見上げて続けた言葉は、リアの疑念の一歩先。
「どうしてそこまで、俺に興味を持つ」
「女からの興味なんて日常茶飯事だろ、色男? なんて冗談は置いといて……さっきも言ったけど、あたしが知りたいのはあんたの魔法さ」
(? さっきって……あ、あれかな?)
トロッコのお宝発掘作業から距離を取り、二人で何やら話し込んでいた時のことかも。そういえば、ドナがフェオを問い詰めているようだった。
だけど、そもそもの話。
「でもフェオには、魔力がないんですよね? だったら魔法なんて使えないのでは? 今日も、それに昨日だってこの人、一度も魔法なんか――」
瞬間、脳裏をよぎる記憶。
重なる光景。二つの光。
(――使ってない? 本当に?)
昨晩、ゲンドゥルが放つ閃火十字の斬撃を消し去った強烈な蹴り。そして先ほど、暴走トロッコに追いついた白銀の疾駆。
足元から放たれた光は両者、同じものだった。
(確か直前に、ラドってつぶやいてたような。まさか、昨日のもさっきのも……)
リアの思考を先回りしてドナが継ぐ。
「魔法だよ。少なくとも、さっきの足の速さは。趣向は違うけど共有文字で再現可能な範囲だ」
「コモンルーン? なんかさっき、フェオも言ってた気がしますけど」
「ただの一般教養さね。魔術師なら誰もが知り得る共有された財産。だけど……」
つまり、魔術師みんなが使う魔法ってことかな。リアが納得していると、プカプカ雨雲を寄せてきたドナが指をクイッ。
「右手」
「え?」
「右手だよ。出しな」
小首を傾げつつ右手を差し出すと、ドナがまじまじと見つめる。
フェオの指先と唇が触れた、思い出すだけで熱くなる手の甲を。
「……固有文字」
「? ユニークルーン?」
「才能とも呪いとも呼べる、先天性の魔法さね。ここにお兄さんが指を走らせた時、熱かっただろ?」
「あ、はい……どうしてそれを?」
「魔力の流れを感じた。変化は何もないけど、絶対に何かしたはず。あたしが知らないってことはおそらく固有文字の魔法、それをあんたにかけたんだ。問い詰めても答えちゃくれなかったけどね」
「つまり私は、フェオに呪われた?」
自分で口にしながら危機感なく尋ねると、豊かに波打つ黒髪がわずかに横へ。
「才能とも言っただろ? 呪術的な要素が必ずしもあるわけじゃない。それにむしろ……そう、逆なんじゃないのかい?」
ドナが物言わぬフェオへと問いかける。
そして雨雲を消し、地面へと高い踵を突き立てた。
「ドナ? どうし――――わわっ」
軽く引かれる右手。引き寄せられる肩。
ささやく声。
「愛しい子。最初はあたしも反対だったんだ、あんたが屋敷から出ることに。でも、灯台下暗しだったわけさね」
魔女が唇を噛む。
カラスを肩に乗せた黒き背中へ、見たこともない真剣な表情を向ける。
「ゲンドゥルにも頼まれた。だからあたしは、見極めなきゃいけない。『紫煙の魔女』として過ごした、この十年間の旅路の答えを」
大きな胸をクッションに、三角帽子の広いつばの下へと招き入れられて感じるのは、二週間という期間だけでは説明できないほどの愛情。母よりも柔らかいのに、母を思い出す温もり。
まさか。
「あんたが、この子の呪いを解く手がかりかどうかってことをね……!」
そして少女はついに、隠されていた己の真実へとたどり着く――
「ドナは私のお母さん!?」
「……は?」
「アホー」
――手前で、盛大に足踏みした。
「だって、ドナはお父様の愛人かもしれなくて、それに最初から妙に優しくて……つまり私はお母様の子じゃなくて愛人の子!? 本で見たことありますこんな展開!」
「……あんた、話聞いてた? けっこうショックなこと言ったんだけど」
「お母様と血がつながってないほうがショックに決まってるじゃないですか!」
「つながってるから。あと愛人でもないわ」
「え? なんだ、良かったー……で、なんの話でしたっけ?」
「アホー」
「頭痛くなってきた……」
疑問符を象るアホ毛の隣で、へにゃりとくたびれる帽子のとんがり。罵倒を挟む、磨かれたくちばし。
断末魔。
――グオオオオオオンッ!
その出所は、足を負傷して暴れていた豚頭と大鬼だった。どうやら仲間に息の根を止められたらしい。二体はすぐさま沈黙した。
後続を断っていた二つの巨体。それは、荒れる川の堰。激流を止める石壁。
決壊すれば、必然。
――グギャガァァァ――――ッ!
まるで鉄砲水が如く、さらに大量の魔物が押し寄せてきた。
全滅。そんな単語が頭をよぎると、振り返ったフェオが沈黙を破る。
「確認なんだが、さっきの雲でここからリアを逃がせるか?」
親指で示すは出口の断崖絶壁。
魔物の勢いを見てやや焦りつつも、ドナが答える。
「あれは普通の人間にゃ乗れないよ」
「肉体との縁が強いと無理か」
「わかってんならいちいち聞くんじゃないさね」
「だから、確認だ」
そしてフェオは肩に乗るカラスの様子をうかがった。フギンとの会話に言葉は要らず「巨大化してリアを逃がせ」的なことを頼んでいるのかも。
だけどたぶん、食い気味に。
「アホー」
不思議と意味が伝わり、本気で二度と助けてくれないんだと少しショック。
「……『記憶』と接触させるわけにもいかない、か」
そこで、はた、と気がつく。そうだ、ムニンがいない。メスのフギンと行動を共にするオスのカラスが。いったいどこに。
(それに接触させないって……ムーくんと、いったい誰を――)
――トンッ。
「え、セシル?」
「まいど。もうかってまっ、かぁ!」
猫耳幼女が腰にぶつかり、挨拶らしきものをしながら腕をブンと振る。
投げナイフ。標的は、増援の狐頭蝙蝠。真っ直ぐ飛んだ短剣が、天井付近に浮かぶ黒毛の狐頭へと突き刺さる。蝙蝠の羽が動きを止めて墜落。
続くは剣戟。奇声、威嚇、裂帛。
――グギャァァァッ!
「――――ハァ、ハァ……」
耳障りな悲鳴に紛れる、聞こえぬはずの息遣い。肩で息をするライアン。
二人が、そして魔物の波が、もうこんな近くまで。
「ど、どうしようドナ!」
「……さすがにもう、ぐだぐだやってる場合じゃないか。下がってなリア、ここはあたしが――」
「お前も下がれ、不老の魔女」
ピタッ、とドナが硬直。
おや、と思う間もなくフェオが隣をスタスタ。
「見極めたいんだろ?」
すれ違いざまにそう言った彼は、フードの奥から続けて。
「お前たちもだ。虎の子、騎士小姓」
(? セシルと、ライアンのこと?)
リアは眉をひそめたが、呼ばれたらしい二人はやはりピタッ。
冷や汗ダラダラ化粧が崩壊。猫目グルグル瞳孔全開。赤毛プルプル剣をフルスイング。
そんな三人の、言いたいことはひとつだったらしい。
「あ、あんた……」
「ニャンで!?」
「黒歴史を知っているんだ!」
すると、フェオが首を傾げる。
「見たままだが?」
「んなわけあるかい! それ知ってんのは姐さんとザリと里のやつらと昔の友達と……意外と多いやないかコラァ!」
「まさか貴様、師匠の手の者だったのか!? あのゴリラ男、まだ僕を捕まえようと……!」
「あたしゃちょっくら化粧直しに……」
「どこで直す気ですかどこで!」
人がプチパニックを起こそうと、魔物が空気を察することはない。
一番冷静だったリアは見た。
「呼ばれたくないなら名乗ればいいのでは?」
「何様やねんっちゅーか覚えてなかったん!?」
「自己紹介及び呼び方の指定は特にされていない」
地面からは粘液生物。正面からは小鬼。天井からは狐頭蝙蝠。
「ドナだよ……」
「ライアンだ!」
「セシルさんじゃボケェ!」
それらが一斉に、赤毛が怒髪天を衝くほどの一振りで切り開いた、彼我の境へと殺到。ライアンは背中を向けていた。
「わかった、ドナ。そしてライアン」
「おい、左手で握手の意味わかって――――うおっ!?」
握手ではなかった。
ライアンがフェオの背後へと引き倒され、流れるように突き出された灰銀の右手には一本の杖。それは腰に差されていた二本のうちのひとつ、ヘの字に曲がる短杖だった。短いほうの持ち手を握って向ける杖先には、狭いトンネルにぎっしり詰まった絶望。
彼我の境が無に。襲いかかる魔物たち。ゼロ距離。
もうダメだ。
「――――『猛牛』」
瞬間、飛び立つカラスからも目を背け、まぶたをギュッと閉じると。
――ドパァ――――ンッ!
大砲。見たことはないが、そんな感じの音。
リアは目を見開いた。
「それから、お前は……」
突き進むは目に見えぬ風の砲弾。
飛び散る粘液。気流に乗れず、撥ねられる蝙蝠の羽。暴れ舞う緑の小人たち。それらが一番奥で転んだ豚頭と大鬼にぶつかり、光届かぬ闇の向こうまで吹っ飛ぶ。
見れば、狭い坑道内にはズタボロな魔物倒し。彼我の境には数多の残骸。
一吹きで、一掃。
――ペタン……。
「……セシル、さん?」
反動で上向く杖先から煙のような魔力の残滓を立ち昇らせ、取れたフードもそのままに隣を見下ろす風の砲手。冷めた美貌の掃除屋。
たぶん、さん付けに慣れていないだけ。嫌味や恫喝ではない。
だが、腰が抜けて猫耳もペタンと伏せた幼女は、震えながら親指を上げた。
「セッ、セセセ、セシルでかめへんがな兄弟!」
「わかった、セセセセセシル」
「アホー」
その場のツッコミ役はもう、少女の肩に止まるカラスだけとなった。




