肩を貸しましょう
強引にタクシーに乗せられた川野。
山本は、運転手に行き先を伝えたっきり、無言を貫いている。
川野も今は、何かを話す気になれない。
例え話しかけても、無視を決め込まれる事は、目に見えている。
非常に気まずいが、我慢だ⋯。
15分ほど経っただろうか。
タクシーが、山本のマンション前の道端に停車した。
川野の座る左側のドアが開き、料金を提示された。
「交通系で。」
山本はそう言って交通系ICカードでピッと精算し、川野に声も掛けず、右側のドアを手動で開けて降りて行った。
「ちょ、ちょっと!」
山本は一体何をしたいのか?
訳が分からず戸惑う川野は、運転手に会釈をしてから慌ててタクシーを降りた。
すると、先を歩いていた山本がピタリと足を止め、川野の方を振り向いた。
左腕を垂直に上げている。
「川野さーんっ。酔っ払って1人で歩けないので、支えて下さいっ。」
どの口が言うのか!!
さっきまで、フラつきながらも勢い良く、スカして歩いていたではないか!
突っ込みたいのは山々だったが、川野は取りあえず肩を貸してやる事にした。
高身長の山本は、川野とは20cm近くの身長差がある。
普通なら肩を組みづらいはずだが、山本はこっそり膝を少し曲げ、川野が支えやすいようにしている。
エレベーターに乗り込む2人。
「ふふっ、川野さんって、力持ちですね。」
前を向いたまま、笑う山本
しぶしぶ肩を貸してやっているのに、小馬鹿にしてくる山本に、川野はイラついた。
「普段から散々、永井さんに腕組んでもらってるんだから、そのまま介抱してもらったら良かったのに。」
川野が、そう冷たく言い放った。
仏頂面に戻る、山本。
「⋯永井は川野さんと違って華奢だから、俺を支えられないですよっ。」
なんて男だ!
私の方がガタイが良いと?
いや、それは事実だが、言い方ってものがあるだろう。
山本の言葉に、川野は更にイラつくのであった。
エレベーターが、山本の部屋がある5階に止まった。
川野にとって、久しぶりの光景だ。
そして、もう二度と訪れない場所だと思っていたのだが。
「あぁ、⋯ちょっと気持ち悪くなるので、あまり下を向けません。川野さん、合鍵まだ持ってますか?」
そうだ、あまりに急に別れたから、返しそびれていた⋯。
取りあえず、今日返そう。
そう思いながら、川野は自身のカバンの中を、漁り出した。
「⋯ありますよ、財布の中に。あっ!別れてから、っというか、無断で入った事は一切ないからね!」
川野は、未だに合鍵を持っている事の大変さに気付き、慌てて身の潔白を訴えた。
「⋯⋯忙しくて、それどころじゃなかった事くらい、分かってますよ。⋯早く開けてください。」
「はいっ。」
ガチャ、ガチャッ―
「お邪魔します。」
「どうぞ。」
懐かしい、山本の部屋の匂い。
甘くてスパイシーな香りが全体に、ほのかに漂っている。
呼吸をする度に、ここで楽しい時を過ごしていた事を思い出し、胸が苦しくなる。
早く帰りたい⋯。
玄関まで送り届けて、川野は帰ろうとしたが、山本が肩を解いてくれないので、仕方なくソファーまで運ぶ事にした。
「よいしょっ!」
2人同時に、勢いよくソファーに腰を落とした。
「はぁっ⋯。川野さんて、こういう時、乱暴ですよね。もっと優しくして下さい。」
「あのね、ここまで運んで来てあげたんだから、文句言わないで下さい。じゃあ、喋れるくらい元気そうなので⋯さようならっ!」
川野は、山本が油断した隙に、急いで立ち上がろうとした。
が、駄目であった。
山本は、川野の肩に回していた腕に再び力を入れ、ガッチリとホールドして、彼女の動きを封じてしまった。
「もうっ!一体何なの?早く帰りたいんだけどっ!」
先程からの山本の態度に呆れた川野は、とうとう声を張り上げた。
「⋯取って食ったりしませんから。⋯何もしませんから。」
山本は川野に回した腕をそっと外し、川野の右肩にもたれかかった。
つい1ヶ月前は、2人でよく食後にこうしてソファーで寛いでいた。
どちらからともなく肩にもたれかかり、肩を貸した方は、自然と相手の頭を撫でていた。
でももう、あの頃の関係ではない。
愛しい山本の頭を、撫でたい気持ちをぐっと堪えて、川野はただただ前を一点見つめている。
山本は今、どんな表情をしているのだろうか?
「⋯⋯川野さんは、永井の事どう思ってますか?」
「永井さん?⋯綺麗で明るくて、積極的な子だなって思うくらいかな。」
「そうじゃなくて⋯。俺と腕組んでる姿とか⋯。」
「あぁ。⋯美男美女で、お似合いだから良いんじゃない?周りも、もう見慣れたと思うよ?」
「はぁ⋯。」
山本はため息をつき、姿勢を起こした。
「永井が役職に付いてないのは、知ってますよね。アイツは、俺と少し似ているんですよ。容姿で誤解を受けやすいんです。人との距離感もおかしいので、周りから浮いてしまって。素行も悪く見えてしまうようで。同期は本社にもっといるんですけど⋯。新人時代から、くせ者の俺と永井と佐渡が、自然と身を寄せ合ってたんです。」
山本の方に視線を向け、真剣に話を聞く川野。
山本が話を続けた。
「俺の腕を掴むのも、不安の表れだと思うので。仕方ないと思ってます。佐渡は部署が違いますし、永井が本社から来てくれてるのも、俺が新人を辞めさせたのが原因ですからね。」
「⋯そっか。じゃぁ、責任持って支えてあげなきゃね!」
川野はニコッと微笑んだ。
自分も辛い時、増岡や辞めていった同期達が、何度も支えてくれた。
川野は、山本の永井への純粋な優しさを、自分の知らない山本の一面を、垣間見ることが出来て心底良かったと思った。
そして自分が、増岡を“仲の良い同期”のたった一言で片付けて、気付こうともしなかった、山本の増岡への“嫉妬”という感情を、本当の意味で理解できた気がした。
ピロリロリン♪―
スマホが突然、鳴り出した。
川野は慌てて、ソファーの脇に置いたカバンから、スマホを取り出した。
画面を見ると、佐渡からだった。
恐らく、その後どうなったのか心配で、電話をして来てくれたのだろう。
電話に出ようとした、その時。
ギュッ―
「川野さん⋯。出ないで下さい。」
愛しい人に、背中から力強く抱きしめられ、そんな言葉を耳元で囁かれたら⋯。
川野は、今にも目眩を起こしそうなのを、必死にこらえた。
「⋯でもさ、出ないと。永井さんもきっと心配してるだろうし。」
実は、山本の方のスマホにも、永井から何件も電話が掛かってきてたようだ。
マナーモードで気付かなかったのか、わざと気付かないふりをしていたのか。
「⋯嫌です。もう沢山です。」
「じゃあ、せめて山本さんから、永井さんに電話して下さい。安心すると思うので。」
「嫌ですっ。⋯今、動いたら気持ち悪くなって、戻しそうです。」
川野を抱きしめて離さない山本。
顔を川野の背中に埋め、今にも泣きそうな声でワガママを言っている。
その意地らしい姿に、ぐっと来てしまった川野。
別れてしまったけど、この愛しい年下男子を泣かせたくない。
「分かったよ。メールなら良いでしょ?(スマホ画面ポチポチ)“無事に山本係長を送り届けました”よしっ!おいでっ!」
佐渡にメールを送った川野は、山本の方を振り返り、自分の右肩を勇ましくガシガシッ!と叩いた。
川野に言われるがまま、再び肩にもたれかかる山本。
「⋯⋯本当は、二次会行きたかったですか?」
川野の気持ちを試すように、山本が尋ねた。
「うーん、まぁね。でも、元カレの介抱ってのも悪くないね!今日は特別に君が眠るまで、この右肩を貸してあげるよ☆」
もっと甘い展開を期待していた山本は、ガッカリした。
それでも今夜再び、川野を独占出来たような気持ちになり、幸福感が否めない。
そしてこれ以上、求めてしまうと、この幸福を壊してしまうかも知れない。
だから今はこのまま、川野からの温もりを感じながら眠りたい。
そう思う山本であった。
遠慮気味に、川野の右手が山本の頭を撫で始めた。
「⋯⋯ふふっ、ありがとうございます。川野さんっ。」
ここ最近で一番の笑顔を浮かべ、瞼を閉じる山本であった。




