第17話 激走! トロッココースター!
——ギャリギャリギャリィィィ————ッ!
行き先が地獄でないことを願うばかりの二両編成超特急トロッコ。
その前方車両の座席で、リアは悲鳴を上げた。
「無理無理無理ぃ————っ! 誰か止めてぇ————っ!」
顔面風圧袋叩きを避け、手前の棒に掴まりながら頭を下げる。髪だけ後ろへバサバサバサッ。
それと同じ角度で体を浮かす猫耳幼女が、後方車両前方の縁に死に物狂いで掴まりながら叫んだ。
「お、押すな言うたやん! なんで押したん!? なあなんで押したん!?」
「こうなるってわからなかったか!? 君はこの二週間で何を学んだんだ、リリアーナ嬢!」
怒りを露わにしたのは、最後尾で尻もちをつきながらへばりつく赤毛の剣士。まったくもってごもっとも。
だが、リアにはリアの言い分があった。
「だってセシルが『絶対押すなよは押すのがお約束なんやで』って言ってたんだもん!」
「君ホントに何を学んだ!?」
「笑いの基礎はもうバッチリやなってやかましわこの小娘ぇぇぇっ!」
「私なんにも言ってないーっ!」
互いの状況もわからぬまま声を張り上げる三人。
問題は、なぜわからないのかということ。
「というかリリアーナ嬢、ランタンは!?」
「え!?」
目を見開くも、一寸先は闇。ちょっとだけ明るいのはたぶん車輪から上がる火花。つまり、ランタンがない。お先真っ暗。
予測不能なカーブで減速するも、恐怖が加速する。
「おっ……落としちゃいましたぁ————っ!」
「アホかぁ————っ!」
「冗談じゃないぞ! こんなに暗くては飛び降りようにも……くそっ、じゃあブレーキは!?」
「せや、ブレーキ! さっきのレバー!」
「! そうでした!」
光明。足元へと目を凝らしながら手を伸ばす。するとすぐ、それらしき感触。よく見えないが間違いない。
「待て、もうすでに嫌な予感が——」
などと口走る意味不明なライアンを無視し、力任せに引くと——
——バキッ!
「……お、折れちゃいました」
「ベタかぁ————っ!」
「やると思ったよ君なら!」
「そんなふうに言わなくったってえええっ!?」
ヘアピンカーブに尾を引く泣き言。手放す希望に、しがみつく命綱。吹き飛ばされずになんとか堪える。
しかし死のコースは容赦なく、次々に三人へと襲いかかった。
「キャアアア————ッ!」
S字カーブに垂直落下。
「お、落ちっ————!」
からの、急上昇。
「ちょっ、おまっ、ふざけっ……!」
そしてとどめの、一回転。
「遊び心ありすぎやろおおおっ!」
天地が逆さまになった瞬間フワッと気が遠くなるも、その言葉だけには激しく同意。出てこい責任者。
「こ、ここは、娯楽施設ではなく鉱山だったはずでは……ウプッ……!」
ライアンが吐くのを堪えるも、セシルが弱音を吐く。
「ウチな、生きて帰れたら、線路作ったやつのケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたんねん……」
「しっかりしてくださいセシル! それ死ぬ前に言うやつじゃ————あっ!」
だいぶ情緒に欠ける死亡フラグだったがそれはともかく。
リアが気付いたのは、後方からみるみるうちに差し迫る本物の光明。刹那に消えゆく火花の轍に追いつかんとする暖色光。
拾ってくれたんだ、ランタン。
「ドナッ!」
そして滑空する雨雲の上。優雅に座りながらもトレードマークの三角帽子を懸命に手で押さえつける魔女が、少女の呼び声に応える。
「まったく、あんたたちって子は! そろいもそろって世話が焼けるよ!」
「来てくれたんかオカーン!」
「誰がオカンじゃい!」
などとふざけている間にも、ビュンッと雨雲がトロッコの真後ろへ。
「一度にゃ無理だから一人ずつ手を伸ばしな! ケンカせずにね!」
「すまないドナ、助か——」
「ってなんでお前が一番最初やねんコラァ!」
「位置的にそうなるだろうが!」
「それを言うなら立場的に私なのでは!?」
「こんな時だけ護衛対象面すなボケェ! それとも貴族ムーブかましとんのかあぁん!?」
「そもそもこうなったのは誰のせいだと——」
「それはセシルのせいですっ!」
「ええ度胸やないか、ライアン剣貸せ! 連結部分ぶった切ってこいつだけ黄泉路に送り出したるわ!」
「やだやだやだやだセシルのバカァ————ッ!」
言ったそばからケンカを始める三人に、ドナの表情が怒りから絶望、やがて諦観へと至った時だった。
「! リア、前っ!」
「へ……ヒャアッ!?」
間一髪。とっさに顔を伏せ、飛来する黒い影を回避。頭上からは小さな羽音と耳障りな鳴き声。
だがそれも、すぐに遠ざかる。
「くっ……!」
安堵をもたらしてくれた、暖かな光とともに。
「! ドナァ————ッ!」
丸ごと髪をさらわれながら、どんどん離れていくランタンと雨雲の行方を目だけで追う。
しかし、群がる黒い影がドナの姿を隠していた。
「くそっ、フォックスバットか!」
「さすがに近所迷惑やったらしいな!」
狐頭蝙蝠。陰影はコウモリだが大きな羽と体躯で、頭は黒い体毛の狐そのもの。冒険者四人でたった一匹に苦戦していた記憶がある。
それが今、ドナ一人に三匹も。
「どうしよう、どうしましょう!?」
慌てふためくリア。
だが、ライアンは冷静。
「落ち着けリリアーナ嬢、とりあえず直線が続いているうちにこちらへ移れ! 先にセシルが言っていた方法を試そう!」
「せやけどウチ実は腕が限界やねん!」
「さっきの威勢はなんだったんだ!? くそっ、なら僕がやるさ! おそらく前のトロッコさえ切り離せば……!」
「ちょっと待ってくださいよ二人とも! ドナが心配じゃないんですか!?」
つい詰問口調になるも、二人は気にもせず。
「心配? ドナを?」
「アホちゃうか。あの人を誰やおもてんねん」
——バチッ……!
遠く響くは大気の震え。
身を叩き、裂かれし空気の絶叫すら遮ることのできぬ、風の怒り。
「あの人は、この世でただ一人の——」
色濃い雨雲。帯びし火花。暖色光に混じる青。
「——ウチの姐さんやで?」
それは、雷雲。
——バチバチバチィィィ————ッ!
その青白い光景に、リアは唖然とした。
(今のは……雷?)
羽ばたく影に絡まったのは、雲から伝う幾筋もの乱雑な光。
硬直、痙攣、急転直下。墜落する影は輪郭ごと欠け、後方の闇へとすぐに呑み込まれた。三匹同時に戦闘不能。リアはその強さと魔法に度肝を抜かれた。
しかし、戻ってくるドナを見てちょっと気になった。
「あの雲、ドナは座っててビリビリしないんですか?」
「どうでもええからはよこっち移れや!」
怒られた。でも確かに、そんな場合じゃない。リアは差し出されたライアンの手を取ってすぐに座席を乗り越えようとした。ドナもすでに接近しており、ランタンの明かりがトロッコの行く先を少しばかり照らす。
だから、前を向いていたら気付けたかもしれない。
——ギャリィィィ————ッ!
「のわっ!?」
「グニャ……!」
「キャアアアッ!」
「しまっ————」
真っ直ぐ伸びる線路から枝分かれし、横道へと逸れるその急カーブに。
再び直線。慌てて状況確認。
「おい、ウチ押し潰してんのゴブゲスか!? 後で覚えとけよコラァ!」
「それどころじゃない! 今のでリリアーナ嬢が落ちて——」
「ません! ギ、ギリギリ耐えました!」
叫んで無事を報告するも、急には止まれなかったドナの雨雲が猛スピードで直進し、そのままランタンの明かりとともに消えてしまった。
暗転する視界。車輪の悲鳴と風の絶叫。煽られる恐怖心。リアは低い背もたれにしがみつきながら、おそるおそる後方へと目を向けた。きっとすぐ戻ってきてくれると信じて。
しかし、見えたのは暖色光ではなかった。
「えっ?」
目についたのは白。
黒に浮かぶ軌跡。
——ザッ……ザザッ……。
「あん?」
「なんだ?」
地を這う光。
音と砂ぼこり。
(あれは……)
——ザザザザ————ッ。
光は足。軌跡は回転。地を這うそれは、駆ける白。
目にも止まらぬ白銀の疾駆。
——ザザザザザザ—————ッ!
闇に溶け込む体と、灰銀の髪。
フェオだ。
(は……走ってる?)
見たまんまだが自信なし。だって、人が出せる速度じゃない。それに足元がすごく光っているような。
恐怖を片時忘れるほどに戸惑う少女の隣へ、韋駄天走りの青年があっさりと追いつく。
「無事か?」
息も切らさず問われ、黙ってコクリ。追いつかれた現実に頭が追いつかない。
しかし、リアはふと気がついた。
「ならいい」
バサバサ流れるフードを無理やり目深に。口数も少なく、ひたすら並走。そして無言。
(なんか、怒ってる……? あっ、もしかして!)
激しい風圧にも屈さずアホ毛がピンッ。間違いない。たぶんこの状況も「ピンチの時には俺を呼べ」だったのだ。つまり、呼ばなかったから拗ねてるのかも。カワイイ。
そんな頭に花咲く感想とは真逆の、手厳しい寸評。
「ちゅーか足速すぎやろ!? 気持ちわるっ!」
「なっ、なんてこと言うんですか!?」
「気持ち悪いは言いすぎだが、軽くホラーなのは確かだな」
「なんでそんな上半身ぶれてへんねんこわっ! 都市伝説的なアレやんもう!」
「ちょっと! いくらなんでも失礼……あ、フェオ!?」
ススス、と速度を落とす韋駄天。
暴走トロッコより少し遅れ、足元の光も弱々しく。
「もうっ、謝ってください二人とも! フェオが傷ついちゃったじゃないですか!」
「そんなキャラしといて繊細なん!?」
「? 俺はただ、危ないから止まろうかと」
「会話になっていないんだが、危ないとは?」
すると、フェオが前方を指差す。つられて振り返ると小さな光が目についた。
あれは——と思っているうちにもうこれは——外の光だ。
(もしかして、出口——)
——スポーンッ。
「……へ?」
トンネル抜けたら青い空。
白い雲に、岩肌の壁。
「ニャ?」
崩れた橋。途切れた線路。口を開ける峡谷。
「バッ……!」
空飛ぶ二両編成トロッコ。
ズザー、と余裕をもって停止したフェオが告げる。
「崖だぞ、そっちは」
絶句、絶望、絶許。何をしに来たのかわからない青年へと、思い思いの表情で振り返る三人。
しかし、勢いよく飛び出したトロッコが空中で静止すると、心ひとつに。
——先に言えぇぇぇ————っ!
そして深い谷間に絶叫が響いたその瞬間、それらは同時に起こった。
——バサァッ!
鳥の羽音。太陽を覆う黒。
「ブフッ!?」
腹部に衝撃。魔女の声。
「————『美しい屋根』!」
そして、リアは見た。トロッコが空中で静止するその光景を。いや、よく見ればフワフワ漂っているような。信じられない。
だが猫耳と赤毛の二人は驚きもせず、勝手知ったる動きで重さの消えた空へと泳ぎ出した。それを上空から見下ろしながら、なんか楽しそー、と現実逃避。
そう、向き合えない。
——ギロリ。
こんな、眼光鋭い巨大カラスにくわえられている現実となんて。
(……何これ、どーゆー状況? あ、もしかして、鳥が餌をくわえて飛んでる感じ?)
アハハと続けた空笑いは、くちばしが腹部へグイッと食い込んだ瞬間に凍りついた。噛み砕かれる一秒前に青ざめる餌。
しかし、痛みは訪れなかった。むしろ安定感。切り立った崖の上にまで飛ばず、幅広い谷間をゆっくり旋回。巣へと持ち帰るわけでもなさそう。
(な、なんなの?)
再び巨大カラスの様子をうかがうと、見下ろす冷めた眼光の上に見覚えのある傷があった。額に傷のあるカラス。
長い首。スリムな身体。美しい羽。そして、高飛車な態度。
大きさは明らかに違うけれど。
「……あなた、もしかして——」
フェオのお供。人語を解するメスのカラス、フギンだ。
という確信はあったものの、確認はできず。
「——グエッ!?」
くちばし食い込む急旋回は、回避行動だった。
「————『星振りまかれたるもの』」




