彼女達の恋愛事情
バレンタインデーまで、あと一週間となった。
増岡がメインで進めていた、遊園地のイルミネーションは設営も終わり、すでに来客を魅了しているらしい。
スーパーのチョコレート売り場も、絵馬が特に好評で、地元の女子中高生を中心に、賑わっているそうだ。
エレベーターで鉢合わせて以降、永井と山本は一度も、営業部の事務所に顔を出していない。
山本は、川野と付き合っていたことを、永井に伝えていないみたいだが、彼の立ち振る舞いで、さすがに勘付いたようだ。
まあ、相変わらずベタベタはしている。
永井が、営業部の前を通る度に、あの甘ったるい声で”ねぇ、哲也~”と聞こえて来るのだから。
川野は、その声を聞いても、動じる事が無くなった。
彼の姿を見ないだけで、彼の声を聞かないだけで、これほど心穏やかでいられるとは。
お陰で、仕事もバリバリこなせている。
昼休憩が、後半に差し掛かった。
自分のデスクで同僚達と談笑しながら、コンビニで買った天ぷらそばを啜る川野。
隣の席の藤田さんは、手の込んだ、お手製のお弁当だ。
近くの広場に出店している、キッチンカーで購入したタイカレーを、仲良く食べている喜多見と加藤。
佐渡は、今日は三浦君と沼田さんと、男同士でランチを食べに出ていて、その他の同僚は、増岡と共に外回り中だ。
要は、今の事務所は、女子会が繰り広げられている。
「はぁ~、バレンタインね~。今年は本命チョコ、あげる相手がいないや~。」
タイカレーを食べ終えた加藤が、ダルそうに両腕を上に伸ばしながら嘆いた。
「この前の合コンで、イイ感じの人いたって言ってなかったっけ?」
喜多見が、すかさず突っ込みを入れた。
「えぇ?あの人は、マジで無い!だって、その人のSNS覗いたら、彼女の影がプンプン匂うんだもん。遊びたいだけの男だったよ。私は、ちゃんと真剣にお付き合いしたいんだから。喜多見先輩は?彼ピいるでしょ?もうチョコは用意した?」
「私は、今年も手作りチョコ~♪彼がどうしても食べたいって言うから。」
喜多見は、数年前から付き合っている彼氏がいるようだ。
長続きする秘訣を、川野にぜひ教えて頂きたいものだ。
「マジ、ウラヤマ~。誰か紹介して下さいよ!喜多見先輩~!」
喜多見に泣きつく加藤。
若い子達の可愛らしい恋愛トークに、微笑む川野と藤田さん。
「藤田さんは、ご主人に、どんなチョコを渡すんですか?」
川野が尋ねた。
「私はもちろん、アムールのチョコよ♪主人のお気に入りだからねっ。一番、数が入っているチョコレートを渡して、赤ワインやウイスキーと一緒に、2人で味わうのが定番なの。」
「はぁぁ~素敵っ。私も早く、そんな事が出来る相手が欲しい~!」
加藤は今、彼氏が欲しくて仕方ないらしい。
「本当に、美味しそう!お酒と一緒に嗜むなんて、最高ですね!」
川野は、お酒とチョコレートを一緒に食べたことがまだ無い。
今年は、ちょっとお高いチョコを購入して、真似してみたいと意気込むのであった。
「でっ?川野主任は?誰にあげるんですか?」
加藤が、興味津々に聞いて来た。
加藤と喜多見も、なんとなくだが川野の恋愛事情を把握しているようだ。
険しい顔をして、考え込む川野。
「う~ん。⋯今は、いないかな。営業部の男性陣には、日頃の感謝として、義理チョコを用意したいと思ってるけど…。」
「えぇ~?佐渡係長じゃないんですか?山本係長はあんな感じで、永井さんとイイ感じっぽいし、増岡課長は、ただの同期ですよねぇ?」
加藤が切り込んで来た。
でも、今の川野は動揺しない。
「佐渡係長は最高のバディだよっ!でもね~、生憎、そういう関係ではございませんっ☆」
トントンッ―
はっと振り返る、女性陣。
川野の背後に、ランチから戻って来た、佐渡達が立っていた。
3人とも、気まずかったようで、あえてノックをしたようだ。
女性陣は皆、廊下に背を向けて座っているため、話に花を咲かせ過ぎて、彼らが戻って来た事に気付かなかったのだ。
どこから聞いていたのだろうか…。
こういう話題の時、佐渡はいつも眉間に皺を寄せていそうだが、デスクに着いた彼の眉は、ハの字になっていて、元気が無さそうだ。
空気を読もうとしない加藤が、川野に話を続けた。
「川野主任〜!本命いないなら、私とどっか、出会いを求めに行きません?合コンとか。あっ!それか、彼氏いないんだから、遊ぶのもアリかもっ♪ホストクラブとか、マッスルバーとかっ。私、まだ行った事ないけど、楽しいらしいですよっ!」
「マッスルバー?なにそれっ!」
川野が思わず聞いた。
「マッスルバー、その名の通りですよ!イケてるマッチョな男達が、それはそれは楽しませてくれるらしいですよっ。筋肉触らせてくれたり…。ヤダッ!これ以上は、さすがにここでは言えませんけど…色々と持て成してくれるらしいです☆川野さんはマッチョな人、好きですか?」
「ほうっ!」
世の中、自分の知らない世界があるものだ。
川野はマッスルバーというものに、少し関心を寄せるような反応をした。
向かいの席で、さりげなく腕に力を入れてみる、佐渡。
それに気付き、苦笑いをする三浦君。
パソコンを開き、我関せずの沼田さん。
「あら~、それは楽しそうね♪でも川野さん、本当に本命はいないのかしら?いるのだったら、夜遊びなんてしたら、ヤキモチ焼かれちゃうわよ?違ったら、御免なさいねっ。」
今まで、微笑みながら静観していた藤田さんが、口を開いた。
「もう、いないですって☆」
そう言って、おちゃらける川野。
「そう?⋯じゃあ、そういう事にしておきましょっ。でも、勝手な思い込みは良くないわよ?相手の気持ちも、ちゃんと聞いてあげなきゃねっ。」
藤田さんは、まるで全てを見透かしたような澄んだ瞳で、真っ直ぐ川野の瞳を見つめ、アドバイスをした。




