山本の目論見
ガチャンッ―
「係長?いちご無かったので、チョコクッキーにしましたけど、大丈夫ですか?それとも、コンビニまで買いに行ってきましょうか?いちご無いの知ってて、わざといちごって言いましたか?そして、何でわざわざ、毎回ドアストッパー外しちゃうんですか?入りずらいでしょうがっ!」
川野が少しイライラしながら、アイスを抱えて帰って来た。
山本の些細なイタズラに気付いたからだ。
「ふふふっ、無かったでしたか?あったと思ったんですけど。それで大丈夫です。ご馳走さまです!」
山本は、意地悪そうな笑みを浮かべながら、アイスを受け取った。
2人は、おもむろにアイスを食べ始めた。
「(モグモグ)⋯係長は、なんでいつも仕事中、仏頂面なんですか?」
川野が思わず聞いた。
「あぁ、顔?⋯⋯(モグモグ)何でだと思います?」
「さぁ⋯⋯(モグモグ)仕事に熱中してるから?」
「全然、違います。」
山本は少し俯き、憂いを帯びた表情をしながら続けた。
「⋯⋯面倒臭いんですよ、色々と。」
「面倒臭い?表情を作るのが?」
「いえ⋯表情を緩ませると、勘違いされるんです。女の子とか、意識されて。」
「⋯⋯ナルシストですか?」
「違います。」
山本は29歳、高身長で容姿端麗だ。
立ち振る舞いもスマートなため、女性からのアプローチが後を絶たない。
モテていることが楽しかった時期もあったが、会社に入り、それが裏目に出て、社内での女性トラブルに巻き込まれる事が度々あった。
間近でも、一悶着あった。
今年、経理部に所属した新人社員が、山本に好意を抱き、告白してフラられ、会社を辞めてしまった。
ポーカーフェイスを崩さなかったのに!良い男っぷりは、隠せなかったのだろう。
「無駄に勘違いされないために、やってます。自意識過剰と思われるかもですが⋯⋯。」
「モテたらモテたで、大変なんだね〜。私には分からない世界だけど⋯。」
川野の相槌が、棒読みになっている。
「社内とか、ホント面倒臭いんです。寂しくなったら、クラブとかで出会った子と、一晩遊ぶくらいがちょうど良いです。俺が経理にいるのも、定時で上がって、遊びに行きたいからなんすよ。」
「はぁ〜〜。へぇ~〜〜。本当にっ!私には、到底計り知れない世界だわ!」
山本は、自分とは考え方も、見ている世界も全く違う。
だから一見、クズのような発言でも、モテ男が苦悩の末、辿り着いた考えなのだなと、川野は思った。
「なんか、山本係長がどんな人か、やっと分かってきた気がする。そしてごめんね、勘違いはしてないから、怖がらずに聞いてね。なんで私の前で笑うの?なんでここで、アイス食べてるの?」
「えっ?⋯ふふふっ、⋯⋯そうですね⋯⋯顔のストレッチですよ。笑わないように顔に力入れていると、表情筋イカれるんで。倉庫ならあまり人来ないし、川野さんになら笑いかけても、“お互い”そんな面倒臭い事にならないと思うので。ふふっ。」
一言多いんだよ!川野はカチンときた。
「えぇ!えぇ!今までもこれからも、決して!何も?始まることはないので安心して下さい!でもアイスは!なんでここで食べてるの!?」
「ふふふっ、暑い所で食べるのが、美味しいからに決まってるじゃないですか。ふふっ、そんなに怒ること?ふふふっ。」
ムキになる川野を面白がり、笑いが止まらなくなっている山本。
(私はこの一週間、この男の表情筋のストレッチに付き合わされていたのか?)
(そして、アイスをより美味しく食べるために、わざとここに来ていたのか?グルメかっ!)
(そもそも⋯私がここへ来る前から、ここでニコニコしながらアイスを食べていたのか?)
(私に会いたかったからって訳じゃあないんだ⋯。)
!!
川野は、自分が少しガッカリしたことに驚いた。
「⋯ここは元々、山本係長の憩いの場だったんですね。私が来てしまって、申し訳ないですね。明日からは、昼間ここ空けときますので、お好きなだけ寛いでください。では私、お手洗いに行きますのでっ。」
動揺を悟られないように、川野は立ち上がり、倉庫から出ようとした。その時。
ガッ!―
山本も立ち上がって川野の二の腕を掴み、身体を近づけた。
そして川野の耳元でこう囁いた。
「⋯⋯すみせん、嘘つきました。川野さん、すぐムキになるから⋯意地悪言い過ぎました。⋯アイスは、ほんのお礼の気持ちです。川野さん、ほとんどご自身で払っちゃってましたが。これからしばらくお世話になるので。」
「⋯⋯えっ?」
心拍数が上がってしまい、言っている意味がよく理解できない。
川野は思わず、山本から一歩離れ、顔を向き直した。
「増岡課長から聞いてません?これから10月始めまで、川野さんには、経理部のサポートに来てもらうことになってますよ。」
「⋯えっ?何も聞いてない!」
「新しい子、辞めちゃって人手が欲しいんです。俺のせいかも知れませんが。あまり残業したくないので。」
山本がニッコリ笑った。
ガチャッ―
「川野いる?おうっ!えっ、⋯えっ??俺、今じゃなかった?」
倉庫のドアを開けた、増岡が動揺している。
川野が山本に腕を掴まれ、見つめ合っている、まさに胸熱な展開だったからだ(勘違いだが)。そして、それをぶち壊してしまった事を後悔した(勘違いだが)。
「全然大丈夫だよっ。経理の件、今聞いたよ。」
川野が不機嫌そうに、山本の手を振り払いながら言った。
「おっ、おう。こっちの仕事は隙間時間でやってくれれば良いから。頼むね!」
「増岡課長、ありがとうございます。川野さんをお借りしますね。」
山本が一礼した。
「じゃあっ!」
最後に、増岡はとびきりの笑顔とGOODサインを、川野へ向けて去って言った。“色々と頑張れよっ”と言ってるようだった。
「川野さん、頼りにしてますよ!」
川野の肩をポンポンっと軽く叩き、山本がまたニッコリ笑った。
「はい。山本係長が定時で上がれて、夜の街を闊歩出来るよう、尽力いたします。」
棒読みで返す川野。
仕事で頼りにされるのは嬉しいが、山本の夜遊びのために?働くのが納得いかないのであった。




