経理部へようこそ
「自分の荷物、持ってきてくださいね。」
休憩時間が終わり、山本に言われるがまま経理部に向かった。
「あぁ、川野さん、ありがとうね。なんせ人が足りなくてね。」
経理部の村上課長が、声を掛けてきた。
「えぇ〜、皆さん、今日からしばらく、川野さんが手伝ってくれるのでね、よろしくね。」
「川野です、よろしくお願いします。」
パチパチパチッ
「じゃあ、そこの席使ってね。頑張ってね。」
「はいっ!ありがとうございます。」
川野は、課長から指示された席に座った。
ポーカーフェイス・モードの、山本の隣の席だ。
「早速、仕事の説明に入りますね。」
「はいっ。よろしくお願いします。」
山本が淡々と話を始めた。
いつもマイペースに、ニコニコ話す山本に慣れているため、川野は新鮮な気分だった。
先程までの、チャラい山本はどこへ行ったのか?
斜め向かいの席の小林が、勇ましい顔で両手でグーを出し“頑張ってください”と言っている。
川野は“ありがとう”と、微笑んだ。
「川野さん、聞いてますか?」
「はい、すみません⋯ちゃんと聞いてます。」
頼まれた仕事は、企画・営業部の提出した見積書や発注書の記入漏れ、金額のチェックだった。
川野は、流れを重々分かっているので、この作業にうってつけだった。
(さぁっ!腕が鳴るぜっ!)
大量の書類。付箋を片手に、川野の目は燃えていた。
その姿を見て、山本の目が少し笑った。
「今日はここまでで大丈夫です。お疲れ様です。」
山本が、声を掛けてきた。
今日は残業1時間で、目処がついたようだ。
「お疲れ様です!記載漏れ⋯結構あるんですね。私もそれで怒られることありました。」
「こちらも、怒りたくないんですけどね。大事な事ですからね。」
「以後、気を付けます⋯。では、お先に失礼します!」
川野は会社を後にし、2駅隣のリカーショップへ向かった。外はもう、すっかり真っ暗だ。
「どれにしようかなーっ?せっかくだから、近所のスーパーには置いてないやつが良いよねっ☆」
久々に、仕事に没頭できた川野は今、とても機嫌が良い。そして気が大きくなっている。
頑張った自分へのご褒美として、少しお高い焼酎と、よりどり3パック1000円の乾き物のつまみを買った。
袋をぶら下げ、帰りの電車に乗り込む。
(さて!夕飯は何にしようかな?駅に着いたら、スーパーでお惣菜買って⋯お刺身も良いなぁ。)
どんな晩酌を繰り広げようか。川野の頭の中は、美味しそうなもので溢れていた。
プシューッ―
最寄り駅に着き、川野は電車から降りた。
ホームから改札への階段を下ろうとしたその時。
「えっ⋯?川野さん⋯?」
聞き覚えのある声⋯。
恐る恐る左を振り向くと、怯えている山本がいた。
「あれっ?係長?なんで?」
山本は言葉を返さずに、すごい形相でこちらを見ている。
「⋯あっ!なるほど!違う!違う!あとをつけてない!つけてない!私、ここが最寄り駅なので。」
川野は誤解を解くために、右の手の平を横にブンブン振りながら、必死に否定をした。
「そうなんですか!?びっくりしましたぁ〜。何でいるのかと。マジで尾行されたと思いました。」
何か強烈な一言を返してやろうとも思ったが、今は一応、上司なので我慢した。
「では、お疲れ様でした〜。」
「川野さん待って!⋯俺もここ、家の最寄り駅なんです。だから、本当にビックリしたんです。」
それを聞いて、川野もとても驚いた。
山本と家の方向まで一緒だったら⋯気まずすぎる。
「わかった。⋯じゃあ、改札出たらせーので、自分の家の方向を指さしましょう。最初に言っておけば、同じ方向へ歩き出しても、怖くないでしょ?」
「ふふっ、分かりました。ハッキリしていた方が良いですもんね。」
改札を出た2人は、掛け声に合わせて、それぞれの帰り道を指さした。
「せーのっ!よっ!」
そしてその指は、それぞれ見事に、右と左に分かれていた。
「良かった〜〜っ!家の方向まで一緒だったら、どうしようかと思った。」
すっかり安堵した川野が、思わず口にした。
「それはひどくないですか?俺のこと、そんなに嫌ですか?」
「⋯いや、お言葉を返すようですが、ホームで私のことを、化け物を見るような目で見てましたよね?ねっ?」
「いやいや、化け物なんて⋯⋯すみせんでした。⋯⋯ところで川野さーん、ご飯食べました?」
「まだ。これから買い物して、家でゆっくり一杯やるのよ♪」
「駅の近くに、美味しい町中華あるんすけど、これから行きません?」
「⋯⋯餃子美味しい?八宝菜は?」
「ふふふっ。どちらも、めちゃくちゃ美味いっすよ。」
「行きますっ!」
相変わらず、川野は美味しそうなものに弱い。
こうして、2人は夜の商店街を歩き出した。




