全部は言えません
川野との出会いを思い返していた山本は、思わず顔を赤らめた。
そして、その全てを打ち明けると、重く捉えられてしまうのではと不安になり、結局、8年前にアイスを貰った事のみを、川野に伝えた。
「それで覚えてて、また会って⋯。気がついたら光の事、好きになってたんだ。」
「⋯⋯ねぇ。」
山本の隣で、同じく顔を赤らめる川野。
「⋯⋯あの時の子、哲也君だったの?」
「⋯覚えてるの?」
「覚えてるよっ!だってあの時、上司がやらかしたミスを、無理矢理押し付けられて、私と増岡が本社に謝罪しに行ったんだもの。理不尽でしょ?悔しかったから、忘れる訳ない。⋯⋯いや、そんな事より。びっくり!あの時の子、もっと髪が短かった気がするし、ずっと、しゃがみ込んでいたから⋯。」
川野は、そのやりとりは覚えていたが、まさかその新人が山本だったとは、今まで全く気付かなかったのだ。
衝撃の事実に、とても驚いている。
その姿を見て、やっと報われたという様な、幸せそうな笑みをこぼす、山本。
「そうだよっ。その時はアイス、ご馳走様でした。」
「そっか、そっか。いやぁ~、まさかだよ。⋯⋯不思議だね〜。8年前、本社で偶然会って、今は第二支社にいて、こうして恋人になって⋯。私、仕事辞めないで良かった。」
そう言って、川野は山本の指に、指を絡ませた。
「⋯俺もっ。仕事辞めないで本当に良かった。光のお陰だよ。」
そうして2人は口づけを交わし、再び燃え上がるのであった。
翌朝―
「光、おはようっ。そろそろ起きないと、支度が間に合わないよ?」
川野の耳元で、山本が囁いた。
「う〜んっ、おはよう⋯。あれ?哲也君、もうワイシャツ着てる。」
眠過ぎて、背中をポリポリ掻きながら、顔をしかめる川野。
「ふふっ。今日は久々に、光と一緒に出勤するために、張り切ってるから。朝ごはんも買って来たよ!」
山本は、はっきり言って、川野に甘い。
家の中では、特にルーズな川野を、指摘する事もなく、嬉しそうに世話を焼いてくれる。
「ありがとう⋯。大好きっ。」
そんな優しい山本の姿が、実は一番好きかも知れないと、川野は思うのであった。
身支度を終え、ソファーに腰掛けた2人。
ローテーブルには、山本がコンビニで買ってきてくれた、コーヒーとサンドイッチが乗っている。
「何から何まで、すみません⋯頂きますっ!」
そう言って、川野はツナサンドを食べ始めた。
でも、山本はサンドイッチに手を付けず、川野の方に姿勢を向け、片肘を背もたれに置き、笑顔で見つめている。
「ねぇ、光⋯?マッスルバーって、何?」
川野は動揺した。
なぜ今、そのワードが出てくるのか。
山本の顔を、恐る恐る見ると、口は笑っているのに、目が笑っていない。
「えっ?何の事かな?」
目を泳がせながら、川野は山本に尋ね返した。
「寝言で言ってたよ?“マッスルバー”とか“筋肉がぁ〜”とか。」
「違います。」
「何が違うの?」
「まだ、行ってません。」
時は少し遡るが、実は休み明けに、加藤が熱心にマッスルバーの詳細を教えてくれたのだ。
検索した店の写真や、オプションを見せてもらったのだが、その内容がまぁまぁ過激で、印象に残ってしまったのだろう。
おまけに、川野は山本の程よくムキムキな、二の腕に包まれながら眠っていたので、思わずそういう夢を見てしまったのかも知れない。
「ふふっ⋯。へぇ〜?まだ、ねっ。⋯より戻したんだから⋯そこは分かってるよね?」
川野に視線をずっと向け、ニコニコしながら片手でサンドイッチを口にし、噛みしめる山本。
その目が異様に、川野を責めてくる。
「はいっ、もちろんです。二度と口にしません。」
釘を刺された川野。
付き合いだからと、約束を破り、店に行くなんてことになったら⋯。
きっと彼の嫉妬心が暴走してしまい、大変な事になるだろう。
加藤には申し訳ないが、断ろう。
そして川野は、山本の筋肉の感触が恋しくて、マッスルバーに興味を示したなんて、恥ずかし過ぎて口が裂けても言えないのであった。




