短期決戦
帰り道の車内は、2人とも口数が少なかった。
早くイチャつきたい気持ちを、川野に悟られないよう、クールな顔をしてハンドルを握る山本。
凛々しいその運転姿を、うっとりと眺めていたいのを我慢し、遠慮気味にチラ見する川野。
色々あった訳で、この場でお互いの近況報告をするのは、多分、違うだろう。
せっかくの良い雰囲気が、台無しになってしまう。
かといって、この後、どうするかを話し合うのも、違うだろう。
大体、想像が出来るので、敢えて口にするのは野暮というものだ。
何より、2人は会話より、今はこの心地よい緊張感を、楽しみたいのだ。
遊園地から車で一時間程かけて、2人はやっと会社に戻って来た。
駐車場には、すでに他の社用車は停まっており、無事に会場の片付けが、終わった事が伺えた。
事務所に車の鍵を返しに来たが、ここも、もぬけの殻だ。
「皆、仕事上がれたみたいで良かったっ!増岡には一応、連絡しておくか⋯。」
そう言って、鞄からスマホを取り出した川野。
「光、今日はバレンタインデーだよ?増岡課長、デート中かも知れないから、メールにしておけば?」
山本のこの言葉は、嫉妬ではなく、親切心から出てきているようだ。
自分と川野の応援をしてくれた増岡に、マイナスな感情はほぼ薄れ、感謝すらしている。
だから、小林との恋の成就を、素直に願っているのだ。
「そうだねっ。(スマホ画面ポチポチ)“今、無事に会社戻りました。色々とありがとうございました。”OK!じゃあ、⋯⋯帰ろうかっ。」
増岡にメールを送り、川野は照れくさそうに、山本に片手を差し出した。
「ふふっ、そうですねっ。帰りましょう。」
山本はニコッと笑い、川野の手をギュッと握りしめた。
川野は、山本と帰りの電車に揺られながら、ふと思った。
(そういえば⋯⋯!)
山本へのチョコレートを、用意していない!
散々、バレンタインというワードを聞いていたのに、肝心の本命へのチョコレートを、用意していなかった。
それもそうだ。
本命とはいえ、つい何時間前まで、山本と寄りを戻すなど、想像すらしていなかったのだから。
頭の中でぐるぐると、必死に策を練る川野。
「光っ。⋯この後、どうしよっか?」
乗換え駅である品川駅の構内で、山本が尋ねてきた。
「えっと、⋯どうしようか?どちらにしろ⋯ちょっと、1時間ちょうだいっ!」
「えっ?もしかして、光の家へ招待してくれるの?ふふっ、1時間かぁ⋯。掃除でもするのかな?わかった。じゃあ、そのつもりで俺も一度、家帰って準備して行くよ。」
「ありがとーっ!私、ここで寄り道するから、また後でね!じゃあっ!」
そう言って山本を残し、人混みの中、慌ただしく改札出口に向かう川野。
「ふふっ、相変わらず、せっかちだなぁ。買い物って言ってくれれば、一緒に行ったのに⋯。」
せかせかと歩いて行く、川野の背中を見送りながら、少し寂しそうな顔をする山本であった。
買い物を終え、急いで帰宅した川野。
まだ、約束の時間まで30分残っている。
「えっと、あとはお寿司を頼んで⋯。掃除!」
そこら辺に投げっぱなしの衣類や物を、パパパっと、片付けて行く川野。
水回りの掃除まで済ませ、ルームスプレーをそこら中に振り撒き、最後にもう一度、部屋中をチェックして回った。
「次は、自分!」
そう言って浴室に入り、ザッとシャワーを浴びた。
「化粧、間に合うかなぁ〜。」
髪の毛にバスタオルを巻き付け、急いでメイクをする川野。
遊園地でグシャグシャになった顔のままでは、嫌だったのだ。
バッチリメイクではないが、先程の顔よりマシだ。
ドライヤーを軽くかけ、髪を整え、川野は、自分の持っている服の中で、一番可愛いと思う服に着替えた。
ピンポーン―
ちょうど、身支度が終わった頃に、山本が来た。
「セーフ。」
川野は、時間と目一杯戦っていたので、少し疲れてしまったが、なんとか準備が間に合った事に、安堵した。
深呼吸をして息を整え、ドアを開けた。
ガチャ―
「は〜い!」
そこには同じく、身なりを整えた、私服姿の山本が立っていた。
デニムのズボン、グレーのパーカーに、黒い革ジャンを羽織っている山本。
クセ毛を生かし、ワックスでスタイリングした髪型は、バチバチに決まっている。
そして、香水の甘くスパイシーな香りが、ほのかに漂ってくる。
会社の時とはまた別の、とてつもない色気を放っている山本。
その姿を久々に見る川野は、思わず目眩を起こしそうだ。
「どうぞっ。」
「お邪魔します⋯。」
「お腹空いたでしょ?もうちょっとで、お寿司来るからね!」
川野は山本の上着を預かり、居間のソファーに座るよう促した。
そして先程、品川駅の駅ビルで購入した、サラダやつまみを冷蔵庫から出し始めた。
「それと⋯これ。1ヶ月遅くなったけど。これは取り急ぎねっ。今度、改めてお祝いさせてっ!」
川野が差し出したのは、チョコレート味の、小さめのホールケーキだった。
ケーキの上には、“Happy Birthdayてつや君”と書かれた誕生日プレートが乗っていた。
「⋯ありがとっ。⋯⋯ごめんっ!」
山本はソファーから立ち上がり、川野を抱きしめた。
「⋯⋯⋯こんなに可愛い姿して、こんなに嬉しい事されたら⋯⋯ちょっと、もう我慢出来ないやっ。⋯⋯行こう。」
そのまま川野を持ち上げ、寝室へと向かう山本。
「ちょっ、ちょっと待って!お寿司もうすぐ届くから!」
衝動的な山本の行動に、慌てて寿司の心配をしだす川野。
「あと、どのくらいで着く?」
「えっと、あと20分くらい⋯。」
「なら、大丈夫。多分、間に合うから!とりあえず、一回、ねっ。」
「わぁっ!!」
そう言って、そのまま寝室へと消えていく2人であった。




