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倉庫の光さん〜左遷先で恋が動き出しました〜  作者: 桃山あんづ


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潮の香り

23:20

もうすぐ、節分が終わろうとしている。


佐渡は、出来る男だ。

川野の気まぐれな一言に、精一杯、限られた時間の範囲内で対応した。

そして見事に、良い感じの海辺の公園に辿り着いた。


「うわぁぁ~。綺麗!私、遠くから、ちらりとしか見たことなかったの!近くで見ると、すごく迫力あるねっ。まさか、こんな綺麗な夜景付きとは。ありがと~!」


かじかむ両手をこすり合わせ、白い息を吐きながら、川野は興奮気味に喋った。


真っ白にライトアップされた東京ゲートブリッジが、静寂な夜空の中に、煌々と光っている。

その美しい景色を見ることが出来て、川野は大変喜んだ。


「フッ、そこまで喜んで頂けたなら、連れて来た甲斐がありました。あの橋は、時期によってライトアップの色が変わるそうですよ。」



前髪を搔き上げ、クールに決めようとする佐渡だが、どうも口元が緩んでしまう。



「川野さん、もう時間がありません。外は寒いですし、車に戻りましょう。」


「そうだね、さすがにこの寒さでは、食事を楽しめないね。戻ろう。」



バンッ―


2人は社用車に乗り込んだ。


「さてと、遅ればせながら、恵方巻を頂きましょうかっ。」


そう言って川野は、ササっと、おしぼりで手を拭き、海鮮恵方巻を両手に握った。


「川野さん。一応、言っておきますが、一本食べ終わるまで、喋らないで下さいね。僕はこういうの、ちゃんとやりたい派なので。邪魔しないで下さい。変な顔もしないで下さい。」


キチッとしている佐渡は、リスク管理も得意だ。

川野の行動を予測して、未然に防ごうとしている。


「はいはいっ、分かりましたよ~。佐渡君は海鮮巻のハーフだから、私より早く食べ終わるんじゃない?だから大丈夫だよ、きっと。じゃあさっそく、頂きますっ!」


お腹がペコペコで、大きな口を開けて、恵方巻を頬張ろうとする川野。


「川野さん待って!!方角が違います!今年は東北東ですっ!ここからだと…ゲートブリッジのあの対岸の方を向いて下さいっ。」


慌てて制止をした佐渡。

川野と一緒に、ちゃんとした作法で恵方巻を食べたいようだ。


「はーい。」


川野は、あれこれと細かい佐渡に対し、少し面倒くさそうな返事をした。

そして渋々、体の向きを、少し左に傾け座り直した。


「では川野さん、行きましょう。頂きますっ。」


「頂きます。」


モグモグ…モグモグ…


フロントガラスから見える、ゲートブリッジを眺めながら、ひたすら恵方巻を頬張る2人。


川野は、美味しいものを口にした時、称賛したくてたまらなくなる性格だ。

でも今は、言葉を発することは許されないので、ひたすら我慢している。


(早く、美味しいって叫びたい…)


モグモグ…モグモグ…


そうしているうちに、佐渡が恵方巻を完食した。

スーパーの店長からもらった、温くなったお茶を飲んでいる。


モグモグ…モグモグ…


川野も、ついに最後の一口を食べ終わりそうだ。


モグモグ…



サッ―


佐渡の華奢な手が、川野の髪に触れた。

川野の瞳を隠していた後れ毛を、その細長く白い指で撫で、耳にそっと掛けた。


驚いて、思わず佐渡の方を振り向く川野。

佐渡は、とても優しい目で、うっとりと川野を見つめている。



「あっ!食べ終わってないのに…すみません、つい…。」



我に返り、あれこれと言い訳を考える佐渡。

しかし、佐渡は正直者だ。

毒舌ではあるが、口から出まかせは苦手だ。

ついには黙り込んでしまった。



モグモグ…モグモグ…



この場を何とか収めたい。

川野は頬張り過ぎた恵方巻を、一生懸命、咀嚼した。


「(ゴクン)…。はははっ!ごめんごめん!ヘルメット被ってたでしょ?私の髪、湿気に弱くてねっ。ボサボサのままだったね。結び直そうっと。」


川野は、ニコッと笑いおちゃらけながら、髪を一つに束ね直した。

自分の行為を咎めない川野に、ホッとしたのか、佐渡はもう一度、両手を合わせて謝罪した。


「すみませんでした。川野さんの、顔が隠れていたもので。……終電も迫ってますし、このまま送っていきますよ。川野さんの家の方が、ここから高速使えば、近そうですし。」


「えっ?佐渡君は大丈夫なの?私だけそんな楽して申し訳ないな。」


「2人で会社に戻って、2人で終電逃がして、その後どうするつもりですか?……すみませんっ!何か、いやらしく聞こえますね。決して、セクハラではないのでっ。」


佐渡は、普通の事を言っているはずなのだが、ひどく恥ずかしくなってしまったようで、顔から首まで赤くなっている。

非常に、ウブである。


「大丈夫だよっ!勘違いしてないから。じゃあ、お言葉に甘えて、お願いします。」


ツンデレ男の可愛らしい姿を、からかうのは野暮なので、川野はサクッと受け流した。





「ところで…。川野さんは何で、今の家にしたのですか?距離的には会社に近いですが…。あそこからだと、いつも私鉄からJRに乗り換えてますよね?」


高速を走りながら、佐渡が尋ねた。


「え~っ。それ聞いちゃう?ふっふっふっ……それはね、あの赤い電車が、故郷に繋がってるからだよ。」


川野は、よくぞ聞いてくれた!というような顔で、話し始めた。


「私の地元は、あの赤い電車で、ずっと南に下った先にある、横須賀なんだ。今はそれほどしなくなったけど、たまに辛い事があると、電車に飛び乗って、そのまま横須賀まで帰るの。親が心配するから、実家には寄らないんだけどね。海辺の公園のベンチでぼーっとしたりすると、懐かしい風景と、潮の香りも相まって、落ち着くんだ。だから、横浜支社の時も、あの沿線に住んでたんだよ。」


「へぇ~。横須賀出身なんですね。僕はあまり行った事ないですが。良い所なんですね。」


「良い所だよ~。機会があったらぜひ行ってみて!」


「……じゃあ、川野さん、案内して下さいよ。」


「もちろん、いいですよ?…そうだ、増岡と小林さんも誘って…。ねっ!」



楽しみが増えて、嬉しそうな川野。

ついでに、増岡と小林のデートも兼ねようとしている。


ハンドルを握りながら、複雑そうな顔をする、佐渡であった。














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