第9話 鉄火、閃火、気炎
「双炎隻流『鍛』の火剣————鉄火十字」
その業は、荒々しくも美しく。
——ズシンッ!
強い踏み込み。鋭い足さばき。風巻く腰の捻り。
担ぎし大剣を肩で跳ね上げ、体ごと斜めに振り下ろすその様はまさに乾坤一擲。トッドが披露した同じ名を冠する技とは比ぶべくもない。
そんな鬼神が如きゲンドゥルの一振りを、フェオはかわした。
——ヒュッ。
体を横へ開いただけ。だがその素早さは残像を映すほどのもので、手応えなき斬撃はそのまま石畳へ。
かと思いきや、地面すれすれでビタッ。重さ、速さを一瞬で無に帰す寸止め。その絶技は周辺への配慮だったのだろうが、大剣を止めるために発揮した膂力はかの老人を無防備にした。致命的な隙だ。
そこをなぜか突かず、フェオが後ろへ跳ぶと————ピシッ。
「……腕が鈍ってたかのう」
——バゴォッ!
遅れて響く衝撃音。剣先にて割れた石畳はされど、きれいな窪地に。まき散らされる石のつぶては少なく、強い砂塵が巻き起こるだけ。
同じ技でトッドが砕いた石畳の跡が雑に見えるほど、ゲンドゥルのそれはまるで、超常的な見えざる力に押し潰されたかのようだった。
「ちと、止めきれんかったわい」
孫かわいがりの老人が巨大な雄炎の両手剣を肩に担ぎ直す。その様子を屋根から見下ろして、孫のような存在の少女は身震いした。
これが、本気のゲンドゥル。
「『撃鉄王』とはよく言ったものだ」
着地したフェオが、頬に流れる血を親指で弾く。
「さすがに、ヒヤリとした」
「光栄じゃのう、お前さんのような猛者にそう言われると」
月明かりの下、少し変わった雌火の細剣——刀身が火でなく蛇の歩みのよう——を握る左手に力がこもるのが見えた。まずい、このままでは戦闘に。
リアがそう焦ったところで、ゲンドゥルが首を振る。
「この勝負、わしの負けじゃな」
ダラン、と落ちる切っ先。ほかの騎士のものより見るからに巨大な両手剣を担ぐも、肩を落としてやや重たげ。
「……唐突だな、さっきの奇襲含め」
「それはすまなんだ。あいさつがてらと思ったんじゃが、ちぃとばかし気合いが入りすぎたのう。ガハハッ!」
豪快な笑みにリアは胸を撫で下ろした。良かった、いつものゲンドゥルだ。
「実は、わしは鍛治師が本業でな。じゃからこの撃鉄には自信があった。剣聖すらも凌ぐこの技、この一撃にすべてを懸けておると言っても過言ではない。それをこうも見事によけられては、白旗を上げるしかあるまいて」
やれやれ、と大きな頭を振り、長い白髭をブンブン。
戦意はもうすっかり——
「じゃがわしは、人を剣と鍛えし刀鍛冶」
——パシッ。
逆手に持たれる細剣。揺らめく動き。
「鍛治師として、クルス家に召し抱えられ五十年。なんの因果か双炎十字を背負うこととなったこの身」
右腕が胸の前で交差し、トン、と両手剣が右肩から左肩へ。
「未だ道半ばなれど、双炎十字騎士団の剣の多くはわしが鍛えたもの。人も、武具も……もちろんそこで寝こけているそやつらも」
「自分語り乙。で? 何が言いたい」
「ガハハッ! 自分語りか! そうじゃのう、年を取ると話が長くなっていかんわい!」
ゲンドゥルは豪快に笑い飛ばした。
そして、獰猛に笑った。
「つまりは、こういうことよぉ……!」
——ググッ……!
左後方へとねじる体。
逆手持ち、左の細剣。左肩には右手の両手剣。リアは戦慄した。
あの構えは。
「切れぬ刃は鍛冶屋の恥、弟子の未熟は師匠の責……そして、背負いし紋は不敗の証」
双炎隻流。奥義なる炎剣につながりし、もうひとつの『鍛』の火剣。
それは、鉄の狭間、刹那の花——
「雪辱に付き合ってもらうぞい、この命尽きるまでなぁ!」
——閃火十字。
「さあ、第二ラウンドじゃあああっ!」
「! よけて、フェオ!」
リアがとっさにフェオへ叫ぶと、駆け出していたゲンドゥルはどこか嬉々として叫んだ。
「受けてみろや、お前さんっ!」
樽のような体型からは想像できぬほどの素早い突進。そのまま斜めに振り下ろす、右手の大剣。左から右への袈裟斬りだが踏み込みは浅く、勢いをもって叩きつける斬撃だ。振りの速度自体は彼の得意技ほどではない。
だが『鍛』の業、第二の火剣が真骨頂は、今も左の逆手で後方に待機している細剣にあり。
後ろに跳ぶフェオへ、リアは再び叫んだ。
「そっちはダメッ!」
——ダンッ!
加速。大きな右の振り切り。
短い左の銀閃。
「くらえいっ!」
初撃の残像に追いつく、逆手での切り上げ。交わる剣閃と重なる衝撃。その余波が、空間に刻まれた十字の斬撃全体へと伝わる。
虚空裂く斜め十字の閃火。
——ズバァ————ッ!
フェオは直撃を免れたが、飛翔する斬撃が後方へと跳んでしまった彼に襲いかかる。
地に着かぬ両足。無防備な空中。方向転換はもう手遅れ——
「——『車輪』」
その瞬間、フェオの灰銀の足が輝きを放った。
——ドパァンッ!
「! チィッ……!」
ずんぐりむっくりな巨体が石畳の上を後ずさる。自らの意思ではない。それは屋根の上まで届き、リアの金髪をもなびかせた風。斬撃を消し去った衝突の余波。
十字の中心へ伸びたのは、鎧をまとうフェオの足だった。
「拳ではなく、蹴り使いじゃったか……!」
ゲンドゥルがそう吐き捨てるも、リアの目は空中の影を追っていた。
闇をかき分ける黒ローブ。後方へ跳びながらの蹴りだったから衝撃は受け流せても、派手に吹き飛ばされている。やや上方、もうすぐ達する屋根の上。
その前に、夜風に乗ってフェオの声が届いた。
「悪いが、勝ち逃げさせてもらう」
勢いをなくす放物線の頂点。灰銀の手が伸ばすは、三角屋根の縁。まさかすべて計算ずくだったのか。
リアが自らの結論に言葉を失う中、地上では次の動きが。
「逃がものかよっ!」
追いすがる背中、駆ける双炎十字。
握り直すは両手剣。
——パシッ!
双剣、逆手持ち。
踏み込む左足は踏み切り準備。
——ガツッ!
足元で走る細剣が前方の石畳へと突き刺さり、止まる前進。曲がる膝。
沈む肉体は爆発準備。
——ガガガガガ————ッ!
そして、逆手持ちの大剣が地面を割って突き進む。
「双炎隻流『山』の火剣——」
それは、地割り天衝く、山の奮い。
「——気炎十字ッ!」
——ゴバァ————ッ!
石畳を切り開いた大剣が、瓦礫を伴って舞い上がる。
上昇する肉体。細剣を押し込み、加速した高跳び。勢いはまるで火山の噴火、もしくはド派手なアッパーカット。
逆手で握る炎の刀身が向かう先は、屋根の縁に掴まろうとする灰髪の美青年のはずだった。
「————なにぃっ!?」
跳んで気付くも後の祭り。
リアがその攻撃にだけ注意喚起をしなかったのは、屋根の上からはよく見えたからだ。彼が屋根よりさらに高く逃れるところを。
——バサッ、バサッ————バタバタバタバタッ!
「こりゃあ! そんなん反則じゃろ!」
ズダンッ、と着地したゲンドゥルが夜空へ向けてつばを飛ばす。その先には、大きな翼を広げて優雅に飛ぶフギンと、短い翼を必死にバタつかせるムニン。そして二羽に掴まれて空を行くフェオの姿があった。
彼は屋根の縁を掴もうとしていたのではない。上空を旋回する二羽の元へ飛んだのだ。
「反則なら最初に言っておいてくれ」
「カラス使って空飛ぶなんて誰も思わんじゃろがい!」
「使っていない。吊られているんだ」
「どっちでもいいわそんなこと! さっさと下りてわしと続きをせんかーい!」
「どっちでも良くない。けっこう痛いんだ、これ」
リアも本当はどっちでもいいかな、と思ったが、何やらフェオがムッとしているようなので何も言わなかった。やっぱり意外とカワイイ。
なんて言うのも恥ずかしいので、青年を運ぶ二羽へと呼びかけた。
「フーちゃん! ムーくん!」
「アホーッ!?」
「クァッ!? クァッ、クァッ……クァー」
フギンが思わずフェオを放し、ムニンがなんとか一羽だけで持ち上げようとするも、すぐに諦めて知らんぷり。
哀れな飼い主は落下する体をクルリと回転させ、リアの目の前へと音も少なに着地した。
「おいフーちゃん、今のは職務怠慢——」
「アホーッ!」
「どうやら呼ばれたくないらしい」
フェオの肩へ舞い降りたフギンが灰髪の側頭部をつつく。その反対側へ舞い降りたムニンは「あー疲れた」と言いたげに、太々しいボディを丸めてちょこん。「お疲れさま、ムーくん」と労いながら手を伸ばし、羽をナデナデ。
下からはガミガミ。
「こりゃあ! 聞いとんのかお前さん! さっさと下りてわしと続きをせんかーい!」
リアは眉をひそめた。まだそんなこと言って。
「もういい加減にしてゲンさん! そもそも私のこと忘れてるでしょ!?」
「ありゃ、姫様……いやいや、わしはあれじゃよほら、姫様を助けようとな?」
「弟子と紋章の次は姫様か。よく口が回るな、撃鉄王」
フェオが屋根の先端に立って地上を見下ろす。
「正直に言ったらどうだ? 俺と戦いたいだけだと」
「……言ったら応じてくれるんかのう?」
「断る」
「そんなんズルじゃズルじゃ! 勝ち逃げなんて卑怯じゃい!」
老人の地団太に身内の恥を覚えるも、隣でなぜか息を呑む気配。
そしてリアは、思わず目を見張った。
「……そういえば、あいつも鍛冶師だったな」
フ、と笑った気がしたのだ。彼が。
前のめりでのぞき込むも、目深に被り直したフードが表情を隠す。
「最初の技、見事だった。おそらく剣聖のそれとそう変わりないだろう」
「お前さん、人の話を聞かんタイプじゃな? わしの鉄火十字は剣聖をも凌ぐと——」
「いや、聞いていた。そっちじゃない」
「? いや、どういう意味じゃ?」
右に同じく。
だが、それについては語らず。
「そして最後の技、ドワーフだから扱えまいと侮っていた。『大陸霊亀』でなければ俺に届いたかもしれないな」
「っ!?」
「その剣では、あの技に不向きだろう?」
ゲンドゥルと同じく、リアも驚いた。
自身が携える父の愛剣も含めた、特別な雌雄火炎の双剣。鍛治師でもあった初代剣聖ガルドが鍛えし七組の双剣、通称『七双宝剣』は十四本からなる。
「お前さん、本当に何者じゃ? さっきの動きに今の口振り……なぜ、わしらの剣技を知っておる」
そして、ゲンドゥルが握る双剣。
通常より長大で重厚な雄炎の両手剣。火ではなく、蛇の歩みのように揺らぐ雌火の細剣。
「どこかで戦ったと考えるのが自然では?」
「お前さんのような者と戦っておいて、わしの耳に入らんわけがない。それに……」
その二本も七双宝剣だということは知っていた。
「……なぜ、この剣の真銘を知っておる」
しかし剣それぞれの銘は、ガルドの末裔である自分さえ知らない。
なのに、なぜ。
「……細剣は、なんだったか」
「アホー」
「ああ、そうだ。『金蛇刃』か」
「おいおいおいっ……!」
野太い声に焦りが募り、踏み出す一歩が地を揺らす。
——ズシィンッ!
「お前さん、いよいよタダで帰すわけにはいかんくなったぞ!」
両手や額、こめかみと。至るところに浮き出る太い血管。本気でなかったわけではないだろうが、その顔色から戦いによる歓喜を見出すことはもうできない。
「ちょ、ちょっと! 落ち着いてゲンさん!」
「気を悪くしたなら謝ろう。これは……なんだ?」
しかしふと、ゲンドゥルから毒気が抜ける。厳しい顔つきが呆けた表情に。
リアはその視線の先を追って隣を見上げた。
(あ……)
今度は、見間違いではない。
「よくわからないが、口が滑った」
フードで隠せぬ口元が、ほんの少しだけ笑みを描いていた。




