準備を始めましょう
佐渡と川野が、外回りから戻って来た。
ガチャッ―
川野が、倉庫のドアを大きく広げて押さえ、その間を、佐渡が段ボールをいくつか積み上げた台車を、力いっぱい押しながら入って行く。
今日は、三笠企画が、長いお付き合いをさせてもらっている、紙工会社へ行って来た。
紙工会社にはいつも、こちらが企画した、特注のギフトBOXやコースター、ステッカーなどを加工してもらったり、年末に得意先に配る、三笠企画の社名入りカレンダーを作ってもらったりと、大変お世話になっている。
今回は、バレンタイン企画で使用する、特注のおみくじと、オーソドックスな絵馬を象った厚紙、店頭で配るチラシを受け取りに行っていたのだ。
「ふぅ〜っ!やっぱり紙は重いですね。」
台車を使用したとはいえ、運ぶのになかなか苦戦していた佐渡。
前髪が乱れ、真冬だというのに、顔に汗を滲ませている。
「ゴメンねっ。もうちょっと手伝えたら良かったんだけど。運ぶの任せてしまって。」
申し訳なさそうにする川野。
「いえいえ。男の僕でも重いのに、女性にやらせるなんて。それに、川野さんが力を入れる時の顔がゴリ⋯ふっ⋯。ちょっとすみません⋯ふふっ。勇ましくて、それ見ちゃうと⋯ちょっと、こちらが、力入らなくなってしまうので。」
紳士的な事を言うと思いきや、途中から笑いを堪えている佐渡。
車から段ボールを下ろす時の川野の顔が、よほど面白かったらしい。
「佐渡くーん。それはゴリラに失礼だよー。ゴリラはね、心が優しいんだよー。私と一緒にしたら可哀想だよー。私はそんなに優しくないからね。覚えとけよ?」
腕を組みながら、佐渡に睨みを利かした川野。
慌てて両手を合わせ、必死に謝る佐渡。
「すみませんっ。からかいたくなってしまって、つい。でも、逆に考えてみて下さい。普段の川野さんは可愛いってことですよっ。⋯コーヒー買ってきますっ!」
そう言って、佐渡は一瞬はにかみ、そそくさと休憩所へ行ってしまった。
倉庫に残された川野。
「可愛い?⋯年上のこの私に、可愛いって言ったよな。さては、増岡にまた何か吹き込まれたのか⋯?普段、あんな事を言うキャラじゃない。そう、キャラじゃないっ!何故だ⋯。」
佐渡の言葉を、褒め言葉とは捉えず、顎に片手を当て思考ポーズをとりながら、一人ブツブツと呟くのであった。
「さてっ!この絵馬ですが、全部で200枚あります。」
営業部のミーティングスペースに集められた、藤田さん、喜多見、加藤。
広く、丸みを帯びた四角いテーブルに、川野も含めて、等間隔に着席している。
「何これ、可愛い!川野主任が考えたんですか?」
声を弾ませながら、喜多見が尋ねた。
「ふっふっふっ。これはね、佐渡係長の案ですっ。素敵だよね〜☆」
「へぇ~、佐渡係長がっ。いつも不機嫌なイメージですけど、バレンタインでこういう案を考えるなんて、やっぱり仕事が出来る人は、違いますね。」
普段、増岡と組むことが多い、喜多見達にとって、佐渡はどこか取っ付きにくい存在らしい。
「あらっ、佐渡係長は気難しそうに見えて、実は思いやりのある、ピュアな人に見えますよっ。ねぇ、川野主任?」
大人の女性の藤田さんにとっては、佐渡の悪態も可愛いものだ。
「佐渡係長は、真面目な所が、ピュアに見えるかも知れませんね〜。ではっ!皆さんには、この絵馬に、この赤い紐を通して結んで頂きます。⋯⋯⋯こんな感じです。」
佐渡の話はさておき、川野は絵馬の完成形を1つ作り、皆に掲げた。
「よろしくお願いしますっ!」
「はーいっ。」
絵馬の組み立て作業が始まった。
「ピュアねぇ〜。でも、ザ・ピュアと言ったら、たかぴーじゃないですか?」
加藤が口を開いた。
「たかぴーって、増岡の事だよね?あれはピュアなのか?鈍感なだけじゃない?」
川野が否定をすると、加藤が目をらんらんとさせ、テーブルに身を乗り出してきた。
「川野主任、たかぴーと同期って聞きましたが、たかぴーって、新人時代どんな感じだったんですか?」
加藤はもしや、増岡に気があるのか?
いや、でも新年会では山本に興味津々だったような⋯。
川野は取りあえず、記憶の中から、増岡の情報をかき集めた。
「えっとね、新人時代はね、あれっ?でも意外と変わってないかも?ずっとあんな感じかな?年を重ねても、ずっと少年みたいだよね。同い年とは思えないくらい若々しいかも。」
「ほら〜っ!そんな気がしたんです。たかぴーは若いころからそうかなと思ってました。だからピュアに見えるんですね!」
「確かに⋯。」
今まで、気にしたことがなかったが、役職などは別として、増岡はずっと変わらない。
どちらかというと、自分の方が変わったかも知れない。
若い頃、泣き虫だった川野は、よく増岡に励ましてもらっていた。
辛いことがあれば、飲みやカラオケのオールも付き合ってくれたり。
左遷された時も、増岡がいなければ、もっと酷い扱いを受けていたかも知れない。
去年のクリスマスも、横浜支社の皆のところへ連れて行ってくれた。
けっこう世話になりっぱなしだ。
自分は逆に、増岡に何かしてあげて来ただろうか?
増岡との記憶を呼び起こした川野は、懐かしさと、申し訳なさが混ざり合い、複雑な気持ちになった。
(日頃のお礼に、たまには増岡に何かご馳走しようかな?)
そう思う、川野であった。




