恋の芽生え
営業部の女性が集まると、それはそれは話が盛り上がった。
〇〇さんがイケてるとか、〇〇の店はランチが安くて美味しいとか。
作業に集中しつつも、会話が途切れない。
何とも器用な方々だ。
女性陣の手伝いのお陰で、絵馬は無事、完成させることが出来た。
(もうすぐ定時か…。増岡は、今日は上がれるかな?)
自分の席に戻った川野は、窓辺の壁に掛けてある時計を確認し、そのまま増岡の方へ視線を落とした。
「ん?何?」
増岡は、ちょうど川野が視界に入ったようで、バチっと目が合った。
これは丁度良い。
「あのさっ…。」
川野はそう言いかけたが、周りの同僚がまだ仕事中なので、増岡の席の横まで駆け寄り、耳打ちをした。
「今日、早く上がれそう?もし良かったら、ご飯でもと思って。」
「おっ、川野からの誘いなんて久しぶりだな!でも、すまん!これから、打ち合わせでさ。……川野、お前は今日は、自分の仕事終わりそうなのか?」
「うん。とりあえず今日は上がれるよ?」
「そうかっ!ちょうど良いや!川野、これから俺とイルミネーションを見に行こう!」
「えっ?」
そうと決まれば話は早い。
増岡はさっさとデスクを片付け、身支度を始めた。
資料が入ったカバンと、コートを片手に持ち、もう片方の手で社用車の鍵を握った。
イルミネーション関係の仕事といえば、一つしかない。
川野はあまり乗り気ではなかったが、増岡の役に立てるのであればと思い、同じく身支度を始めた。
「打ち合わせの後、直帰するので!皆さんお疲れ様です!川野行くぞっ。」
「はいっ。同じく打ち合わせ行ってきます!お疲れ様です!」
そう言って、2人は事務所を出た。
エレベーターに乗り、川野が扉を閉めようとした。
その時だった。
「待ってくださぁ~い!乗りま~す!もうっ、早く歩いて!」
まずい。非常にまずい。
今、一番会いたくない人達がやって来る。
エレベーターの中からは、倉庫の壁に隠れて、絶妙に廊下側が見えないのだが。
徐々に近くなって来る、あの甘ったるい声は、彼女しかいない。
そして、彼女に催促されているのは、間違いなく山本だ。
「川野~。聞こえないフリをして、閉めても良いんだぞ~。」
増岡がエレベーターの奥で、両腕を組みながら、川野にそう言った。
「うーん、でも…。感じ悪いでしょ。私が閉めたってバレたら気まずいし。」
そう言って、川野は開ボタンを押し続けた。
案の定、永井が山本の腕を引っ張りながら、エレベーターに乗り込んで来た。
「ありがとうございま~す!あっ!川野さん、お疲れ様で~す!昨日は、哲也が大変お世話になりました!ご迷惑、かけませんでしたか?」
永井が、白々しく川野に挨拶をして来た。
増岡と山本は、表情一つ変えず、静観している。
「あぁ、とんでもないです。無事に会社来られた様で、良かったです。」
川野は、誤解されない様、無難な返事をしたが、永井はそれが気に入らなかったのか、一瞬、下唇を噛んだ。
「私達、今からデートなんです!ねぇ、哲也っ。お2人は、デートですか?」
山本の腕を掴み直し、べったりとくっ付きながら、川野を煽る永井。
すかさず、増岡が口を挟んだ。
「デートですかぁ、経理は定時で上がれて良いですね~っ。僕達は生憎、今から打ち合わせで。でも、行き先は遊園地なので、デートの様なものか。なぁ、光っ!」
増岡はそう言って、永井にとびっきりのスマイルをお見舞いしてやった。
チーンッ―
まるで、試合終了のゴングが鳴ったようなタイミングで、1階に着いた。
たかが4階から降りてくる短い時間のはずが、これほど刺々しくなるとは。
「お疲れ様です。僕達は、地下なので。」
追い打ちをかけるかのように、増岡が、永井と山本に向かって、片手に持った鍵を見せつけた。
「お疲れ様っした。」
山本はそう呟き、永井に腕を引っ張られながら、エレベーターを降りて行った。
再び、エレベーターの扉が閉まった。
「……あれ、俺、もしかして余計なことした?」
去り際、山本が切なげな表情で川野を見ていたのを、増岡は見逃さなかった。
「ううん、大丈夫!これで良かった。ありがとう!」
川野は、平気な顔をしてみせた。
「うわぁ~!!やっぱり俺、やらかしてるじゃん!…山本に可哀想な事しちまったな。しかも遊園地の件までベラベラ喋って…。傷をえぐる様なものじゃないか。」
ハンドルを握りながら、山本に嫉妬させようとした事を、とても後悔する増岡。
車に乗り込み、川野は、自分から改めて山本に別れを告げた事を、打ち明けたのだった。
「でもさ、山本係長は、これから永井さんとデートなんでしょ?あんたが気に病むことはないし、私も2人には上手くいって欲しいと思ってるから。」
川野は、気丈に振舞っているが、山本への気持ちは消えた訳ではない。
長年の付き合いで、それが痛いほど分かってしまう増岡は、再び自責の念に駆られるのであった。
遊園地への道のりは、電車とバスを利用すると、待ち時間を含め、2時間以上かかるのだが、車で高速道路を使えば、平日なら約半分の時間で到着する。
重々しい空気を変えようと、川野が切り出した。
「そういえばっ!ねぇ、二次会どうだったの?小林さんも参加してたでしょ?」
「えっ?あぁ、うん…。」
歯切れの悪い増岡だったが、川野の興味津々な視線に負け、話を続けた。
「大部屋に皆で入って盛り上がったのだけど…。佐渡は一曲も歌わず、三浦君と端の方でずっと話してた。永井さんは、山本の事をずっと心配していて、廊下に出て、電話をかけまくってたみたいだよ。小林さんは…。酔っぱらってたのかな?俺の隣にいたんだけど、顔が真っ赤で。」
「ほう!で?」
「それで、帰りの電車の方向が一緒なら、途中まで送ろうか?って聞いたら”そんな事されたら、私、昇天してしまいますっ!”って、先に走って帰っちゃったんだよ。俺、なんかマズい事したかな?」
「何、何もうっ!良いところでっ……まぁでも、焦りは禁物よ?」
川野は、小林が自ら勇気を振り絞って、推しである、たかぴーの隣席をキープしたのだと確信した。凪ちゃん、凄いぞ!
「なんか…。お前、藤田さんみたいな口ぶりだな。」
「そりゃ、大人の女性から学ぶことは、沢山ありますかねっ♪実践できるかは別として。」
「でもさ…。鈍感な俺でも分かるくらいなんだけどさ…。11歳も違うと、実際どうなんだろうね…。俺が35歳で、相手が24歳とか…。」
増岡は小林の、あからさまな好意に、さすがに気付いていた。
「”恋のチャンスがあれば、楽しまなきゃなっ!”って、どっかの誰かさんが仰ってましたよ?冗談はさておき。……年齢は関係無いとは言い切れない。私も年齢差を気にしないと言えば、噓になるから。でもさ、相手が勇気を出してアプローチしてくれるなら、そして、自分もそれに応えたいなら、年齢は一旦、置いておけば良いんじゃないかな?お互い、いい大人なんだし。」
川野は、増岡にもその気があるのなら、心から2人を応援したいと思った。
真剣な顔で、前を向く増岡。
「うん、そっか。…なんかお前、変わったな。恋愛について、これほどお前から、深みのある言葉を聞いたのは初めてだよ。…山本のお陰だなっ。」
増岡がニヤリと笑った。
「そうかもね……。さあ、増岡君!レディーにばかり、頑張らせるのは良くないからねっ。今度、凪ちゃん誘って飲みに行こうよ!」
「…まぁ、3人なら…。待って!佐渡も呼ぼう。俺、男1人だと心細いから…。」
「はいはいっ!」
自分の恋愛に関しては、非常に弱気な増岡であった。




