私の推しは、たかぴーです
川野が倉庫に来てから、1週間が経った。
暑さは少しずつ和らいで来ているが、まだまだ扇風機はフル稼働させている。
だんだん各プロジェクトのサポートの仕事が増え、サンプルの費用を計算したり、発注したりしている。
同僚とのコミュニケーションも増えてきて、職場にも馴染んで来たのだが、少し事情があり、相変わらずお昼は倉庫で食べている。
「さてと、お昼にしますか。」
川野がおもむろに、菓子パンをカバンから出した時だった。
カチャッ、スゥゥー
「失礼します⋯あの、川野主任、お昼ご一緒してよろしいでしょうか⋯?」
遠慮気味に、経理の小林が入って来た。
珍しい事があるものだ。
小林とは、経理部に荷物を届けに行った際、軽く挨拶するぐらいの仲なのだが、一体どうしたのだろう?
「もちろんっ!ここ暑いけど、良かったらどうぞ、どうぞ!」
川野は不思議に思ったが、小林とは仲良くなりたいと思っていたので、快く受け入れた。
「失礼します。」
小林は、近くのパイプ椅子に腰掛け、意を決して口を開いた。
「あの〜⋯⋯、急にこんな事聞いて、本当に申し訳ないのですが⋯⋯たかぴーとはどういう関係ですか!?」
たかぴー!?誰だ?
突然のワードに川野の頭は混乱した。
「あっ!!すみせんっ!⋯⋯⋯増岡課長とは⋯あの、お付き合いとかされてますか?」
小林の可愛い顔には、めいっぱい力が込められ赤くなっていた。
たかぴー=増岡
なるほど!
「増岡って、確かに下の名前が貴志だもんね!そっか、そっか〜♪増岡とはね、ただの同期だよ!飲み友だけど、恋愛関係では全くないから安心して!」
川野は明るく答えた。
「そうなんですかっ!⋯はぁ、良かったぁ〜♪増岡課長と川野主任が、仕事終わりに一緒に帰ってるって噂を聞いたもので⋯いきなり、失礼しました。」
強張った小林の顔が、一気に和らいだ。
「たかぴーで良いよっ♪で?小林さんは、いつから増岡の事を⋯?」
「えっ?あっ、そんな、私の話なんて⋯⋯聞いてもらって良いですか?」
「もちろん!」
「私、ここの立ち上げの時に、ちょうど入社したんですけど、忙しいのに分からないことが多すぎて、怒られることも多くて⋯そんな時、休憩所で泣いていたら、部署が違うのに増岡課長が声掛けて下さったんです。笑顔で“大丈夫だよっ!”て励まされて⋯それが凄く嬉しかったんです。」
「分かる分かる。そういう時は、声掛けてもらうだけで、救われるよね。」
「それから、廊下ですれ違う度に意識するようになりまして⋯。よく見れば見るほど、爽やかで格好良いなぁって。密かに推させてもらってるんです。」
「告白とかはしないの?増岡、彼女いないみたいだよ?」
デリカシーのない川野の直球の一言に、小林の顔が再び真っ赤になった。
「いやっ!そんなっ!たかぴーは皆のものです!あっ、増岡課長は皆のものです。⋯彼女になりたいなんてそんな。」
「急にごめんごめん!大丈夫、増岡本人には、小林さんから頼まれない限り、絶対に言わないから。」
と言ったが、他人の事にはお節介な川野の頭の中は、2人をどう近づけるかの企みで、既にいっぱいだった。
「ありがとうございます、川野主任。思い切って聞けて良かったです。何だかお腹空いてきました!食べましょう!」
小林は晴れやかな笑顔で、持っていたおにぎりを食べ始めた。
川野も、これは逆に良い機会だと、切り出した。
「小林さん。」
「あっ、凪で良いです!凪って呼んでください。」
「可愛い名前だね!凪ちゃんは経理じゃん?山本係長ってどんな感じの人?」
「山本係長ですか?あのポーカーフェイス山本!」
意外なネーミングに、川野は思わずお茶を噴き出しそうになった。
「ポーカーフェイス!?どこが?」
「ポーカーフェイスですよ!朝から夕方まで、ずーっと真顔で、話しかけると答えてはくれるんですけど。」
「そうなの?」
「見た事ないですか?あぁ多分、川野主任が荷物持ってきて下さる時は、会議室にいるので会ってないか。一度見てみて下さい。めっちゃ真顔ですから。」
山本を真似しているのか、おにぎりを頬に詰めた小林の顔が、仏頂面になっている。
「へぇーっ!そうなのね。良い人って情報(増岡アンサー)しかなかったからさ。」
「そういえば最近、様子がおかしいんです!休憩スペースの自販機でアイス2つ買って、座って食べるわけでもなく、そのままどっかに消えるんです。一度ではなかったので、気になって声掛けたら、“アイスは暑い所で食べるのが美味しいんだよ”って言って、去って行ったんです。山本係長、体大きいからアイス1個じゃ足りないんですかね?2つも食べたら、お腹壊しそうですけどね。」
(それ、そのうちの1つは私ので〜す。)
川野は、小林にアイスの真相を、どうやって伝えようかと考えた。
すると、饒舌だった小林の顔が、ドアの隙間からの視線に気付き、徐々に固まってきた。
「あの〜、⋯⋯お客さんですかね?私もう食べ終わったので、そろそろ失礼しますね!また来まーす。」
小林が荷物をそそくさと片付け、倉庫のドアを開けると、そこには仁王立ちをした山本がいた。
カチャッ、スゥゥー
「失礼しまーす⋯。」
今にも消えそうな声で山本に一礼し、小林は去って行った。
ガチャン―
ドアのストッパーを外し、山本が入って来た。初めて見る真顔だ。迫力があり、少し怒っているようにも見える。
「こんにちは、ははは⋯。」
気まずい川野。
山本はパイプ椅子に腰掛けた。
「小林、何か俺の悪口言ってませんでした?あいつ、お調子者だから、全く。」
「いやいや、私が経理の事について聞いてただけだよ。悪口なんてそんなっ。」
川野は苦し紛れの言い訳をした。
「アイスの下り、全部聞こえてましたけどねっ!まぁ、良いんですけど。それより、今日はどうしますか?じゃんけん。」
(機嫌悪くても、それはするのね⋯)
「やるやる!今日こそ勝つからね!」
ジャンケンポンッ!
実は、あの日から毎日、休憩時間が半分過ぎた頃になると、山本が倉庫へ訪れるのだ。
翌日も、山本がアイスを2つ持ってきてくれたので、流石に悪いと思い、次からはジャンケンで負けた方がアイスを奢るというルールを決めた。
今のところ、2勝1敗で山本が勝っている。
「あぁぁーっ!負けたぁ〜。⋯⋯係長、本日は何味がよろしいでしょうか?」
3連敗になった川野が、悔しい顔をしながら聞いた。
「ふははっ!イェーイッ!じゃぁ、いちごにしようかなぁ☆」
ジャンケンに勝ってすっかり機嫌が直り、いつもの笑顔に戻る山本であった。
川野は、この一週間で、あれよあれよという間に、山本のペースに完全に巻き込まれていた。
山本の目的は果たして?




