交わらない想い
休憩が終わろうとしている。
零れた涙を拭い、川野は静かに気持ちを切り替え、会場へ戻った。
「良かった…。戻って来ないので、心配しました。」
現場を仕切っていた佐渡が、川野を見つけて駆け寄って来た。
「ごめんねっ。まだ、他の皆は休憩取れてないのに、ギリギリになっちゃって。」
「それは良いんです。アムールさんの方は完売しました。なので、あと一息です。…沼田さんの所は、僕が代わりに入りますので、川野さんはここで誘導係を兼ねて、待機していて下さい。」
「すみません。ありがとうございます…。」
川野の様子がおかしい事に気付き、佐渡は大福の売り込み係を代わってくれた。
沼田さんの元へ、颯爽と向かっていく佐渡。
「あら、良いわねぇ~。」
「本当、良いわねぇ~。」
川野の目の前にある、買い物客用の休憩席に座っていた、ご老人、2人組が声を掛けて来た。
そのテーブル上には、実演販売で購入された、大福の入った袋が置いてある。
「ああいう優しい人は、逃がしちゃダメよ?お嬢ちゃん。」
「本当に。亭主にするなら、ああいう優しい男が一番!うちの亭主なんて、いつも文句ばっかり言ってるわよ。自分では何にもしない癖に。ねぇっ!」
「そうですねっ、良い人なんです。」
恋人ではないのだが…。
佐渡をベタ褒めするご老人達に、水を差すような事はしたくないので、川野は素直に肯定した。
老人達の会話は続く。
「この豆大福ね、12個も買っちゃった。息子夫婦に孫3人。それと、爺さんの仏壇に、お供えしてやろうと思って。まだ爺さんがいた頃、この和菓子屋の近くの神社にお参りした時は、必ずお土産に買ってくれてたの。今は、私も足が悪くなっちゃってね。とてもじゃないけど、店の方には行けないわよ。だから、ここに来るってチラシで見て、来たのよ。久しぶりに食べられるのが嬉しいよ。」
そう言って、ニッコリ笑うご老人。
まさか偶然ここにいた事で、こんなに悲しくも素敵なエピソードが伺えるとは。
「喜んで頂き、光栄です。ありがとうございますっ。」
沼田さんや皆に、後で伝えよう。
そう思いながら、微笑み返す川野。
そして、今の川野は、心が特にデリケートになっている。
感動して、思わず瞳が潤んでしまう。
「私は自分用しか買ってないわよ。亭主は酒ばっかり飲んで、甘いものは口にしないの。いつも酔っぱらって、ブスッとして、テレビばっかり観て。つまらないったら、ありゃしない。健康には気を付けて欲しいんだけどねっ。ったく。今日も日本酒買って来いだってさっ。」
もう一人のご老人が、身振り手振りをしながら、呆れたように言った。
愚痴をこぼしながらも、ご主人への愛情が垣間見える。
(夫婦か…良いなぁ…。)
川野は、仕事一筋で生きて来た人間だ。
恋愛に関しては言わずもがな。結婚など、今まで真剣に考えた事が無い。
ご老人2人の会話を聞いていて、ふと、結婚への憧れが、芽生えたようだった。
(私も、いい歳だし…婚活でもしようかな…。)
そう思う、川野であった。
大福の実演販売も、予定数を達成し、18:00には片付け作業に入ることが出来た。
三浦君と沼田さんとは、現地で別れを告げ、川野と佐渡は、社用車で会社まで戻って来た。
販売に使った荷物を台車に乗せ、倉庫に運び込む2人。
達成感と疲労感で、お互い口数が少なくなっていた。
「よしっ、これで今日の作業は完了ですね。川野さん、お疲れ様です。」
佐渡が、口を開いた。
「はいっ、本当にお疲れ様でした。」
川野はこういう時、いつもハイタッチやグータッチをするのだが、今はそんな気分ではないようだ。
それもそのはず。
今の時間帯は、まさに遊園地のイルミネーションが、光り輝いてる時だ。
「川野さん、すみません。…実は、昼間の休憩時間の時の会話、僕にも聞こえて来てしまって…。盗み聞きするつもりは無かったのですが…。」
気まずそうに打ち明ける、佐渡。
川野の考えた、フォトスポット案の経緯を知っているだけに、只事では無いのを理解していた。
「あぁ、イルミネーションの話?別に大丈夫だよっ!ごめんね、心配かけてしまって。ありがとうっ!」
佐渡に気を遣わせてしまって、申し訳ない気持ちの川野。
これ以上、心配をかけないよう、精一杯、笑顔を向けた。
「川野さん…川野さんは嘘つきですね。」
「えっ?そんな事、無いと思うけど…。」
ギュッ―
佐渡は堪らず、川野を強く抱きしめた。
「……泣けば良いじゃないですかっ。何で笑ってるんですかっ。嘘つかずに正直に…正直に、山本が好きだって、声を上げて、泣けば良いじゃないですかっ…。辛いって、泣けば良いじゃないですかっ。」
佐渡の意外な言葉に、思わず涙腺が緩んでしまう川野。
「でも、だって…佐渡君の胸を借りる訳にはいかないっ!」
そう言って、川野は突き放そうとしたが、佐渡は離してくれない。
「俺だって…俺じゃ駄目だって事くらい…分かってますからっ。…でも今は川野さんを、こうして慰めていたいんです……。今日は俺のワガママに、付き合って下さいっ。⋯一緒に泣きましょう…。」
「……ッ…グスンッ…ごめんなさいっ…ウグ…ッ」
ついに佐渡の腕の中で、泣き出した川野。
佐渡も、川野の耳に頬を寄せながら、涙を流している。
川野は、佐渡が自分を想い続けてくれている事に、ずっと気付いていた。
それでも、気付かないフリをしていた。
こんなに優しくしてくれるのに…。
こんなに愛してくれてるのに…。
なぜ、佐渡の気持ちに応えられないのか。
なぜ、山本のことを忘れられないのか。
交わらない、2人の想い。
「⋯ッ…グスンッ……ごめんなさいっ。…ッごめんなさいっ。」
佐渡へ一生懸命、詫びる川野。
その言葉に心が痛み、声を出せない佐渡は、それでも優しく川野の頭を撫で、慰め続けた。
どれ程、泣いただろうか。
泣き疲れて、椅子に腰掛けて呆然とする2人。
「川野さん…。明日、代休で良かったですね。」
「そうだね…。当分、瞼の腫れが引かなそうだからね。⋯でも泣いたら、スッキリしたかも。」
「そうですね…。疲れましたけど、スッキリしましたね。」
「ワイシャツ、ベチャベチャにしちゃって、ごめんねっ。外寒いのに、そんなに濡れてたら、凍えちゃうね。」
「ちゃんと拭けば、コートもあるので大丈夫です。」
「…ありがとう。…なんだか、泣き疲れたら、お腹空いたな。そういえば、朝から何も食べてなかった。⋯佐渡君、これから味噌ラーメン食べに行かない?」
「このグチャグチャになった顔でですか?…まぁ、川野さんもひどい顔なので、一緒に食べに行くなら平気ですかね。ついでにビールも飲んで下さい。」
「えへへっ⋯本当に、ありがとう。今日はお礼に、ご馳走させてっ!」
そうして2人は、グータッチを交わし、倉庫を後にした。




