カオスな宴
小林の提案で、間もなく飲み会が開かれた。
増岡に川野、山本に加え、なぜか佐渡も参加している。
話によると、増岡が佐渡にも事情を説明して、泣きついたらしい。
味方が川野だけだと、不安で仕方なかったのだろう。
会場は、ごくごく普通の居酒屋チェーン店で、食べ物から飲み物まで、何でも満遍なくメニューにある。
メンバーの中で、ダントツ年下な小林が悩んだ末に、チョイスした店だ。
テーブル席には、川野・山本・佐渡が並んで座り、向いに増岡と小林がゆったりと距離を空け、座っている。
ここで今から、増岡の心の内を露わにしようと、意気込んでいる小林。
増岡との恋愛関係は、お互い一切無いと、身の潔白を証明したい川野。
果たして、どのような宴になるのか。
カチャン―
「乾杯ー!」
生ビールの(佐渡はノンアルコールビールだ)ジョッキを掲げる一同。
戦い(?)の火蓋が切って落とされた。
「(グビグビ)⋯ふぁぁ~っ!やっぱり生は美味いよな〜!川野〜、お前の好きな酒、結構あるぞっ。」
増岡は入店早々から、飲み物のメニュー表をチェックしていたようだ。
その中には、川野の好きな泡盛が、何種類かあるようだ。
「増岡課長、それはアウトですね。川野さんの彼氏である、山本の前でそれを言うのは、マウントを取っていると誤解されても、おかしくありませんよ。」
山本がヤキモチを焼く前に、すかさず佐渡のツッコミが入った。
「おっ?佐渡、そんな硬いこと言うなよ〜。俺は別に親切心で言っただけだし〜。」
「駄目ですよ。それに課長は、本来の目的を達成して下さい。」
「はいっ⋯。」
佐渡に、早々に説教を喰らった増岡。
素直に返事をしたが、小林と話しづらいのか、黙ってしまった。
「はぁ、全く。⋯で、山本はなんで、俺と川野さんの間に座ってるんだ?お前の座高が高過ぎて、川野さんと話したくても、顔が見えないのだが。」
今さっき、増岡に説教をした人物らしからぬ言動。
山本の口が尖っていく。
「恵介の方が、俺より背が低いんだから、座高が同じな訳ないだろ?それに、なんでお前の隣に、光を添えなきゃいけないんだよっ。」
「お前との身長差は、10cmも無いはずだが。それと俺は、川野さんの彼氏の座は奪えなかったが、川野さんの優秀なバディとして、または可愛い弟分として、引き続き頑張って行こうと思っている。そのポディションまで奪う権利は、お前には無いんだよ。」
「怖っ。ねぇ、光〜っ!こんな危険な思想の男が、常に光の目の前に座ってるなんて嫌だよぉ〜!」
拗ねながら、川野の腕を掴んで揺さぶる山本。
その甘えた態度に、眉間に皺を寄せる佐渡。
山本と佐渡の大人げない会話に、他でやってくれと、うんざりしている川野。
小林は、職場での、取っ付きづらそうな山本と佐渡の姿しか知らないので、彼らのいつもとは異なる姿に、大変、驚いていた。
そして山本の、クールな上司としての尊厳が、すでに失われようとしている。
向かいの3人のやり取りを、ニヤニヤしながら楽しそうに眺める増岡。
小林は、川野が山本とイチャつく度に、増岡の反応を事細かくチェックしたいようだ。
だが、今のところ異常はない。
「⋯小林さんは、次何飲む?」
増岡の、些細な表情を見逃さないように、見つめていた小林。
不意に視線を向けられ、見つめ合ってしまった。
目をぱちくりさせる、小林。
「えっ?えっと⋯。カシスオレンジでお願いします。」
「OK!おいっ、他に誰か頼むもんあるか〜?」
そう言って増岡は、タブレットを操作しながら、皆の注文を取り出した。
小林は、照れたように下を向いた。
小林は新年会以降、ずっと勇気を振り絞って、増岡にアプローチをして来た。
と言っても、廊下ですれ違う度に、会釈していた程度だったのが、一言、二言、言葉を交わすようになったぐらいなのだが。
本人にとっては、目まぐるしい前進なのだ。
増岡はそれに対して、白い歯を見せニコッと笑顔で言葉を返していた。
概ね、その日の天気の話だったり、体調の心配だったりと、当たり障りのない会話だったが、一生懸命、話そうと頑張る彼女の姿を、好意的に見ていた。
彼は、一生懸命な、健気な子が好みなのだ。
ただ、お互い意識し過ぎているのか、会話が異様に盛り上がらない。
増岡は事務的な事を言うか、向かい側の3人の会話を、ただひたすら楽しんでいる。
佐渡が絶妙なタイミングで、遠回しに小林へ話しかけるよう促すのだが、鈍感な増岡には、なかなか通じない。
川野も2人を盛り上げたくて、必死に話題を振るのだが、小林もずっと顔を赤らめて、会話のラリーがすぐ終わってしまう。
頼んだつまみが、次から次へと運ばれて来る。
和風サラダを、中心にいる山本が取り分けだした。
「じゃぁ小林、あとはそちらで。」
途中でさりげなく小林にトングを渡し、増岡の分を盛り付けてやれと、目で指示をする山本。
マイペースに楽しんでいる割に、意外と協力的だ。
「ありがとうございます。⋯⋯どうぞ。」
サラダを取り分け、増岡に渡す小林だが、手がプルプル震えている。
自分の意向で宴を開催したが、冷静に考えてみると、尊い推しが隣にいて、その他のメンツは年上の役職組だ。
なんでこんなに上司達を、気安く誘ってしまったのか⋯。
小林のこの震えは、恋のドキドキ感というより、緊張と、若干の恐怖に襲われているためかも知れない。
「おっ、サンキュー。」
ぶっきらぼうにお礼を言う、増岡。
「ほらっ!増岡も、串とか凪ちゃんに取ってあげなよっ。」
痺れを切らした川野は、とうとう具体的に増岡に指示をし始めた。
「ふふっ⋯光、タレが口に付いてるよ?」
そう言って川野に微笑み、おしぼりで優しく口を拭ってやる山本。
川野は、つくね串を食べ出していたのだが、一口がデカいため、口の端にタレが付いてしまったようだ。
「⋯いい年して、すみません⋯。」
山本に顎を固定され、拭かれるがままの川野。
人前でこういう事をされるのが初めてなので、彼から視線を逸らしながら、恥ずかしさで一気に耳が真っ赤になっている。
すると、向かい側の席で頬杖を付きながら、その様子を見ていた増岡が、口を開いた。
「へぇ~。川野って、そんな顔もするんだなっ。」
その声のトーンからは、嫉妬とも取れるような、何とも言えない雰囲気が漂っていた。
これが、小林の言っていた事なのか?
増岡の真意はいかに⋯。




