〜繰り糸付きの哀れな人形はそれでも君の夢を見る〜
人形は、パーティーを組む勇者の少年から宣告された。
「お前やっぱクビィィィ————ッ!」
これで三十七回目だった。
「……もう、またですの? よくもまあ飽きませんこと」
もう一人のパーティーメンバーである聖女、またの名を金髪縦ロール悪役令嬢ツンデレヒロインは、地味な旅装に反するとびきり派手な扇でため息を隠した。孔雀の羽根がヒラヒラ。
「だってだって、一番頑張ったの俺じゃん! なのになんでまたこいつばっか感謝されんの!? あの村娘ちゃんの瞳の中のハートは俺に向けられるべきでないかい!?」
「ちょっとお待ちになって。えっと、鏡はどこにしまったかしら……」
「顔面を見せようとしないでっ!」
がくらんと呼ぶらしい黒い詰襟の衣服が汚れるのも厭わず、道端へ崩れ落ちる勇者。その遠くには、盗賊に娘をさらわれた村。助け出した娘たちがずっと見送っていたが、やっと見えなくなったところでの一幕だった。たぶん我慢していたのだろう。
我慢できてエライ、と人形は頷いた。
「うぅ……なぜ、なぜ異世界に来てまでこんな顔面格差社会に苦しまねばならぬのだ! ワイが主人公ちゃうんけ!?」
「なんで急に訛って……仕方ないでしょう? 実際、縛られていた彼女たちを運んだのはフェオなのですから」
「違わい違わい! 俺があの強面の盗賊たちをやっつけたおかげだい! チョー怖かったんだからねっ!」
「それ見てませんもの、あの娘たち」
「ガッデェ————ム!」
ガッデームってなんだろう、と人形は思った。
「ちょっとトール。何度も言っておりますけど、変な言葉を使うのはやめてくださる? フェオがまた真似したらどうしますの」
そう言って、金髪縦ロール悪役令嬢ツンデレヒロインが——
「フェオあなたさっきからワタクシに対してとんでもなく失礼なこと考えてないかしら……!?」
勘の良い聖女が扇を畳んで突きつけてきたので、人形はブンブン首を横に振った。
けろっとした顔で勇者が言う。
「顔真っ赤で草。まあまあ落ち着けよ、金髪縦ロール悪役令嬢ツンデレヒロイン」
「だからその、草だの悪役だのを……!」
「やべ、からかいすぎた。逃げるでフェオッ!」
「あ、コラ! 待ちなさーい!」
「ちょ、スルーズさん!? 魔法は反則————っていうかもうやめないこのベタなノリ今もう令和だよ!? あと何度も言うけどトールじゃなくてトオルね、徹」
「どっちだっていいでしょうがー!」
逃げそびれた人形は追いかけっこを始める二人を見つめながら、不安になるべきだった。
「死ねーっ!」
と叫ぶ、勇者を召喚した『番の巫女』。聖女と呼ばれ、さらには四大魔術師の一人に数えられながらも、人がいないとはいえこんな道端で大爆発を引き起こしてしまう彼女と。
——ドッカーン!
「爆発オチなんてサイテーッ!」
と叫びながら、黒煙とともに青空を舞う少年。己の不手際で生じさせた魔王の対抗策であり、この世界で初めて発動した勇者。
果たしてこんな二人とともに、己が使命を成し遂げられるのだろうか。人形はそう思うべきだった。
しかし、そんな不安は人形の中にまったくなかった。ただ本能のまま、彼らの元へ駆け出そうとする。まるで親鳥の後をついて行く雛のように。
「————待ちなさい」
その瞬間、女の声。
軽やかな羽音に振り返ると、カラスが舞い降りていた。親鳥ではない。
「あんたの旅はここまでよ」
だけど、親鳥よりも自分のことを知り尽くしている存在。
なぜなら、彼女は思考。人形の思考を担うものだから。
「どこかへ身を隠すの。あの二人にバレないうちに、早く」
どうして、と人形は尋ねた。
「……どうしてですって?」
普通の人間には鳴き声にしか聞こえぬカラスの驚愕に、人形は首を傾げた。
カラスが言ったのに。
「ちょっと目を離した隙に、まさかここまで自我が芽生えるなんて……」
彼らと行動を共にしろ、と。
「甘く見てたわ、あの勇者のバカさ加減を」
人形はムッとした。覚えのあるものだった。しかも、つい先ほど。
自分に感謝する村娘たちが、勇者を邪険にするのを見て感じたムッだった。
「とにかく、今ならまだ間に合う。思い出しなさい」
ムッが消えたのは、顔の青い村娘たちを見下し続ける自分に、聖女が「めっ!」をした瞬間だった。今度はシュンとなった。
「あんたは『槍』なの。ただの投げられた『槍』で、人の形をしているだけ」
だけど、彼女が「あの人の格好良さは二人だけの秘密にしましょ?」と言って微笑むので、すぐにパッとなった。
「飛んでいる『槍』に、人形に、意思も感情も必要ない。じゃないとあんた……」
そして、今もまた。
「フェオー、何してますのー! 置いてっちゃいますわよー!」
「勘違いしないでくださいませ! 別にあなたを待っているわけじゃなく、ただ魔王を倒すために必要だから……い、いいから早くいらっしゃいな! このワタクシを待たせるなんて百年早くてよっ!」
「……それ、なんですの?」
「ん? モノマネ」
「ダ・レ・ノ?」
「ごめんなさい二次創作です」
人形は駆け出した。
「! ちょっと、待ちなさい!」
小走りですぐ追いつくと、黒焦げ勇者が後ろをチラリ。
「カラス? なんか絡まれてた?」
何事もなかったかのように首をフルフル。なんでもない。大丈夫。
「ふーん、そっか。それよりフェオ、耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ……本日から君に新たなルールを課します!」
「ちょっと、この子なんでも真に受けちゃうからやめてとあれほど——」
「今後はたとえ要救助者であっても十八歳以下の女性との接触禁止ね! 俺が助けるから! あとちょっとエッチそうなお姉さんと暇を持て余してそうな若奥様とそれから……ん? 男はいいのかって? うんまあテキトーにやっといて」
「フェオ、頷かなくていいから。あとこんなクズを見習うのは今すぐおやめなさい」
「冗談だからガチトーンのクズはやめてね?」
三人で並びながら歩き出すと、カラスが上空を通り過ぎた。
——後悔するわよ。
ゾクッとした。
「お、さっきのカラスか。縁起わる」
それがなんなのか、この時の人形にはまだわからなかった。
「何を言ってますの。あなたの世界ではどうか知りませんけど、こっちでカラスはフェオと同じ神の使い……って、フェオ? どうしましたの、顔が真っ青ですわ」
「カラス苦手か? 弱点見ーっけ」
「ト・オ・ル?」
「過去イチ完璧な発音で脅すのはやめてね?」
理解するのは後のこと。
「ったく仕方ねーなー、大丈夫だって。俺が守ってやっから」
——ガシッ。
「なんたって、友達だからな!」
肩を組んでニッと笑うこのトモダチを、殺してからのことだった。




