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第15話 女神

 惜しい人材を亡くした。主にギャグ方面の。

 なんてことはもちろんなく、リアはその『不死身のセシル』という通り名どおりにピンピンする猫耳幼女へと尋ねた。


「セシルって、ザリの妹なんですよね?」

「あぁ?」


 喉元過ぎればなんとやら。怒っていたことも忘れ、歩幅をセシルに合わせて仲良く並び歩きながらランタンを掲げると、暖色光(オレンジライト)に照らされた猫目がパチパチ。

 そして双炎騎士団ブレイクルセイダーズの中でも最速を誇る騎士『飛剣のザリ』の妹が、線路上を行く歩みも止めぬまま吐き捨てる。


「んなもん最初に教えたやんけ。聞いてなかったんかドアホ」


 猫耳が横にピンッ。顔はグニャリで、なんだかイライラ。

 自分のせいかとも思ったが、そういえば仲が悪いんだっけ。


「いえ、ちゃんと聞いてましたよー。ただの確認ですって、確認」


 ご機嫌を伺うも、そっぽを向いてちょっぴり早足。そんなセシルを追ってリアも隣の線路上を急いで歩いた。

 五人で押し合いへし合いしながら抜けた狭い道の先には、トロッコ用の線路が二つ並ぶ広い通路があった。かつて人や物などを運搬していた主要坑道メインルートらしい。


「確認、ね。ウチもオカンに確認したいわ、ほんまに同じ腹から出てきたんかって」


 頭の後ろで両手を組む小さな影が、採掘跡や放置されたツルハシ、手押し車などの上を通り過ぎ、少し遠い壁のそばを歩いていた赤毛の剣士にまで届く。


「もう、そこまで言わなくてもいいのに。なんでそんなに毛嫌いするんですか?」

「おもんないねん、あいつ。堅物やし。そっちの兄ちゃんから天然ボケ抜いた感じやん?」


 セシルが親指で示すのは、ライアンと反対側の壁沿いを歩くフェオ。

 今のところ魔物は見当たらないが、自分たちが通ってきたような横道が明かりの届く範囲内でもいくつか確認できたので、男性陣はそこから出てくる魔物を警戒しながら歩いていた。


「そう言われても、ザリとは叙任式で一度会っただけですし。それにすぐ自分の任地へ帰ったので、あまり交流は……」

「あー。最近らしいな、隊長に昇進したの。ウチも知らんくてビビったわ」


 だが、まったく魔物の気配なし。そもそも地下迷宮として作られていないので、トラップの類も一切なし。斥候役セシルの出番も皆無だった。


「知らなかったんですか? え、連絡とかは?」

「かわいい妹への五年ぶりの連絡がこれやな」


 だから、そのやり取りは暇潰し。

 そして大事な光源役を仰せつかった少女——つまり戦力外——は差し出された冒険者カードを手に持つランタンで照らした。

 そこには、こう書かれていた。



——ヒメサマ ブレイ コロス。



 簡単なメッセージしか送れないとはいえ、なんと直球な。


「というかこれ、私に無礼を働いたらってことですか?」

「せやろな。ウチが依頼のこと聞いてすぐやったし」

「あっ、そう! そこなんですよ私が聞きたかったのは!」

「そこってどこやねん」


 白ける猫目に対し、リアはひとつせき払いを入れてから尋ねた。


「私の護衛依頼についてですよ。ザリを通じてセシルにお願いしたとばかり思ってたんですけど、違ったりします?」

「ちゃうちゃう。なんや、そんな勘違いしとったんかジブン。実を言うとな、ウチら立場おんなじやねん」

「立場が、同じ? 私とセシルの?」

「聞いたことあらへんけど、たぶんライアンも似たようなもんや。ほんま姐さんは世話焼きで困るわ」


 再びセシルが頭の後ろで両手を組むも、今度はどこか機嫌良く、なんだか懐かしそうだった。


「ウチな、昔ちょっと手に負えへんほどヤンチャな時期があってん。ほんで『どうにかしてくれ』ってザリが泣きついたんが姐さんやったっちゅーわけや。正確には騎士団の師匠から紹介されたらしいけど」

「ヤンチャな時期……」

「そこ食いつくなや」

「あ。いや、ちょっと気になっちゃって、アハハ……」


 ジロリとにらまれ愛想笑い。今もヤンチャでは、と思ったのはナイショ。

 同時にリアは納得した。つまりセシルも、騎士団からの頼みでドナに世話を焼かれた——あるいはその最中——というわけか。それで「おんなじ」だと。そして自分の護衛依頼は、やはりゲンドゥルと既知の仲らしいドナが請け負ったのだろう。

 という単純な話でもなさそうだった。


「それじゃあ、ザリにドナを紹介した師匠ってやっぱりゲンさ……ゲンドゥルですか?」

「よう覚えてへんけど、そんな名前やなかったで」

「あれ? ドナってば、ほかにも騎士団に知り合いがいたんだ」

「? そもそも剣聖と親しいんちゃうの?」

「え……お父様と!?」

「話聞く限りやけどな。どういうつながりかはよう知らん……って、なんでジブンが知らへんねん。護衛役のことやぞ?」

「だって私、ザリの妹と聞いただけで納得しちゃってて——」

「ちょっと。おしゃべりが過ぎるよ、あんたたち」


 疑念が深まったところで、後方を警戒していたドナが背中に声をかけてくる。


「ピクニック気分はよしな。少なくともここから先は、ほかの冒険者じゃ手に負えなかった領域だよ。気ぃ抜いてんじゃないさね」


 重々しく告げる当の本人は、軽くプカプカ()()()()()

 煙管キセルから上がる煙で雨雲のソファーを作り、その上に座ってリラックス。ピッタリドレスの深いスリットからは重なり合う太ももがのぞけて、ランタンの明かりを向けると妙にいやらしい。それに、深い谷間。おっきなおっぱい。

 ()()と父が親しいってぇのかぁ、と思わず内心巻き舌に。


「……ドナこそ、それ降りたらどうですか?」

「? ハイヒールじゃ探索も戦闘も不便だからって説明しただろ?」

「じゃあブーツ履けばいいじゃないですか」

「そりゃあたしのポリシーに反する……え、てか顔こわ——」

「あとその座り方、お行儀悪いしエラソーだし下品です」

「あ、足組んでるだけじゃないのさ! いきなりなんだってんだい!」

「……すまん、ファザコンやったんやな」

「ファザコンじゃないもん!」


 ミイラ取りがミイラとなり、女三人ピクニック気分。そんな光景にやや呆れ気味のライアン。

 一方フェオは、目深に被るフードの奥から道の先へと鋭い視線を飛ばした。


「まさか……」


 行く手に広がる暗闇が、こぼれた声を静かに呑み込んだ。




 リアが心の葛藤に一区切り——帰ったらお父様を問い詰めてやる!——つけて進んでいると、セシルの弾む声が坑内に響いた。


「おい、見ろやあれ!」

「? 魔物でも出ましたか?」


 差された指の先へランタンを掲げれば、ポツンと置かれた木箱が。

 あれはまさに、誰がどう見ても。


「宝箱やー!」

「あ、ちょっとセシル!」


 ネズミを見つけた猫が如く、シュバッと宝箱えものの前に陣取ったセシルがライアンを手招きする。


「おい、出番やぞゴブゲス!」

「その呼び方といちいち僕を使って罠がないか確かめるのはいい加減やめろっ!」


 などと言いつつ、しぶしぶ歩み寄るライアン。そんな彼の赤毛をランタンで照らすも、リアの足は自然と一歩引いた。二人のようにおいそれとは近付けない。

 むしろ、()()()()()()()のだ。


「……妙だね。お兄さんはどう思う?」


 背後のドナに同意しかけて口を閉じる。話しかけられたかと思っちゃった。

 気恥ずかしさをごまかしてせき込むと、壁際から近付いてきたフェオが返す。


「どう思うも何も、答えはひとつしかない」


 え、そうなんだ。リアは目を丸くし、耳も大きくした。


「ま、そうだね。狂暴化してた魔物どもがこれだけ沈静化したとなると、ボスは予想以上の大物か」

「それに、縄張りはほぼ廃坑全域だろう。魔物が息を潜めすぎている」

「やっぱりかい? 全部がボス部屋なんて、ダンジョンとしての風情がないねぇ」


 え、とさらに目が丸く。なんか、思ってたのと違う。なんの話だ。

 戸惑うリアをよそにフェオが続ける。


「それより聞きたいことがある」

「おや、やっとあたしに興味が? 年齢以外ならスリーサイズでもなんでも答えてあげるよ」

()()はこれで全力か?」

「つれないお兄さんだねぇ、ゲンドゥルに聞いちゃいたけど。もちろん、()()()()について知ってるってのも込みでね」


 ドナが何やらこちらをチラリ。なんだろ、スリーサイズは絶対教えないけど。リアはとっさにその慎ましやかな胸を隠した。


「……あたしの結界なんて所詮、ただの気休め程度さね。そこんとこも実はわかってんだろ?」


 問いかけに沈黙するフェオ。

 ドナはその態度を肯定と捉えたのか、小さく笑った。


「それに、今そんな質問をするってことは……またドラゴンでも出てきたりして」

「だったら想定の範囲内だ。自分で言っただろ、予想以上の大物だと」

「まさか、ドラゴンより厄介な魔物がいるとでも?」

「おそらく、そのまさかだ」

「……なるほど。そいつはちょいと参ったねぇ」


 熟練者おとなの会話に加われず、そこはかとない疎外感。

 邪魔しちゃ悪いかな、と思わないでもなかったが、リアはどうしても気になることがあったのでフェオの袖を引っ張った。


「あの、フェオ。それより私、わからないことがあるんですけど」

「? 何がわからないんだ、リア」


 それは、今この状況のみならず、ここ二週間の冒険者生活でずっと抱いていた疑問。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 その瞬間、フードの奥から息を呑む気配。

 固まってしまったフェオに代わってドナが尋ねる。


「そりゃどういう意味だい?」

「そのまんまですけど。むしろみんな普通に受け入れてるのが、私にはよく……」


 語気の弱まりは自信の陰り。

 眉をひそめる魔女を前にして、自他ともに認める世間知らずの少女はたじろいだ。自分なのだろうか、おかしいのは。

 だけどやっぱり、おかしいものはおかしい。


「だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()ですよ。そもそも誰が置いたんですか?」


 リアが小首を傾げると、子どもへ諭すような調子でドナが言う。


「いいかいリア、よくお聞き。ここはね、十年前にダンジョン化しちまってるんだよ」

「はい。だから?」

「だから、ダンジョンに宝箱があるのは当然だろ?」

「えー……? じゃあ、百歩譲ってそうだとしてー……」


 不満たらたらに振り返ると、セシルが宝箱の中身を取り出していた。


「なんや、ハズレか」


 落胆するその手に握るのは、薬草だった。


薬草あれはどう考えてもおかしいですよね?」

「どこがだい? よくあるパターンじゃないか」

「いやでも、草ですよ? そりゃ薬草だから病気の人たちや、私のお母様なんかには貴重品ですけど、わざわざ宝箱に入れますか?」


 見かけるたびに思っていた。宝箱の中に草。

 どう考えても絵面が変だ。


「しかもあの宝箱、ちゃんとそれぞれの冒険者パーティーに用意されてるんですよね?」

「そうだね。一度取ったらもう取れないけど、毎回リセットされるよ。でなきゃ早いもん勝ちになっちまうし、誰かがクリアしたら誰もそのダンジョンに入らなくなるからね」

「えー……?」


 それもう地下迷宮ダンジョンじゃなくて遊戯設備アトラクションでは。リアは納得できず、なおも言い募ろうとした。

 そこで、フェオが重い口を開く。


「しゃべるな、リア」


 いつもの平坦な調子。なのに、強い言葉。

 それと少し、切迫感。


「な、なんですかいきなり」

「聞かれる」

「? 聞かれるって、誰に?」

「……女神だ」

「……はい?」


 リアは目が点になった。

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