責任取って下さい
山本はいつもにも増して、仏頂面になっていた。
取り分けられた料理にも手を付けず、勢いで頼んだウイスキーのロックダブルを3杯、テーブルに並べて、端のグラスから手に取り、無言でチビチビ飲んでいる。
誰も話しかけるなオーラを漂わせ、まるで、自分の殻に閉じ籠もっているみたいだ。
川野は、随分と悪ノリをしてくれた増岡と佐渡に、対抗策を打った。
まず、営業部のテーブルの方を振り向き、小林を手招きした。
先程までの、3人の茶番劇を見ていた小林は、増岡が川野の事が好きなのだと誤解をし、凹んでいるようだった。
「凪ちゃん、この人は酒が入って、悪ノリしてただけだからね。気にしないでね。」
小林に、小声で耳打ちをする川野。
コクリと頷く、小林。
「さ〜て。増岡く〜ん!小林さんが、色々と増岡君に聞きたい事があるらしいよっ☆恋愛のアドバイスとか得意だよね?後はよろしくね〜!⋯逃げるなよ?」
「えっ?」
「か、川野主任!それは、心の準備がっ。」
戸惑う2人をよそに、自分が座っていた席を、笑顔で小林に譲った。
恥ずかしそうに増岡に会釈をして、カウンター席に座る小林。
増岡は、その態度を見て、小林が自分に気があるのでは?と、何となく察した。
察してしまい、借りてきた猫のように、急に大人しくなった。
果たして、2人の会話は盛り上がるのか?
制裁すべき人物が、もう1人残っている。
上司の企みに加担した佐渡だ。
この際、手段は選ばない。
「永井さ〜ん!佐渡係長が、寂しがっています!本当は、そちらの席に行きたいそうで〜す。」
「川野さん、それはあんまりです。」
眉間に皺を寄せる佐渡。
「恵介、寂しくなっちゃったの?こっち、詰めれば座れそうなので、良いですよ〜♪哲也が喋らなくなっちゃって、退屈してたんですぅ。」
永井は、嬉しそうに周りに声をかけながら、自分の隣に佐渡の席を準備し始めた。
向かいに座る喜多見と加藤も、山本の無言の威圧感から救われると思い、佐渡を大歓迎した。
乗り気でない佐渡に、笑顔の圧をかけて送り出し、川野は小林が座っていた、営業部のテーブルの席に着いた。
「皆さん、お疲れ様です!乾杯〜!」
川野は、飲んでいた泡盛のグラスを片手に、同じテーブルのメンバーと乾杯をした。
ちょうど出てきた、だし巻き玉子に手を付ける川野。
「川野さん、随分とモテてたわね〜♪」
向かいに座る藤田さんが、声を掛けてきた。
「あ〜。さっきのですか?(モグモグ)あれは増岡の悪ノリなので。佐渡君は、付き合わされた感じですね。」
完全否定をする川野。
「そう?ただの冗談で片付けるには、勿体ないわね。うふふっ。火力が強すぎた気もするけど⋯。こういう席は、楽しんだ者勝ちね!」
そう言って藤田さんは、赤ワインの入ったグラスを川野に掲げ、ウインクをした。
火力とは⋯。
川野にはよく分かっていなかったが、藤田さんと再び乾杯をした。
その後、川野は営業部のメンバーと、仕事の愚痴や笑い話をしながら、時々、カウンター席に座る、ぎこちない増岡と小林にチャチャを入れて宴会を楽しんだ。
あっという間の2時間だった。
経理部の村上課長が、締めの挨拶を始めた。
「本日はお忙しい中、お集まり頂き、ありがとうございます。縁もたけなわですが、一丁締めで、締めたいと思います。よーおっ!」
パンッ―!
「これから二次会やりますので、参加される方は、下へ降りたら、その場で残っていて下さい。」
二次会の幹事を任された増岡が、口に手を添え、全体に呼びかけた。
「私はこれで失礼しますね!皆さん、お疲れ様でした。」
「僕も、あまり遅くなるとカミさんに怒られてしまうので、これで失礼します。」
そう言って、藤田さんと沼田さんは会場を後にした。
だいぶ疲れ切った佐渡が、川野の元へ来た。
「川野さん⋯。先程は、申し訳ございませんでした。⋯二次会は行きますか?帰っちゃいますか?」
どうやら、川野の行動に合わせようとしているらしい。
「それはもう、行くしかないでしょ☆」
営業部の仲間とワイワイしながら、泡盛を存分に堪能した川野は、すっかり機嫌が良い。
二次会のカラオケも行く気満々だ。
その時だった。
ドスッ―
「嫌だ〜っ!哲也、大丈夫?」
永井の心配そうな声が響き渡った。
山本が、掘りごたつから出る際に、コケたらしい。
無言で立ち直す山本。
ゆっくりとはいえ、結構な量のウイスキーを飲んでいたため、足元がふらついている。
川野は心配になったが、永井もいるので自分が関与することではないと、山本に声を掛けずに、佐渡と会場を後にした。
エレベーターで地上まで下りると、ほとんどの社員が二次会を希望し、残っていた。
川野達の次のエレベーターで、永井と山本が降りてきた。
「お疲れ様でしたっ。」
腕を支え、心配する永井をよそに、周りの社員に挨拶をしながら、ふらつく足取りで歩いて行く山本。
「おい山本、大丈夫か?」
増岡が声を掛けた。
自分と佐渡が行った、ヤキモチ焼き作戦が、予想以上に効果があったようで、少し責任を感じているようだった。
「大丈夫ですよ?責任を持って、介抱してもらうので。」
そう言って、増岡を一瞬、ギロッと睨んだ山本。
永井の腕を振り払い、ふらつく足取りを速め、佐渡の横に立つ、川野の腕を掴んだ。
「⋯責任取ってください。」
「えっ?はいっ!?」
そのまま、川野の腕を引っ張り、無言で目の前のタクシー乗り場へ向かう山本。
川野は抵抗する事も考えたが、あまりの力強さに抗えない。
「おいっ!」
佐渡は制止しようとしたが、山本は怒っているのか、ふらついていても迫力があり、それ以上、止める事が出来なかった。
なぜ川野なのか?
と、他の社員も不思議がっているので、誤解されないように、川野が苦し紛れの釈明をした。
「あっ、最寄り駅が同じってなだけなので。途中まで見届けますね!お疲れ様ですっ!うわっ!」
バンッ―
釈明が終わる頃にはすでに、山本に引っ張られるまま、タクシーに乗せられた川野。
周りがザワつく中、タクシーは発車した。




