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第13話 空欄と空白

「————では、冒険者カードのご説明をさせていただきますね」


 ドナの言う()()()()

 それは例の依頼、松明持ちの騎士(ナイト・オ・ウィスプ)が現れたとされるダンジョン攻略に自分とフェオがついてくることを許してやろう、というものだった。あれほど「連れて行かない」と断言していたくせに、フェオが同行するならオッケーらしい。


「————とこのように、冒険者ギルドはトール教団管轄の元、国の垣根を越えて世界中に展開しておりますので、ギルドが発行する冒険者カードは身分証明などにも便利な————」


 タダに等しい好条件。フェオも今さら三人に任せて「はいサヨナラ」とするつもりはないようだった。

 しかしリアは、それでも断った。


「————また取得さえしておけば、魔物を退治するだけで当日即払い可能な報酬がもらえます。さらにはランクが上がるだけでなく、豪華景品が当たるチャンスも! なお、討伐記録はお手持ちの冒険者カードで自動に記録を————」


 だって、ドナが隙あらばフェオに色目を使ってくるから。

 とはいえ所詮、彼は昨日会ったばかりの他人。本来ならそこまで気にすることではない。


「————あ。それと冒険者カードの更新は、有効期間が満了する前の誕生日の前後一ヶ月間にお願いしますね」


 でも、なんかヤダ。理屈じゃない。

 もしその感情に今すぐ名前を付けろと言われたら、自分はこう答えるだろう。


「説明は以上ですが、ご理解いただけましたか?」



——バンッ!



「わかりませんよこんなの初めてなんだからっ!」

「え? いや、そんなはずは……」

「説明の際に寝ていたか、記憶力の問題では?」


 先ほどまでと同じ、冒険者ギルドの受付カウンター。

 端に移動して応対用の椅子に座らされたものの、変わらず隣にはフードを目深に被ったフェオと、カウンター越しに大きな三つ編みを胸元へ垂らす受付嬢がいた。そして困ったような笑みと、冷静な指摘。そうだ、今はフェオの『初めての冒険者講座』の真っ最中。

 つまり自分は、いきなり机を叩いて立ち上がった迷惑な付き添い。


「す、すみません、続けてください……」


 頬を染めて着席。

 面目なく顔を伏せると、背後から野次馬の声が。


「おいおい、いきなり何を叫んどんねん思春期」

「これ、あんまり言うんじゃないよ。思春期なんだからそっと見守ってやんな」

「思春期の親への当たり障りないアドバイスだな」

「思春期思春期うるさいですねもうっ!」


 思春期の娘は椅子の背に掴まり、勢いよく振り返った。

 ギルドに併設された酒場。そちらから様子をうかがう冒険者たちを背に、最前列で幅を利かせる三人組。

 ドナとセシル、そしてライアンへ向けて言う。


「というかなんでまだいるんですか!?」

「そこの詐欺師の査定が終わったら、さっさとジブン連れ帰るために決まっとるやん」

「ついでに、お迎えだとかたってくれた()()もしなければね。おかげで報酬が半分だ」

「挽回のチャンスくれただけましと思いな。ま、あたしはそれよりも……」

「っ!」


 色気たっぷりな流し目にガタッと立ち上がるリアを見て、ドナがクツクツと笑う。

 フェオは我関せず。

 

「魔物を倒して金銭ゴールド景品アイテムを得るシステム……実現させていたのか」

「? まぁ、簡単に言うとそうなりますね」


 妙な言い方だが理解は早い。自分がいる必要はなさそうだと思い、リアは三人の相手をすることにした。


「だいたい、なんであなたたちが迎えに? 昨日みたいにゲンさんたちが来れば……あ」


 口にしてからハッとする。そういえば、その危険もあった。

 入り口と開いた窓の外をキョロキョロしていると、セシルが頬杖をついて言う。


「心配せんでも、騎士団は今朝から大忙し。そんでウチらに白羽の矢が立ったわけや。昨日の失敗も大目に見てもろてな」

「? 何かあったんですか?」


 尋ねると、ライアンが肩をすくめる。


「直接は聞いていないが、女や子どもをさらう人身売買組織の尻尾を掴めたらしく、それで総動員しているという噂だ」

「暗殺者ギルドのボスと四天王を捕まえたから、残党狩りしてるって話も聞いたねぇ」

「そんな……」


 ドナが燻らせた紫煙を見上げながら、リアは胸の前でギュッと手を組んだ。大丈夫かな、みんな。


「あ。あと、強引なナンパ男と露出狂の変態が捕まったって話もあったで」


 それは別にどうでもいいかな、と渦中にいたはずの少女があずかり知らぬ白い目を見せる一方、例の——首の後ろを叩いて気絶させる——アレを駆使した人物は質疑応答タイムへ。


「『すていたす』は表示されないのか?」

「? すていたす、ですか?」

「ああ、強さを数値化したものらしい」


 また変なこと言ってる、としか思わずにリアは聞き流した。


「とにかく、あなたたちが来た理由はわかりました。でも、どうして私がここに来ると?」

「ゲンドゥルから聞いたのさ。あいつも、あんたが松明持ちの騎士(ナイト・オ・ウィスプ)目当てだってことは知らなかったけど、そっちのお兄さんとどこかへ行こうとしてるってのは気付いたみたいさね」


 ピク、と動くアホ毛。そういえば、この魔女と老兵の関係も謎のままだ。


「ほんで、例の依頼のことやなと朝から見張ってたんやけど……さすがに冒険者やないとは——」

「いや、私が聞いてるのはそうじゃなくて」


 だが今は横へ。それよりも気になることが。

 すると、ライアンが深刻そうに前のめり。


「僕も聞きたいことがある」


 思わず言葉を呑み、尋ねる側から答える側へ。


「な、なんでしょう?」

「ダンジョンへ挑むのに、なぜこんな昼間から? まさか、その男と朝までセグムゥッ!?」

「? あの、最後がよく聞こえなかったんですが……」

「ゲスの発言は気にしなくていいさね」

「改名しよか、下半身ゴブリンゲス野郎に」


 そして昨晩、初めて野宿した身体を念入りに洗っていたせいで出発が遅れることとなった少女は、顔に煙を巻きつけて床で痙攣するゲスをやや心配しながらも本題を尋ねた。


「えっと、私が聞きたいのは、なんでこのギルドに来るってわかったのかってことで……王都にはほかにも、待ち伏せするギルドはいっぱいありますよね?」


 答えは意外と——でもないが——シンプルだった。


「何を言うてんねんこの疫病神トラブルメーカー。ジブン、ほかのギルド全部出禁やんけ。昨日のとこはまだやけど、ウチらを警戒して寄りつかんやろから残るはここだけ……ま、案の定っちゅーわけやな」

「これで三十七回クビの新記録に続いて、王都のギルド全制覇さね。リア、最後のスタンプはちゃんと押してもらったかい?」

「はいっ! 後でスタンプラリー完走記念の景品をくれるらしいので楽しみってバカッ!」

「いつの間にノリツッコミ覚えたん?」


 二週間の冒険者生活による成長。

 その一端をリアが垣間見せた時、背後から気になる単語が。


「最後に確認したいんだが、今この王都に()()()は来ているか?」


 はた、と振り返る。えるふ、エルフさん。知り合いかな。

 キョトンとする受付嬢も同じ考えに至ったらしい。


「エルフ様、ですか? ギルドの関係者でしょうか?」

「関係者も何も、お前たちの上役だ。トール教団の管轄だとさっき自分で言っただろ」

「? はい、確かに言いましたが……」

「王都の司祭はすでに確認済みだから、あとは視察に訪れる予定がないか確認したい」


 丁寧に意図を説明したつもりらしいが、受付嬢はますます混乱していた。フェオもなぜ伝わらないのかと困惑気味。

 そして、野次馬もヒソヒソ。


「なんの話してん、あいつ。姐さんわかるか?」

「エルフって名前の司祭でも探してんじゃないの?」

「んー、有名どころにはおらんな。ライアンは聞いたこと……いや、そもそも聞こえてへんな」


 もう虫の息らしいライアンはともかく、リアは今の会話でピンときた。

 フェオは昨晩、髭長族ゲンドゥルのことを『ドワーフ』と呼んでいた。たぶん、それと同じ。


「ねぇ、フェオ」

「なんだ」


 つまりエルフという名の司祭ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


「もしかしてそのエルフって、耳長族のことじゃないですか?」


 耳長族。トール教の指導者たちであり、不死だと噂される女性のみの一族。

 信心深いトール教信者の母によると、教皇はもちろん司祭クラスの人物でさえ姿を見る機会は滅多にないらしい。しかしてその美しさは母性に満ちあふれ、この世のものとは思えないほどだと自分も知っている。だって、そうだ。

 昔、誘拐されたその日に母と、司祭様が訪れたという教会へお話を聞きに——


(——あ、れ……?)


 リアは片手で頭を抱えた。


「……そうだ、エルフでなく耳長族だったな」

「それでしたら、残念ですが視察の予定は今のところありませんね」

「ならいい」


 痛みではない。けれど、視界に歪み。ふらつく足。

 どうして。


「にしてもエルフて、けったいな呼び方しとんなーあいつ。地元どこやねん」

「……聞いたことない呼称だね。あのお兄さんいったい————って、リア?」


 耳長族の相貌。知っているはずなのに、覚えていない。()()()()()()()()()()()

 まるで、頭の中に『空白』ができたよう。


(どうして? いつから? なんで、私は……)

「! リリアーナ様、危な——」



——ポスッ。



「——い、イケメン!?」

「面食いやったんか受付ちゃん」


 見上げれば、フードが取れて露わになった美貌。やっぱり妙な懐かしさ。

 ふらつく体を抱きとめてくれた腕の中で思う。


(私は、()()()()()()()?)


 それがとても大切なことのような気がして、リアは髪をとかしてくれる手を受け入れながら、間近でフェオと見つめ合った。


「……『空白ウィルド』が解けかけている。記憶ムニンと接触しすぎたらしい」


 灰銀の瞳をこちらへ向けるも、ここではないどこかへ彼がささやく。すると、開いた窓の外からカラスの鳴き声が——「アホーッ(あんたのせいか)!」「クァッ!?」——聞こえてきたが、リアはそんなものなど耳にも入らなかった。

 肩を抱く冷たい手、冷たい眼差し。知らない男の人。

 すごくきれい。



——あなた、だぁれ?



 幼い自分の声。

 もう少しで、何か、思い出せ——


「ウォッホンッ!」


——そうだったのに、なんか刺々しい声。


「それでは能力査定の準備ができましたので、こちらへ()()()()()()どうぞ。まずは魔力から調べさせていただきます。あ、()()()()()()は離れててくださいね?」


 そして背景に地鳴り(ゴゴゴ)を伴う、威圧感ある笑み。


「……気持ちはわからないでもないけど、すごい豹変っぷりさね」

「まともな男と出会えないって愚痴っとったなぁ、よその受付嬢も。しっかし、ありゃヤッとるわ」


 セシルの言葉に、ギルド中が付和雷同。「確かにヤッてる」だの「絶対ヤッてる」だの。

 フェオが「大丈夫そうだな」とつぶやいたのを合図に、リアは人目もはばからずイチャつくバカップルの距離感から脱兎の如く逃げ出した。






 そんな思春期の少女に、さらなる衝撃が。


「————えっ」

「? 受付さん、どうかしましたか?」

「いや、そのー……」

「おや、どうしたってんだい。そんなライアンみたいな顔しちまって」

「顔が青いとでも言いたいんだろうがいったい誰のせいだと……!?」


 気持ちの名前はまだ空欄で。


「そうカッカすんなや、下半身ゴブリンゲス野郎。略してゴブゲス」

「略すなというかそもそも呼ぶな!」

「ほんで? どしたん受付ちゃん」

「無視をするなあああっ!」

「……なんか、かわいそうになってきたねぇ」


 記憶に不思議な空白あり。


「実はこの方、魔力がゼロのようでして」

「ん? ちゅーことは、まさか?」

「はい。リリアーナ様、申し訳ありませんが……お連れ様は冒険者になれません」

「へ……なっ、なっ——」



——なんですとおおおっ!?



 それぞれ答えが埋まるには、まだまだ前途多難らしい。

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