Twinkle Light
増岡からの業務命令を受け、川野は電車とバスで片道2時間をかけて、遊園地へ向かった。
「さすがに業務怠慢は…あんな言い方は、心外だよ。堀田の域を超える、言いがかりだわ。」
増岡への怒りと失望で、川野は情緒不安定だ。
その感情をかき消すように、移動中は両耳にイヤホンを付け、ひたすらハードロックを聴き続けていた。
キィーッ!プシュッ―
遊園地のエントランス前のロータリーに到着し、バスを降りた川野。
辺りはもうすっかり薄暗くなり、門の外からでも、イルミネーションが点灯しているのが見える。
重い足取りでエントランスをくぐると、そこは、白やピンクがメイン色で彩られた、何とも可愛らしいライトアップが施されていた。
先日の打ち合わせで、増岡が説明していた通りの仕様なのだが、やはりこうして現実化されると、迫力があり、美しい。
そして、すぐ目の前には、自身が考えたフォトスポットがちゃんと再現されていた。
思わず、ニッコリと笑う川野。
川野は、やはりこういう時、どんな感情よりも、自分のアイディアが具体化された喜びを、一番に感じてしまうのだ。
バレンタイン当日という事もあるだろうが、平日だというのに賑わっている。
フォトスポットで撮影をするために、並んでいるカップル達。
「あっ!もしよろしければ、お撮りしますよっ!もうちょっと寄ってくださーいっ♪」
川野は嬉しさが抑えきれず、写真撮影の手伝いを始めた。
カシャッ、カシャッ―
次々と撮っては、笑顔でカップル達を送り出していく。
また、撮影の列が途絶えると、自身のスマホに、思いついた点を文章にして、入力していく。
「この背景のサイズだと、自撮りだと撮影しづらかったかな?でも、小さくしちゃうと体が入りきらないし…。フォトスタンドを設置すると、周りが暗いから通行人の怪我の元になっちゃうし…。このエントランス入ってすぐの所じゃなくて、逆に奥に移動させるとか?」
ブツブツ独り言を言いながら、いろんな角度からフォトスポットの撮影を始めた。
さすが仕事人間、川野。
”自分の大切な思い出の場所に永井が~”とか、”増岡にはこの気持ちを分かって欲しかったぁ~”とか、ウジウジしていた川野はもういない。
フォトスポットで、照れながら2人並んで撮影するカップル達を見ていると、この案を思いつくことが出来て良かったと、心がどんどん晴れやかになるのであった。
カーンッ!カーンッ!
そうこうしているうちに、18:00の鐘が鳴った。
増岡チームが、横幅50m越えの長い柵を活用して作った、イルミネーション・ショーが、いよいよスタートだ。
♪~
定番のラブ・バラードソングが流れ始めた。
その音に合わせ、儚げな金色のラインが、両サイドからいくつも中央に向かって、そよ風の様に流れていく。
様々な大きさの、赤やピンク色のハートの周りをくぐり抜け、交差しては離れ、交差しては離れ、波を打っていく。
そして、中央に向かった金色の光りは徐々に集まっていき、柵全体を包み込み、最後には星が瞬く様にキラキラとゆっくり消えていく。
「綺麗……。」
川野は、その儚くも美しい、幻想的な金色の光りの演出に心を奪われていた。
しっとりとしたラブソングも相まって、涙が溢れて来る。
慌てて、カバンからハンドタオルを取り出し、目頭から口まで塞ぎ、次々と零れて来てしまう涙を拭った。
「ふふっ…本当に、綺麗ですねっ!」
「……嘘でしょ……。」
よーく聞き覚えのある声が聞こえた気がして、左側を向いた川野。
そこには、背が高くてクセ毛の、愛しい年下男子が、スーツ姿にコートを羽織って立っていた。
ショーにあまりにも感動し過ぎて、ついにイマジナリー山本を召喚してしまったのか。
彼がここにいる事が、到底あり得ない事だったので、川野は自分の頬をグイッとつねった。
痛い…。現実だ…。
「ほらっ、今はあっちに集中して下さいっ!もっと見やすい所に行きましょうっ!」
呆然とする川野の手を取り、ニッコリと笑う山本。
少しひんやりした、大きな手に引かれながら、イルミネーションの中央までやって来た。
「……何で、何でここにいるの?」
聞きたいことは山程あるのだが、川野はとりあえず、一番の疑問を投げかけた。
「…業務命令です。部署は違いますが…。増岡課長が、遊園地の支配人に書類を届けて欲しいと。今日中に届けなきゃいけないけど、営業部からは人が出せないから、サインをもらって来て欲しいと。」
そう言って、山本は増岡に託された2枚の書類を、川野に見せた。
暗くてあまり見えないので、険しい顔でぐっと目を凝らす川野。
すでに支配人からサインをもらったその書類には、このバレンタイン・イルミネーションの点灯期間の延長の契約と、フォトスポットの備品の買取りの見積りが、それぞれ書いてあった。
「イルミネーション…ホワイトデーまでやるんだ…。今日、なんで私、業務怠慢って怒られたんだろう。まだ、終わるまで1か月あるじゃん…。だいたい、書類を私に託せば良かったのに。忘れてたのかな?しかも、そんな重要な書類を、期限ギリギリで山本係長に頼むなんて…。あっちこそ、業務怠慢でしょっ。」
増岡への怒りが、再び沸々と沸いて来て、完全に涙が引っ込んだ川野。
「ふふふっ、川野さんって、本当に言葉通りにしか、受け止めないですよね…。増岡課長に謀られたんですよっ、俺達。チャンスをもらったって言った方が、正しいかなっ。」
謀られた…?
両腕を勇ましくガッチリ組み、首をかしげる川野。
「…哲也君は、一度、これ見たんでしょ?先週の日曜日、増岡達と…永井さんと。」
「ふふっ、…見てないですよ。このショーは、今日が初めてです。」
「何で?Wデートしたって聞いたよ?」
予想外の言葉を聞いて、驚く川野。
「見れなかったんです。…その前に、帰りましたから。だって、…あんなに俺の事、思われちゃぁ、ねっ。そこで他の女と写真撮れる程、俺は馬鹿じゃない。…いや、馬鹿だった。光の気を引きたくて、永井の特性を利用したんだ。そのうちに向こうが、その気になって…。光がもう振り向いてくれないなら、俺も流されようと思って、ここまで来たけど…。”やっぱり、一緒に写真撮れないっ”て断ったら、永井にハンドバッグでこう、思いっきり殴られて…。馬鹿だよね。」
そう言って山本は、少し恥ずかしそうに、永井に殴られた左頬のアザを指差し、川野に見せた。
今まで暗くて見えなかったのだが、とても痛々しい傷跡だ。
川野が振替休日を取っていた間に、社内ではこのアザについて、様々な憶測が飛び交っていたらしい。
「知らなかった…。」
一筋の涙を、零す川野。
山本は、両手で優しく川野の頬を包み、親指で涙を拭い、見つめた。
「俺、自分がこんなに嫉妬深くて、ズルい奴だとは思わなかったんだ。頑張ってる光を傷付けて、永井まで…一発で済まないくらいだよね。……でもね、やっぱり駄目なんだよ…。俺は光が良いんだよ。俺、光に3回もフラれてるんだから。もう勝手にフラないで、ちゃんと俺の言葉を聞いて。……光の事が、忘れられない……。ずっと俺の側にいて欲しい。」
イルミネーションのクライマックスになった。
沢山のハートと、金色に盛大に輝く光に包まれる2人。
その影は、寄り添い、一つになった。
「哲也君っ、ごめんねっ。私の方こそ馬鹿だった。…こんなに好きなのに、綺麗事言って、簡単に諦めようとして。大切にしたいなら、もっと哲也君と話して、ちゃんと向き合わないといけなかったのに…。大好きだよ。……大好きに決まってるじゃん!もう離さない!」
山本の胸に顔を埋めながら、川野はやっと、本当の気持ちを伝えられた。
両腕を山本の背中に回し、キツく抱きしめる。
「光…愛してるよ。」
川野の頭を優しく撫で、山本は幸せそうに微笑んだ。
「せっかくなので、写真撮りますか。」
「そうだねっ!あっ、でも泣いたから酷い顔だよ?」
「平気!平気!俺だってこんな顔だし。逆に、良い記念になるよっ。」
そう言って、2人はフォトスポットへ向い、白いベンチに腰掛けた。
自分たちの後に来た、カップルの彼氏の方が、撮影をしてくれると申し出てくれた。
「行きますよ?はいっ!チーズッ!」
カシャッ―
「ありがとうございますっ!」
次のカップルにベンチを譲り、スマホ画面を確認する川野達。
そこには、涙の跡でグチャグチャな川野の顔と、青紫のアザを頬に残した山本の顔が、何とも幸せそうな笑顔をして写っていた。
そして、その背後には、白いイルミネーションライトで作られた、相合傘が光っている。
「これはやっぱり、職権乱用だったかな?」
川野がにんまり笑う。
山本との相合傘の思い出を、モチーフにした事に今更、照れている。
「そうですね~。明らかに職権乱用ですねっ。でも…恋人の聖地っていうコンセプトは、間違ってないんじゃない?だって、こんなに拗らせた2人がもう一度、ここで結ばれたんだからっ。」
そう言って山本は、川野に口づけをした。
今まで、よほどのフラストレーションが溜まっていたのか。
川野の唇を求めて、どんどん激しくなっていく。
「……。ちょっと待ってっ。一応まだ仕事中…。」
人目もあって、恥ずかしそうにする川野。
耳が燃える様に赤くなっている。
「ふふっ、そうでしたねっ。そう言えば、増岡課長からもう一つ、業務命令が出てました。川野さんを回収しろと。会社まで戻ってきたら、後は焼くなり、煮るなりして構わないって。」
意地悪そうな笑みを浮かべる山本。
「ん?もしかして車で来た?確か経理が1台、社用車使うって言ってたような…。」
「ですね。今日は、特に経理では、社用車使う予定ありませんでしたから。きっとわざと、俺用に残してくれてたんだと思います。」
「なるほど…。謀られたって、そういう事ね!」
やっと、増岡の計らいに気付いた鈍感な川野。
だいぶ荒々しい作戦で、川野のメンタルもだいぶ削られたが、成功して何よりだ。
「俺、増岡課長の事、誤解していたみたいです。思ったより、ずっと良い人ですね!先週末、俺をわざわざ連れて来たのも、このフォトスポットを見せたかったんだと思います。…光、もちろん一緒に帰てくれるよね?」
「うん、よろこんでっ!でも、増岡は、いくら作戦とはいえ、私に業務怠慢って…」
川野は、増岡から”業務怠慢”と言われたことが、一番嫌だったらしく、まだ根に持っているようだ。
増岡は、川野と山本の恋を、職権乱用して全力で応援してくれたのだが。
こうして2人は、以前のように、どちらからともなく指を絡ませながら、遊園地を後にした。




