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第14話 ギャフン

 王都郊外に広がる草原地帯。そこを抜けた先の山の麓に、そのダンジョンはあった。元は打ち捨てられた鉱山の廃坑で、ポツンと建てられた木組みの入り口からはなんとも言えない邪気が漂っている。

 だが、そんなことなどおかまいなしに、地下への階段を駆け降りる少女がいた。ただいま反抗期真っ盛りのリリアーナ・クルス十六歳だ。


「おいコラお嬢様! ろくに戦えへんくせに一人で行くなや!」

「もうっ! ついて来ないでって言ってるじゃないですか!」


 追いすがる声を振り切り、翼のようにはためく白のロングコート。きらびやかにたなびく長い金髪。その姿は坑内の邪気を払う清廉さを持ち合わせていたが、荒い鼻息でご機嫌斜めなご様子。

 そんなお嬢様は階段の終わりにたどり着き、周囲を見渡した。真っ暗だ。何も見えない。


「なんて言い草してんだい、あたしらの馬車奪っといて! とにかく危ないからちょっと待ちな!」

 

 上から迫る足音と明かり。光源の確保より「追いつかれてなるものか!」と気持ちが先走ったリアはすぐに駆け出すも、ボスッと何かにぶつかってたたらを踏んだ。

 闇の中、うっすら浮かび上がる灰銀の手足。


「待て、リア。こっちは——」



——ガシィッ!



 いつ、どうやって回り込んだのか。

 なんてことは気にも留めず、立ちはだかったフェオの腕を無理やり引っ張る。


「さあ行きますよフェオ! 手柄を横取りされる前に!」

「立場的に横取りするのはこちらだと思うが、それはともかく」



——ゴチンッ!



「行き止まりだぞ、そっちは」


 それは先に言って、と額を押さえながら心底思うリアだった。

 痛みに耐えかねてうずくまっていると、足元に影。


「ほら、言わんこっちゃない」

「どんだけ猪突猛進やねん。せやけど、暗闇で『キャーこわーい』とか言いながらベタにイチャつかんのだけはほめたる」

「何目線なんだ君は」


 ドナとセシル、それにランタンを掲げるライアン。明るくなった視界には岩肌の壁と天井、そして落盤防止の木の枠組み。狭い通路に五人もいるとぎっしり。

 リアは涙目で立ち上がり、通路をふさぐ三人と対峙した。


「私たちの邪魔をする気ですね!?」

「あかん、もう言葉通じてへん」

「けっこう前から通じてなかった気もするさね」

「むしろリリアーナ嬢は元からこんなものでは?」

「ムキィィィッ!」

「せめて人語はしゃべれや」


 獣と化した少女が、黒ローブの青年を引っ張りながら歩き出す。三人はすぐさま道を空けたが、通り過ぎる際に「フシャーッ!」と威嚇されて両手を上げた。もうお手上げ、ということらしい。

 リアはいったん立ち止まり、そんな三人を肩越しににらんだ。


「見てなさい。絶対に、成り上がってやるんだから。そして、そして——」



——ビシィッ!



「ギャフンと言わせてやりますよっ!」


 振り返り、腰に手を当て決めポーズ。指を差された三人のなんとも言えない表情。妙な間。

 目深に被ったフードの奥から一言。


「ギャフン」

「フェオが言ってどうするんですか!?」

「やはり、聞きたいのかと」

「だからそういうことじゃ————」


 闇の向こうへと消えゆく二人をしばし見送り、三人は顔を見合わせた。互いに「どうする?」と目配せするも答えはひとつ。ここで少女を放って帰るわけにはいかない。黙ってランタンを掲げたライアンが重たい足取りで後を追い、大きなため息をつきながらドナが続く。

 そして、最後尾のセシルはぼやいた。


「何回すんねん、そのギャフンのくだり……」



 冒険者カードの機能は多岐に渡る。

 所持者のランクや身分証明はもちろん、依頼成功率や魔物の討伐実績なども自動で記録。また簡単な伝言さえも送れたり、防犯対策として追跡機能なども備わっている。だが、それらを使いこなすには自らの魔力を登録しなければならない。それで個人を特定するという、トール教団が開発及び提供した冒険者ギルド独自のシステム。

 だから、ギルドのカウンターで水晶球に手をかざしてもまったく反応なしの、魔力ゼロらしい青年をかばう少女の言い分は間違っていた。


『ま、待ってください! この人の強さは魔力とかじゃないんです!』


 強さうんぬんの話ではない。魔力がないとはつまり、個人を特定できないということ。冒険者の管理の徹底をトール教団から言い渡されているギルドとしては、それが何よりの問題だった。

 そして、魔力がないため冒険者登録を断られるという事例はごく稀にだがある。そのことをリアは知らなかったのだ。


『……って、あれ? 皆さんどうかしましたか?』


 かといって誰もすぐに教えないのは、王都の隅々にまで響き渡る大音量の叫び声(なんですとおおお)に耳がやられていたから。いわゆる耳キーン状態。


『ど、どうかしたじゃないだろリリアーナ嬢……なんて大声を出すんだ、君は』


 耳から指を離すライアンの隣では、聴覚の良さで有名な猫耳族がテーブルにぐったり。クリッとした猫目が白目を剥き、栗色ボブからはみ出る魂的な何か。

 その場に居合わせた冒険者たちも同じく死屍累々となる中、ドナがふらりとフェオの背後へ。


『このお兄さんの、魔力がゼロ? そんなバカな』

『ま、間違いありません。手をかざせば認識するはずなので』


 頭を振って正気を取り戻した受付嬢の言葉に、リアが眉を()の字にしながらフェオの隣へ着席。そして注目する先は、手をかざし続けてもまったく反応なしの水晶球。

 受付嬢の言うとおりなら絶望的だが、フェオはずっとその体勢で固まっていた。なんとか魔力を認識させようとしているのかも。


『いいですよフェオ、その調子です! 頑張ってください!』


 固く拳を握る熱血少女の横で、微動だにしない黒ローブ。

 魔女と受付嬢が交わす視線。


『いやこれ、頑張ってるとかじゃなくてさ……』

『……どうやら、意識が飛んでいるようですね』


 超至近距離からの超音波攻撃による故障ショート。目深に被ったフード越しに、プスプス煙も上がっているような。


『……とにかく、申し訳ありませんが登録はできません。査定のほうも中止させていただきます』

『ま、待ってください! もう少しだけ!』

『あたしからもお願いするよ。その水晶球を取り替えて、もう一度やってみちゃくれないかい?』

『ですが、故障しているわけではありませんよ? ほら』


 受付嬢が手を近付けると、うっすら虹色に発光する水晶球。内部で一定周期の波紋が漂い、正常に作動していることを示す。

 と同時に、フェオも意識を取り戻していた。


『うーん、こりゃ参ったね。いったいどうなってんだか』

『もうよろしいですか? 今回は、というより体質の問題ですが、ご縁がなかったということで』


 調子を確かめるように頭をフリフリ。易々とは脱げぬフードの奥で、目をパチパチ。


『そんなー! ちょっとドナ、諦めないでなんとか言ってください!』

『いや、別にあたしゃこのお兄さんが冒険者になれなくてもいいし』

『ではリリアーナ様、またのご利用をお待ちしております』


 それから右見て、左見て。黒ローブの青年の目についたのはおそらく、ウニョウニョと慌てふためく少女のアホ毛。物理法則無視のそれを見ても現状把握の足しにはならず。


『待ってください受付さん! えっと……そう! この人、魔術師じゃないんですよ! どうやら格闘家みたいで、チョップとかキックとか使って——』

『違うぞ』

『——へ?』


 だから彼は機械的な反射で、とりあえず情報の訂正を優先したらしい。


『格闘家じゃない。俺は魔術師だ』

『……へっ?』

『ローブも着ている。それに杖も、ほら』


 口を開けて固まったリアと同じく、その子どものような言い分に誰もが静まり返った。シンとする室内はまるで凪の海、嵐の前の静けさ。

 そして()の字に曲がった短い杖と真っ直ぐな長い杖を掲げる、黒ローブを着た魔術師っぽい男へ、目を点にする受付嬢が思わず尋ねたその時。


『……魔力、ゼロなのに?』



——コクン。



『魔術師だ』

『いやそれただの仮装コスプレやないかーい!』



——ギャーハッハッハッ!



 室内は、笑いの嵐に包まれたのだった。

 ハッ、と我に返ったリアが勢いよく立ち上がる。


『ちょ、ちょっと! 何がおかしいんですか!』

『ニャッハッハッハッ! そんなん決まっとるやんけ!』


 爆笑の火付け役。魂的な何かが無事に戻っていたセシルが、目に涙を浮かべて笑いながら言う。


『魔力ないのに魔術師て! それ鰹節入ってへんねこまんま、いや、無味無臭のまたたびやで! ニャハハハッ!』

『あんたはまた意味わかんない例えを……』

『だが、言いたいことはわかるさ。クククッ……!』


 ドナが呆れて肩をすくめる。苦しげに腹を抱えるセシルの隣で、ライアンが堪え切れぬとばかりにテーブルへ崩れ落ちる。周囲も同じようなもので、まだまだ引かない笑いの波。少女はその波打ち際に立って唇を噛んだ。

 確かに、言いたいことはわかる。魔力がないのに魔術師なんてバカみたい。笑える。

 けど、笑えない。悔しい。


『にしても、まさか役者やったとはな。どうりで男前やおもたわ。そのつらで貧乏魔術師は配役ミスやけどな!』


 他人事なのになぜ、と考えるまでもなく脳裏に浮かんだのは、幼い頃から続く自らの環境。


『しっかし、そこまで役作り徹底するとは見上げた役者根性や。よっしゃ兄ちゃん、ウチが芝居のチケットうたるわ!』


 そう。少女は今、剣聖の娘として生きてきた己の過去と、魔力がない魔術師として笑われている彼を重ねていた。だから人一倍悔しかったのだ。

 自分が、笑われている気がして。


『で、なんぼや? その倍の値段で転売したるさかい。ニャーハッハッハッ!』

『最悪だわこの転売猫……って、リア!?』


 少女は大きく息を吸った。それは、第二波到来の予兆。一斉に引く笑いのさざ波。

 ガバッと誰もが耳をふさぐ中、哀れな猫耳族だけが『ニャハハハッ!』と独特な笑いを継続していると。



——うるさあああいっ!



『ニャブベラッ!?』


 見事、脳髄まで貫通。クリッとした猫目がグリッと奇々怪々(グロテスク)に。


『————ハァ、ハァ……もう行きましょうフェオ!』


 強引に腕を引っ張り、ことさらに足音を響かせながら出口へと向かう。フェオの頭上では星がグルグル。だいたいみんなそんな感じで——耳から血が出て重傷の猫耳族もいたが——呼び止める声はなかった。

 そしてリアはドアに手を掛けて立ち止まり、振り返らぬまま宣言した。


『このSランクの依頼は、私たちが解決します。それで、S級冒険者になって、そして……!』


 正式に請け負っていないのでただのボランティア。ランクも上がることはなく、もらえるのはせいぜい感謝の言葉。

 なんて、涙目でキッと振り返る少女にツッコむ余裕は誰にもなかった。


『絶対に、ギャフンと言わせてやるんだからっ!』


 勢いよくギルドを飛び出した二人——片方は引きずられていたが——のやり取りが室内に届く。


『ギャフン』

『フェオが言ったって意味ないでしょ!?』

『いや、聞きたいのかと』

『なんであなたはそうやって——』



——バタンッ!



 ドアが閉まると声は途切れ、嵐が過ぎ去った後かのように呆然とする人々の中、セシルは最後の力を振り絞ってダイイングメッセージを遺した。

 そこには血文字で、こう書かれていた。


『いや今どきギャフンて』



——パタッ……。



 享年、二十三歳。

 どこまでも猫耳族らしさを貫く、立派な最期ツッコミだった。


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