第12話 『草』って何?
道行く女二人は色めき立った。
「ねぇねぇ、見てよ前から来る二人」
「は? 二人って言われても、通行人いっぱい……え、ヤバ、何あれ」
「でしょでしょ?」
双炎王国の王都。正午前、とある大通り。左右に並んだ商店へ群がる人々のど真ん中を、堂々と歩いてくる二人組。
遠目からでもわかるほどの美男美女カップルだった。
「つーかイケメンすぎて、人垣が勝手に割れてんだけど」
「隣の女の子も超美人じゃない?」
「相乗効果でえらいことに……あれ? でもイケメンのほう、身なりボロボロ——」
「バカ、聞こえるって……!」
周囲と同じく端に寄り、すれ違う寸前で押し黙る女二人。
そして横目でチラチラ、みんなソワソワ。誰もが観察に夢中となっていた。
「ところで————?」
真剣な表情で尋ねる、凛々しい顔立ちをした金髪碧眼の美少女。スラリと羽織るは白コート。
腰に吊るす、きらびやかな細剣。フリルシャツには細いリボンタイで、腰高のスカートから伸びる長い足は黒タイツで細さを演出。全体的に痩身、羨ましい。編み上げブーツで闊歩する背景に花まで咲いて見えるではないか。
一方、そのお相手。
「木、それ————」
無表情で返す、灰銀の髪と瞳をした美青年。中性的な顔立ちは人形かと錯覚してしまうほどに整っていたが、身に着けるものはボロボロだった。
黒いローブは裾がところどころ破れ、手足に装着する鎧は傷だらけ。しかも、腰に差すのは剣でなく二本の杖。粗末な剣すら買えないほどに貧乏なのか。
眼福なのに残念だが、観賞用だから良し。
「もうっ! そうじゃな————!」
「ああ、そっち————」
喧騒に紛れ、遠ざかる背中。振り返る人波。
男女が曲がり角へ姿を消すと、夢から覚めた女二人は顔を突き合わせた。
『————顔小っさ!』
意図せずハモり、しばし爆笑タイムへ。帽子が落ちただけでも笑い転げる大変困ったお年頃。
「あーウケる。つかあの二人ヤバくない?」
「ていうか女の子のほう双炎騎士だよね?」
「え、マジ? イケメンのほうばっか見てたわ」
「いやあの白コート見ればわかるっしょ」
「じゃあ、どーゆー関係? 相手めっちゃ貧乏人みたいだったけど」
「確かに、あんま恋人っぽくは……えー、気になるー。ちゃんと盗み聞きしとけば良かったー」
「ちゃんとすんな盗み聞きを。でもほんと、どんな会話してたんだろ?」
ちなみに、こんな会話だった。
※
「ところで『草』ってなんですか?」
「木、それ以外の植物だ」
「もうっ! そうじゃなくて、最後に言うじゃないですか! 顔真っ赤で草とか、逆ギレで草とか!」
「ああ、そっちか。なんでも笑うと草が生えるらしい」
「? 生えませんよ?」
「いや、生える」
「え、急に頑な……? あっ、でも確かにお母様も言ってました。『お花に話しかけると良く育つのよ』って」
「……ん?」
「だから、お水をあげる時はいつも笑って話しかけてます。そういうことですか?」
「……ふむ」
——コクン。
「つまり、そういうことだ」
「やっぱり、そういうことなんですね!」
——アホー、アホー。
※
そんな、カラスも思わず鳴いてしまうやり取りを繰り広げた二人は現在、冒険者ギルドの受付カウンター前にいた。
昨晩のギルドとは別の場所。顔見知りはいないが、浴びる注目。フェオの美貌が目立つことに気付いてフードで隠したは良いものの、さして状況は変わらずだった。
「……おい、双炎十字騎士団がいるぞ。なんでこんなところに?」
「え。てか美人じゃね?」
「もしや、あの有名な『女狼騎士』か?」
「バカねあんた、ルナマリア様はスカートなんて穿かないわよ」
「んな個人の願望は置いといても、今は王都にゃいねえらしいからな」
「そもそもあの娘、騎士にしてはどうも服装がお嬢様すぎやしないか?」
「! まさか、あれが例の『剣聖の娘』なんじゃ……」
しかし、もうそれどころではない。
リアは新たな問題に直面していたのだ。
「————冒険者カードがない!?」
冒険者カード。その名のとおり、冒険者であることの証明書。それをフェオは持っていないと言う。
リアは手のひらに収まる薄い板を突きつけた。
「これですよこれ! ほら、冒険者ランクもここに!」
「Fランク。一番下か」
「いちいち口にしないでくださいっ! もう、どこかで落としたんですか? 心当たりは?」
「そもそも冒険者じゃないから持っていない」
「なるほど、それなら仕方な……えっ」
降りる沈黙、流れる時。後ろでヒヨコが並んでピヨピヨ。
幻が通り過ぎ、頭に血が上ったリアは叫んだ。
「まさか、私をだましたんですか!?」
月夜に結んだ契約は、松明持ちの騎士が現れたとされるダンジョンへの同道。力も資格も有していない自分をそこへ連れて行ってやろう、というもの。つまり彼はその実力のみならず、そこへ立ち入る資格も有していなければ話がおかしい。なのに、S級どころか冒険者ですらない、と。
こんなの詐欺だ。
「違う。俺は冒険者として連れて行くなどとは言っていないから、だましていない」
「いいえ言いました! そのまま家に帰るか、俺と冒険を続けるか選べって!」
「言葉のあやだ」
「どこのアヤさんですか!」
「正気か?」
「あの、リリアーナ様? それでどうなさいますか?」
会話に割り込んだのは、大きな三つ編みを胸元に垂らす冒険者ギルドの受付嬢。癒し系と評判な営業スマイルにわずかな苦味が混じる。
「この依頼はS級冒険者の方のみ受注可能でして……取りやめ、ということでよろしいですか?」
「わわわっ! ちょっと待ってください!」
慌ててカウンターに取りつくも、これといって策はなし。どうしたものか。
しかし、アホ毛がピンッ。リアはすぐに閃いた。
「あの、冒険者登録ってすぐにできますよね?」
「はい、可能です。能力の査定などは行いますが」
「だったら今すぐお願いします! この人こう見えて、すっごく強いんですよ!」
「? こう見えて?」
「フェオはちょっと黙っててください」
「わかった」
素直に引き下がる彼の袖を掴み、引き寄せながら言う。
「その査定でSランクになったら、依頼を受けてもいいですよね?」
自信満々。なぜなら昨晩、フェオが倒した双炎騎士一人でS級冒険者相当とされているのだから。
そんな彼らがいるせいで、腕に覚えのある冒険者たちは全員他国へと流れているのだが、それはこの国の冒険者ギルドの問題。今のリアには関係ない。
ということで、閑話休題。
(三人倒したからトリプルS? なーんて、そんなのないけどね!)
リアはまるで我が事のように誇らしくなり、無意識にフェオへと腕を絡ませた。怪しげな男と腕を組んでニコニコする名門貴族の一人娘。
受付嬢が目を丸く——え、恋人? これってスキャンダル?——しながらも口を動かす。
「そ、そうですね、前例はあります。しかしあの……実はこの依頼、もうほかのS級冒険者の方にこちらからお願いしておりまして」
「え!?」
閑話がまさかの本題に。
騎士団のせいで食いっぱぐれるこの国にS級冒険者などいないはずだが、現在は一組だけ滞在していた。
「これは、リリアーナ様のおかげだったかもしれません。まさに渡りに船でした」
自分の名前。胸を撫で下ろす仕草。渡りに船。
つまり、自分に関する依頼のため、他国からわざわざ呼び寄せたS級冒険者パーティーをもちろんご存じですよね、と。
「ま、まさか……」
——フッフッフッ、そのまさかや。
「! この声は……!」
なんて、シリアスなノリで入口を振り返ると——
——バァンッ!
十中八九、出番を待機していたに違いないタイミングでギルドへ入ってくる三人組。
その先頭。ザッ、と立ち止まって揺らすは、小さな体を丸ごと包む若草色の外套。栗色ボブの上にきれいな三角耳を生やした猫耳幼女、セシルが口を開く。
「久しぶりやなお嬢様。話数で言うたら八話、文字数で言うたら三万八千七百八十三文字ぶりやんけ。まさか、ウチらのこと忘れたとか言わんやろなぁ?」
「あんたなんの話してんだい?」
ズルッと滑り落ちる先の折れた三角帽子と素肌むき出しの肩。指で広いつばを押し上げ、組んだ腕で持ち上げる大きな乳房。誰もが羨む見事な曲線美。
それをピッタリとした深紫色のドレスで惜しげもなく晒す魔女、ドナはその波打つ豊かな黒髪を揺らしてため息をついた。
「そもそも、一日そこらで忘れるわけないさね」
「投稿日間隔やと十日ぶりでっせ」
「オイ」
おい。
平気でメタる猫耳幼女が作者を気にせずニャッハッハ。
「嫌やわ姐さんジョークですやんジョーク! そんなムキにならんと————ってなんや、ウチがスベったみたいなこの空気は……!?」
「フンッ、独りよがりのジョークほど質の悪いものはないな」
そして、不機嫌な男。裏地の赤い派手なマントを着た、軽装の鎧を着込む赤毛の剣士ライアン。
いや、彼にはもっと別の呼称が相応しい。
「なんやおったんか、下半身ゴブリン野郎」
「その呼び方はやめろと何度言えばわかる!?」
「いや見てみ、あの目。再会の驚きより嫌悪感が先にきてもうてるやん」
「ぐっ……!」
死んだ魚の目を向けるリアに気付き、うろたえる下半身ゴブリン野郎。そこへスッと立ち現れる黒い影。フェオだ。
吐き気すら催していたリアの胸はときめきを覚えた。
「……へぇ。ずいぶんとその子に入れ込んでるじゃないか、偽物の護衛さん。いったい何が目的なんだろうねぇ?」
盾となり、自分をかばう彼。その背中はまるで「こいつは俺のものだ」と語っているように見えたりしなくもなくなくない。え、やだ、どうしよう。
「それは別にどうでもええねん。おい、そこの後ろでもだえとるやつ!」
「ハッ……え、私!? べ、別にもだえてません!」
「いや一人でクネクネしとったやんけ気色悪い。ちゅーのは置いといて、ジブンなんかウチらに言うことあるやろ!」
クネクネ。それに、気色悪い。
リアは指摘された恥ずかしさ半分、そして拗ね半分で言った。
「オヒサシブリデスネ」
「そういうことちゃうし棒読みすぎひん!?」
「あ、ドナにだけは会いたかったですよ」
「しかも下半身ゴブリンと同じ扱い!? この小娘ぇ……もう問答無用や!」
「僕への愚弄には目をつむろう。きっちり捕まえて、報酬は頂くぞ」
大きく足を踏み出す二人に一瞬だけ戸惑うも、すぐに理解。
(そっか昨日、私が逃げたから)
依頼は失敗、報酬未払い。失った時間と残る不名誉。
つまり、挽回しに来たわけだ。
「……そのつもり、だったんだけどねぇ」
——カァン。
「うおっ!? ちょ、姐さん?」
「な、なぜ止めるドナ!」
「話は全部聞いてたよ、偽物のお兄さん」
叩いた煙管から上がる煙で瞬く間に二人を捕らえ、紫煙の魔女が高い踵を鳴らす。
——コツッ。
口角の上がる、ふっくらとした唇。派手なメイクの垂れ目がちな笑み。
「お姉さん、すごーくイイコト思いついちゃったんだけど……聞きたくなぁい?」
悩ましげに組む腕の上、くっきり浮かぶ鎖骨の下には深い谷間。
その男を誘惑してやまない表情と仕草が、すべてフェオへと向けられていた。
「フフ、だんまりかい? 焦らされるのも嫌いじゃ……おや?」
——ガバッ!
リアは両手を目一杯に広げ、背中に彼を隠した。まるで「この人は私のものだ」と言わんばかりに——
(——って、あれ? 何してんの私)
「……ふぅん、なるほど」
己の行動に戸惑っていると、ドナが片目をパチリ。
「入れ込んでんのは、あんたのほうってわけさね?」
その上手なウインクに頬を染めた少女は、違う、というたった一言すら返せなかった。
なんか始まった、と固唾を飲む観客の中でただ一人、黒ローブの男に注目する受付嬢は思った。
この人「ちょっと黙っててください」って言われてから本当に一言もしゃべらんやん、と。




