除け者
2月11日 日曜日
昨日から今日にかけ、大型スーパーではバレンタインチョコの売り場で、目玉商品の販売を行っていた。
バレンタインデーが近付く中、スーパー側としても、この2日間は書き入れ時だ。
川野達は、スーパーのロゴの入った赤いエプロンを着け、チョコレートの売り上げ増加を目指して、精一杯、客を呼び込んでいる。
「豆大福、チョコレート大福は、本日までの販売となっておりま~す!ぜひこの機会に、お求めくださ~いっ!」
沼田さんの低めの良い声が、会場に響き渡る。
「東麻布で人気の、洋菓子店アムールのチョコーレート販売を行っておりま~す!数に限りがございますので、ご購入される際は、お早めにお求めくださ~い!」
川野も、沼田さんの声に被らないよう、絶妙に間を取って、声を張り上げている。
休日のため、お陰様で客足が途絶えない。
チョコレートの購入客以外にも、ハートの風船で飾られたアーチゲートの前では、撮影をする若者達が並んでいたり、絵馬を飾ったスペースを、物珍しそうに見物しに来る客もいる。
そこは、会場が混乱しない様、佐渡と三浦君が誘導係として動き回っていた。
午後に差し掛かった。
「川野さん。アムールさんのチョコレート、あと少しで完売しそうですっ!」
三浦君が嬉しそうに、川野に伝えに来てくれた。
アムールのチョコレートは、6タイプのチョコレートや焼き菓子を、それぞれ1日当たり30箱ずつ用意してもらったのだが、洋菓子店側がSNSで宣伝してくれたこともあり、反響が大きい様だ。
「そっか、良かった!」
川野は、力を貸してくれた藤田さんや、アムールの店主を思い浮かべ、心から感謝するのだった。
そんな中、人混みから見覚えのある顔が、ひょっこり川野の前に現れた。
「川野主任っ!お疲れ様です。」
「あっ!凪ちゃん、来てくれたんだね!」
そこには、普段の黒いビジネススーツ姿とは違う、フェミニンな可愛らしい格好をした小林が立っていた。
「もちろんですっ!チョコレート買いに来ましたよ♪」
同僚への義理チョコ、そして恐らく、たかぴーへの本命チョコを、買いに来てくれたようだ。
「ありがとう!アムールさんのチョコ、もうすぐ完売だから先にゲットした方が良いかも!」
「早い!もう売り切れ寸前なんて。今すぐ買って来ます。」
そう言って小林は、いそいそとアムールのチョコを吟味しに行った。
「川野さん、ここ代わります。休憩取って下さい。」
佐渡が、声を掛けて来た。
少し客が減ったところで、これから交代で休憩を取るのだ。
「了解ですっ!」
そう言って川野は、絵馬を飾るスペースの裏側に用意された、仮設の休憩所に入った。
休憩所の中には、折りたたみ式の細長いテーブルと、パイプ椅子がいくつか置いてある。
エプロンを脱ぎ、パイプ椅子に座り込む川野。
開店時からずっと声を張り上げているので、正直ヘトヘトになっている。
しばらく座ったまま、ぼーっとしていると、チョコレートを買い終えた小林が、声を掛けて来た。
「川野主任、休憩のところ、すみませんっ。あの…」
「ん?どうした?」
川野はニコッと微笑み、休憩スペースのパイプ椅子に座る様、小林に勧めた。
「川野主任…。本当は言おうか迷ったのですが……。実は、今日、今から遊園地のイルミネーションを見に行くんです…。」
「えっ!?そうなの?ふ~ん♪」
なるほどっ!
さては増岡が、小林を誘ったのだなっ!
ニヤニヤする川野をよそに、小林が話を続けた。
「あのっ、先日、増岡課長が経理部に誘いに来て下さって…。それはすごーく、嬉しかったのですが…。そこまでは良かったのですが、永井さんが、その話を聞いていて…。」
川野の顔が曇った。
言葉に詰まりながらも、説明を続ける小林。
「永井さんも行きたいと言い出して…。それを快く、増岡課長がOKしてしまって。…せっかくならって、永井さんと一緒に、渋る山本係長まで強引に誘ってしまったんです…。なので、これから増岡課長の車で、4人で行ってきます…。黙って行くのが心苦しくて…。お仕事中に、ごめんなさい…。」
とても気まずそうに、頭を下げる小林。
知らぬが仏。
正直、この忙しく疲れている時に、そんな情報は欲しくなかった。
しかし、小林が自分を心配してくれて、言いづらい事を教えてくれた。
それを無下に出来る訳がない。
「…そっか!良いんじゃない?経理部のメンバーもいて、緊張も解れると思うし。イルミネーション、まだ私、見れてないんだけどさ、きっと綺麗だよっ!増岡とのデート、楽しんできてねっ♪」
川野は、精一杯の笑顔を作り、小林を送り出した。
1人になり、再びパイプ椅子に座り込み、ぼーっとする川野。
……。
……。
「納得出来るわけないじゃんっ!」
川野はスマホを握りしめ、速足でスーパーの外に出ると、イラつきながら電話をかけ始めた。
「…もしもし、今大丈夫?」
電話の相手は、増岡だった。
「おうっ!お疲れっ!そっちは順調?」
いつも通りの増岡。
「こちらは順調だよ。それより今日、遊園地のイルミネーション見に行くんだってね。凪ちゃんと2人だけで行けば良かったのにっ。」
イルミネーションを見に行く事など、一言も話してくれなかったクセに。
不機嫌な川野の声は、電話越しの増岡にも、すぐに伝わった。
「あれ?言ってなかったっけ?」
とぼける増岡。
「聞いてないよ!せめて一言、言って欲しかった。」
イライラが止まらない川野。
「…てか、何でお前、不機嫌なんだよっ。別に、いちいち許可もらう事でもないし。…だってお前、関係無いじゃん。これはあくまで、俺たちの約束だから。それにお前も、山本と永井さんが上手く行くようにって、願ってたじゃん。今更、何だよっ。」
増岡が、そう冷たく言い放った。
正論だ。
確かに、今の川野には関係のない事だ。
でも、長い付き合いの増岡なら、こういう時は川野の気持ちを、ちゃんと考えていた気がしたが。
予想外の増岡の冷たさに、思わず瞳を潤ませる川野。
「……そうだね…。でもさ……あんたにだけは、分かってほしかったなっ…。ごめん、デート前なのに。楽しんで来てねっ!休憩終わるから、これでっ。」
川野は泣くのを我慢しながら、必死に言葉を繕い、電話を切った。
山本と永井と、Wデートをするのは、もちろん構わない。
増岡の言う通り、川野には全く関係のない事だ。
しかし別れたとはいえ、あそこは川野が、ひどく愛した山本との、大切な思い出が詰まっている特別な場所だ。
そこに早々、永井が足を踏み入れるなんて⋯。
きっとこれから、2人仲良く腕を組み、指を絡め合い、自分の考えたフォトスポットで、仲睦まじく写真を撮るのだろう。
更に、見つめ合い、口づけを交わすなんて事になったらと思うと⋯想像するだけで気が狂いそうになる。
他の場所ならどこでも良い。
存分に愛し合ってくれて構わない。
でもあそこだけは、そっとしておいて欲しかった。
「私の幸せだった記憶を…奪わないで…。」
俯きながら、一筋の涙を零す川野。
せめて、親友の増岡には、その気持ちを分かって欲しかったのだった。




