光の仕掛け
川野たちが乗った車は、高速道路を降り、遊園地へ向かう山道に差し掛かった。
行き来する車も少なく、どこまでも薄明るい街灯が続いている。
今日は平日という事もあるだろうが、山本と共にバスで通った時は、これほど寂しい道だとは感じなかった。
川野は、窓辺に片肘を付き、ぼんやりと外の景色を眺めた。
普段お喋りの増岡も、慣れない道で運転に集中しているため、車内はFM ラジオから流れる音楽が、やけに響いている。
「さぁ、着きましたよ~。」
そう言いながら増岡はハンドルを切り、遊園地の駐車場へ入った。
車を降りた2人。
目の前には、あの観覧車がライトアップされ、そびえ立っている。
視界から入ってくる景色に、山本とデートをした記憶が、鮮明に溢れ出てきてしまい、呆然と立ち尽くす川野。
「おい、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。…ついこの間の事なのに、懐かしくてね。良い思い出だよっ!さてっ、仕事、仕事!」
そう言って、川野は自分の頬を両手でパンッパンッ!と叩き、遊園地のエントランスに足を踏み入れた。
今回の打ち合わせは、増岡がメインで作成した、完成イメージ図を基に、実際の設置場所の確認を行うのと、最終見積額の確認であった。
2人は、遊園地の管理事務所を訪れ、支配人と関係スタッフと挨拶を交わした。
「お陰様で、三笠企画さんのクリスマス・イルミネーションが好評でして、園への来客数も年々、増えて来ております。そこで、今回は初の試みで、バレンタイン限定のライトアップをと思いましてね。いや~、イメージ図を頂きましたが、夢があって気に入りましたよ。」
支配人が声を弾ませて言った。
それもそのはず。増岡は、若くして課長になるだけあって、企画力も抜群だ。
万人受けするものに、自分なりのスパイスを入れるのが得意なのだ。
増岡の営業トークが始まった。
「ありがとうございます。今は、クリスマス関連のオブジェが撤去され、花壇のライトアップが、白と青のライトでシンプルな状態になっておりますが、この青いライトを減らし、ピンク色のライトを混ぜ込みます。それから…」
実際に設置する場所を、片手で示しながら、次々と依頼主に説明していく増岡。
川野は、この企画に直接関わっていないので、依頼主と共に、熱心に増岡の説明を聞いている。
「次に、こちらのエントランスから続く長い柵に、仕掛けを施したいと思います。主に、白、ピンク、赤のライトで様々なサイズのハートを施すのですが、ハートと、ハートの間に、黄色のライトで線をいくつも這わせ、定刻の鐘が鳴ると、ラブソングに合わせて、金色の光りが流れる演出をする予定です。なので黄色のライトを点灯させるのは、時間限定です。通常の可愛らしいデザインから、ほんの数分だけ、ゴージャスでロマンチックな光景に変える事で、特別感が出ると思います。それと…」
増岡は、川野にアイコンタクトをした。
頷く川野。
「こちらの柵の手前に、白い二人掛けのベンチを設置させて頂きます。新たな恋人の聖地として、フォトスポットに出来たらと思います。ベンチの後ろには白いライトで…」
年末、自身が考えた案も採用される事となったため、コンセプトを説明する川野。
まさか、打ち合わせに参加できるとは。
自分の提案を直接、依頼主に伝えられるのが嬉しくて、川野の顔はどんどん晴れやかになって行くのだった。
「以上になりますっ。いかがでしょうか?」
一通り話を終え、増岡がまとめた。
パチパチパチ―
どうやら、この企画のまま、最終段階まで行けそうだ。
「ありがとうございます!では、最終見積額の確認をさせて頂きたいと思います。川野の方は、こちらで失礼します。」
「お忙しい中、お時間頂き、ありがとうございました。失礼いたします。」
川野は、依頼主に深々と頭を下げ、その後のやり取りを増岡に託した。
支配人や関係スタッフ達と、談笑をしながら、再び管理事務所に向かう増岡。
とても頼もしい、課長の背中だ。
一人残された川野は、増岡が戻って来るまで、エントランス広場を少し回る事にした。
あの日、1本の傘を差し、山本と手を繋ぎながら回った広場。
クリスマスのイルミネーションは、さぞかし綺麗だっただろう。
でも正直、川野はその光景をあまり覚えていない。
撮影も頑張ったのだが、それより、傍らにいる山本の温もりを感じるのに、精一杯だったからだ。
「…やっぱ、やーめたっ!」
そう言って、川野は立ち止まった。
雲一つない夜空を見上げ、両手を思いっ切り伸ばし、そのまま駐車場へと引き返した。
「川野~!ここにいたのかっ。待たせて悪かったな。寒かっただろ?つい話が長引いちゃって。」
増岡が戻って来た。
「大丈夫だよ、お疲れ様っ!」
バンッ―
車に乗り込む2人。
「いや~、久々に見たけど、やっぱり増岡課長の営業トークには痺れますわ。」
「だろ?俺だって、やる時はちゃんとやるんだよ!お前こそ、飛び入り参加の割に、熱心に解説してたじゃん。恋人の聖地、先方も興味津々だったぞ。さすがだよっ。ありがとうっ!」
増岡はこの案件が、修正なしで最終段階まで行ったことに、安堵していた。
一緒に付いて来てくれた川野にも、感謝してるようだ。
「でもさ、私、恋人の聖地にとか、ぬけぬけとセールスしちゃったけど…。実際、別れちゃったからね。」
実は、白いベンチを設置するスペースは、ちょうど川野が山本と口づけを交わした辺りだったのだ。
別れる直前、山本とのデートにウキウキの川野が、ひらめいた”職権乱用”案だ。
「お前、馬鹿っ!絶対、この事は他の奴に言うなよ。特に藤田さん。あの人は感が鋭い。イルミネーションの設置の時に、回りに回って、社内の奴から先方にその事がバレたら…⋯。それかお前、もう一度、山本とヨリを戻して来いっ!それなら問題無いだろっ。」
真剣に焦る増岡。
「ごめん、ごめん!冗談だよ。別にあの場所を、私物化している訳じゃないんだから。それに、一度はちゃんと結ばれたよ?山本係長とここでデートしてなければ、私はこの案を思い浮かばなかったし。だから、出来上がるのを、心から楽しみにしてるよ!」
そう言って、川野はニッコリ笑った。
「おうっ!お前もスーパーの企画の方で忙しいと思うけど、バッチリ仕上げるから、必ず見に来いよなっ!」
増岡も川野に、とびっきりの笑顔を向けた。
「さ〜てっ。腹もだいぶ減った所だし、川野さんには何をご馳走してもらおうかなぁ〜。」
「高速降りた時に、和食レストラン無かった?お蕎麦とか、海鮮とか、何でもありそうだったけど。」
「よしっ、寄ってみましょうかねっ。」
そう言って2人は、遊園地を後にした。




