真夜中の道
ほどなく、山本は静かに寝息を立て始めた。
川野は、右肩からゆっくりと山本の頭を、ソファーの肘掛けに下ろした。
そして、風邪を引かないよう、寝室から毛布を持ってきて、肩から足元まで、そっと掛けてやった。
気持ち良さそうに、横向きになりながら、スヤスヤと眠る山本。
川野はソファーの手前でしゃがみ、しばらく山本の顔を愛おしそうに見つめ、頭を優しく一撫でした。
「さてとっ。」
川野は立ち上がり、カバンの中にあった、エコバッグを取り出した。
そして再び寝室に入り、置きっ放しであった、私物の寝巻き、下着を回収した。
次は洗面所へ行き、ヘアーブラシ、化粧水などを次々とエコバッグに入れて行く。
「⋯」
川野の手が止まった。
自分の使用していた歯ブラシまで、まだ置いてあったのだ。
早く捨ててしまえば、良かったのに。
川野は、自分の歯ブラシを手に取りながら俯き、バックへ放り込んだ。
次はキッチンだ。
付き合って間もない頃、有楽町にある沖縄アンテナショップで買った、琉球ガラス製の色違いのペアグラス。
透明なガラスをベースに、それぞれ水色と緑色が差し色として、マーブル模様になっている。
川野がプレゼントしたものだったので、これは2つとも回収した。
次の彼女が出来た時に、棚にこんなものがあったら、良い気はしないだろうと思ったからだ。
まぁ、その頃には、山本が勝手に処分するかも知れないが。
最後はリビングだ。
山本のコレクションしている洋酒の入った飾り棚に、自分が持ってきた泡盛の瓶が2本入っているはずだ。
目の前に立った、川野。
棚の上には、青いリボンが結ばれたワインボトルと、赤いバラのブリザードフラワーが花束の形になり、華やかに飾られている。
その中央には“Happy Birthday”と、金色のプレートが差し込まれている。
きっと、永井達からもらった、誕生日プレゼントだろう。
それらをしばらく、ぼんやりと眺めた川野は、気を取り直して、洋酒の棚の中を確認し始めた。
だが、泡盛は2本とも無くなっている。
そのうちの1本は、山本と一緒に少しだけ飲んだのだが。
「捨てちゃったかな⋯。なら、仕方ないか。」
そう呟き、川野はエコバッグを抱え、山本の部屋を後にした。
午前0時
「外は寒いねっ。」
帰り道の川野は一人、哀愁に浸っていた。
山本の家から自分の家までの20分程の道を、ゆっくりと噛み締めるように、一歩一歩、歩いて行く。
「楽しかったな⋯。」
ほんのわずかだったが、あの頃の様に、山本と温かい時間を過ごせた。
そのまま一層の事、山本を思いっ切り抱きしめて、自分勝手だった事を必死に謝って、口づけを交わして、よりを戻して⋯。
でも、川野にはそれが出来なかった。
自分はこれからまた、仕事量が増えて忙しい時期に入る。
山本がもし、自分の事をまだ想っていてくれていたとしても、寂しがり屋の山本に、きっとまた同じ苦しい思いをさせてしまうはずだ。
それなら、もっと側にいてくれる、いい人と幸せになって欲しい。
「さようならっ。」
川野は時々、真っ暗な空を見上げながら、悲しくも、どこかすっきりとした気持ちで、歩いて行くのだった。
翌朝
トントン―
「失礼します。」
珍しく、山本が1人で営業部の事務所へ訪れた。
「川野主任、今よろしいですか?」
「あっ、ちょうど良かった!」
川野は振り返り、微笑んだ。
倉庫へ入って行く2人。
心配そうな顔をする佐渡と、自身のデスクで頬杖をつきながら、ニコニコしている増岡。
ガチャン―
「川野さん。⋯昨日はすみませんでした。送ることもせずに、眠ってしまって⋯。大丈夫でしたか?」
山本が、申し訳なさそうに頭を下げた。
「こっちは全然、大丈夫だよっ!二日酔いは平気なの?」
「えぇ、少し頭は痛いですが、大丈夫です。⋯あの、川野さん。お詫びと言ってはなんですが⋯」
「お詫びなんて、大丈夫だって☆困った時はお互い様でしょ?」
山本の話を遮って、川野は話し続けた。
「これ⋯、哲也君の私物。いつまでも私の所に置いておくと、使う時困っちゃうでしょ?⋯これで全部だから。」
そう言って、紙袋に入れた山本の衣類を掲げた。
「それと、これ⋯。」
川野は、別れてからずっと返しそびれていた合鍵を、そっとデスクの上に置いた。
「⋯⋯やっぱりダメか。⋯光の私物、全部無くなってるんだもの。こうなる事⋯⋯想像はしてたけど。⋯やっぱりシンドいなっ⋯。」
そう言って、山本は瞳を潤ませた。
「⋯⋯先に行って下さい。一人になりたいので。」
「⋯今までありがとう。」
ガチャン―
これで良かった。
川野は、胸が苦しむのを必死に抑えながら、そう呟き、倉庫を後にした。




