男女の友情は成立するのか?〈川野✕増岡〉
カチャッ、スゥゥッー
「お疲れっ!大丈夫だったか?」
終業時間になり、外回りから帰って来た増岡が、声を掛けてきた。
「あっ、お疲れ様です。段ボールの方は、だいたい整理出来たかな。やっぱり奥は暑すぎて⋯書庫の方はまだ手を付けてないから、明日以降ぼちぼち片付けて行くね。」
川野はだいぶ疲れていた。
普段、運動をしない川野にとって、暑い中での力仕事は、かなりの体力を消耗しただろう。
そして2日後には、きっと全身筋肉痛となっているだろう。
「OK!OK!出来るところからで大丈夫だから。これから本格的に企画の方もやってもらうし。それより川野!今日はもちろん⋯⋯行くよな?」
増岡がニッコリしながら、右手の指を軽く丸め、クイックイッと、飲みのジェスチャーをしている。
「どうしようかなぁ。まだ新居の片付けもあるし⋯。真っすぐ帰ろうと思ってたんだけど。」
「お前らしくないな〜。会社でも散々片付けしてたんだから、家の方は休日やれば良いじゃん。引っ越し代もかかって、財布が寂しいだろう?今日は、俺が奢ってやるから!行くぞっ!」
「⋯⋯何を奢ってくれるの?」
家に帰って早くダラけたかった、川野の気持ちが揺れた。
「焼き鳥なんてどう?川野の好きな焼酎も、置いてた気がする。」
「行く行く!すぐ支度するね!今日はいっぱい動いたから、その分カロリー補給しなきゃねっ☆」
コロッと元気になった川野。結局、美味いものと美味い酒の誘惑には、勝てないのであった。
「いらっしゃいませー!」
威勢の良い店員達の声が響き渡る。昭和から続いている、昔ながらの焼き鳥屋だ。
香ばしいタレと炭の香りが漂い、油性マーカーで書かれたメニューの短冊が、煙に燻された壁に、ずらっと貼ってある。
川野と増岡は、4席ほどある2人掛けのテーブル席に案内された。
「すみませーん!とりあえず、生ビール✕2と、もも✕2、ねぎま✕2に、つくね✕2と⋯あれ?川野はレバー大丈夫だったよな?すみません、レバーも2本で。」
増岡は、慣れた様子で次々と注文して行く。
「あと、冷やしトマトと、鶏のモツ煮もお願いします。」
川野は、壁のメニューをキョロキョロ見渡しながら注文を追加した。どれも魅力的で、本当に迷ってしまう。
キンキンに冷えた、ジョッキの生ビールが、早速運ばれてきた。
「よしっ!今日は川野の新たな門出を祝って、乾杯!」
「ポジティブな異動じゃないけどね。」
「いやっ!これからまた仕事に打ち込んで、もう一花咲かせれば良いんだよ!」
「ありがとう⋯乾杯!」
2人は、ギュッと目を閉じて、グビグビッと一気に冷たいビールを飲み干した。この時を待っていた。あぁ、なんという至福の時!
「くぅ~〜っ!⋯⋯はぁ。もうさ、仕事への思いとか、やり甲斐とかは別にして、私はこの時の為に働いてる気がするわ。」
「ふぅ~、⋯⋯はははっ!お前の今日のビールは、特に美味いだろうね。」
「お言葉に甘えて、沢山ご馳走になりますよっ!」
川野はそう言って、お通しに手を付けはじめた。
「増岡と飲むの何年ぶりだっけ?2年ちょっと?久しぶりだもんね。」
「そうだよな〜。横浜にいた頃は、よく飲み歩いていたよな。」
2人は、入社当初から同じ部署で、チームを組むことも多かったため、一緒にしょっちゅう飲んでいた。
「そういえば、最近どうよ?男は出来たか?」
増岡がニコリと笑いながら聞いてきた。
「あんたさぁ、私が左遷された理由知ってるでしょ。“恋人もいない川野が嫉妬の挙句、フィアンセのいる新人をいびり抜いた”ってね。」
「でも、あれはデマだろ?」
「恋人も良い人もいないから、そこは事実だよ。増岡こそ、最近どうなのよ?」
「俺〜?俺も別に今はいないかな。こうみえても課長なんで。意外と忙しいんだよ。」
「なんかさぁ、この年になると出会いも減ってきて、なかなか恋愛って感じにならないよね。社内だって、もう皆ファミリーって雰囲気だし。結婚してる人も多いし。」
「確かに。自分から出会いを求めろっ、て言われても、相手を見つけ出す気力が沸かないよな。まぁ、良い人出来たら言ってくれよな!」
「そっちも、ちゃんと言うんだよ。」
川野と増岡は、仲が良すぎるあまり、過去に苦い思いをしたことがある。
増岡は、川野と同じ35歳であるが、サラサラなストレートのショートヘアで、まだまだ学生の様な、若々しい顔立ちをしている。外回りをこなしているため、肌は小麦色だ。
おまけに、性格も明るくさっぱりとしているので、彼からその屈託のない笑顔を向けられると、意識をしてしまう女性は少なくない。
元同期の中にも、増岡の笑顔に心を射抜かれ、恋人関係になった女性がいた。
しかし、増岡は、恋愛については全く無沈着で、彼女からデートの誘いがあっても、他の用事が入っていれば、調整もせずそちらを優先してしまうのだった。
そして、その用事の中に、川野とのサシ飲みも入っていたのだ。
川野もまた、恋愛については疎く、彼女持ちの増岡と2人で飲みに行くことを遠慮しなかった。
“浮気だ!”とカンカンに怒った彼女の姿を見て初めて、相手に嫌な思いをさせている事に気付いたのだ。
結局、増岡はその彼女と別れた。一番の原因は、増岡との性格の不一致だが、川野もその原因の一つになった事は、間違いないだろう。
増岡と川野の中では、2人きりの飲み会は、仕事への情熱や、他愛のないことを語る楽しい場だ。
しかし、周りはそう簡単には理解してくれない。恋人や家庭を持ったら尚更だ。
それ以来、お互いのどちらかに恋人が出来た場合、常識的に考え、2人で飲みに行くことはやめようとなったのだ。
「ねぇ、このレバー、めちゃくちゃ美味しい!」
川野は、焼き鳥を一口食べては酒を飲み、美味しさの余韻をゆっくり味わっていた。そして少し俯き、こう続けた。
「⋯あのさ、経理の山本係長ってどんな人?」
「(モグモグ)⋯山本?あぁ、良い奴だよ!」
つくねを頬張りながら、増岡が答えた。
(あっ、そうだった。増岡って、こういう質問の返答がシンプル過ぎて、情報をほとんど得られないんだった。)
「そっか!教えてくれて、ありがとう。」
川野は、増岡からの情報収集を潔く諦め、飲みに専念しようと思った。
「おぅっ!他にも何か知りたければ何でも聞いてくれよ。それより川野、焼酎行こうぜ!」
「よしっ。すみませーん!泡盛ロック2つ下さーい!」
こうして、2人は久々の飲みを楽しんだ。
締めのラーメンまでしっかり食べ、十分に満足して解散した。
川野と増岡の中では、絶妙なバランスで男女の友情が成立しているのだ。




