お酒が進む話題です
山本の誕生日から、数日が経った。
相変わらず、永井は山本を連れ、営業部へやって来る。
佐渡は川野の気持ちを考え、彼女達が来たら、自分から廊下へ出て話すようになった。
山本は言葉をほとんど発しない。
どんな気持ちで、ここまで来ているのか。
川野の事など、とっくに忘れて、同期との会話を微笑みながら楽しんでいるのか。
怒った顔をして、川野の後ろ姿を見下ろしているのか。
まだまだ未練があって、切なげに眺めているのか。
川野は、決して振り返らない。
山本がどのような表情をしていても、それを確認してショックを受ける事が恐いのだ。
今日は、第二支社の新年会だ。
支社全体の飲み会は、この新年会と、お盆明けの納涼会の2つを行う。
忘年会は、企画・営業部が多忙なため、支社の全体行事には無く、やりたい者が各自で行っている。
定時になり、帰り支度を終えた社員達が、ぞろぞろとエレベーターの方へ向かっている。
皆、久々の飲み会が楽しみなのか、軽い足取りで営業部の前の廊下を通って行く。
永井が事務所に顔を出して来た。
もちろん、隣に山本を添えている。
「恵介〜!終わった?一緒に行こうよ!」
「チッ!いちいち、うるせえな。勝手に先に行けよ!」
“しっし”と、片手で追い払う佐渡。
「もうっ!せっかく誘ってあげたのに〜。ホント冷たいんだからっ!席も空けといてあげないからねっ!哲也、行こうっ!」
プリプリ怒りながら、永井は山本の腕を引っ張りながら行ってしまった。
川野も、今日は定時で上がれる。
帰り支度までしていたが、永井と山本と同じエレベーターに乗りたくはないので、自分の席で、動くタイミングを伺っていた。
「川野、ちょっと。佐渡も良い?」
同じく、帰り支度を終えた増岡が、声を掛けてきた。
増岡の席に、2人が集まった。
「え〜っと?最近の事務所の雰囲気はどうかな?俺、昼間はあまり、ここに居ないからさ。」
話を投げた割に、廊下をキョロキョロ見渡しながら、心ここにあらずな増岡。
「そうですね。雰囲気は良いですよ。皆さん、自分の持ち場もしっかりやって下さいますし。時には、こちらの企画に意見も出してくれますし。」
佐渡も答えながら、廊下の方を気にしている。
「私も、良い雰囲気だと思うよ!皆さん優しいし、仕事にも意欲的で、一体感があるよね。」
2人の様子が気になったが、とりあえず聞かれたことに答える川野。
「ご意見ありがとうございます。⋯よしっ。じゃあ!俺らも、新年会行きますかっ!」
タイミングを計ったように、増岡は自分から振った話を切り上げた。
「初めて行くお店♪楽しみ〜っ!飲み放題じゃん?泡盛置いてるかな?」
「あの店は、刺身もだし巻き玉子も、何でも美味しいですよ。」
「確か、無くなってなければ1種類だけ泡盛あった気がする。今日は飲むぞー!川野ー!」
そんな他愛のない話を繰り広げながら、川野達も会社を後にした。
「いらっしゃいませ~。三笠企画さんですね、こちらへどうぞ。」
今日の会場は貸切だ。
オーソドックスな日本料理の居酒屋で、サラダや舟盛り、寄せ鍋や串揚げなど、一通りコースで出てくる。
店内は、入口から縦にカウンター席が並び、奥には8人掛けの掘りごたつ席が2つ。
片方のテーブルが経理部で、もう片方のテーブルが営業部と、だいたいメンバーが固まっているのだが、川野が周りを見渡すと、経理部の山本と永井の前を、営業部の20代女子社員、喜多見と加藤が陣取っていた。
どうやら、滅多に接することのない、山本が目当てのようだ。
席を弾かれた経理部の小林は、営業部の藤田さんや三浦君と一緒に座っていた。
川野達3人は最後の到着だったので、既に掘りごたつ席が埋まっていた。
そのため、入口からL字型に曲った、カウンター席の奥に案内された。
川野は、手前の方に小林もいるので、営業部のテーブルに一番近い端の席に腰掛けようとしたが、増岡が制止した。
「せっかくだから、川野はここに座りなよ。佐渡も話したいと思うから。」
そう言い、増岡が代わりに、川野が座ろうとした席に着いた。
佐渡も異義は無かったようなので、川野は佐渡と増岡の間に座る事となった。
経理部の村上課長が、乾杯の挨拶を始めた。
「皆さん、改めまして、今年もよろしくお願いいたします。久々の支社全体の宴会という事でね、お互いの親睦も深められたらと思います。本日は無礼講ということで。乾杯っ!」
「乾杯ーっ!」
生ビールのジョッキをカチャンと合わせ、勢い良く飲んで行く社員達。この支社は割りかし、いける口の人が多いようだ。
経理部のテーブルは、さっそく山本を中心に女性陣が質問攻めをしている。
窓際の上座に座る、村上課長が定期的に“よっ!山本くんはモテるね〜”と合の手を入れている。
男性陣は、永井に話しかけたいのだが、永井も山本との会話に夢中なので、なかなか思い通りにならないようだ。
営業部のテーブルは和やかだ。
藤田さんがムードメーカーになり、小林が孤立しないよう配慮しながら、優雅なトークを広げている。
小林の隣に座る三浦君は、人見知りのせいか、少し緊張気味だ。
沼田さんはというと⋯。
今日は開放日だ!と言わんばかりに、ビールジョッキを片手に、山盛りに盛った、シーザーサラダをモリモリと食らっている。
カウンター席の3人は、サラダや刺身をつまみながら、いつもの様に仲良く会話をしていた。
「川野〜。もう酒が空だぞ。そろそろ、あれ飲もうぜっ!」
川野と増岡は開始早々、すでにジョッキを2杯ずつ飲み干していた。
「そうだね。せっかくお刺身もあるし⋯。いっちゃいますか!佐渡君は何が良い?」
「2人とも、流石ですね⋯。僕は、烏龍茶にします。」
「OK!すみませんっ!泡盛ロック2つと烏龍茶1つ下さいっ!」
増岡が近くの店員に、声を掛けた。
さっそく、カウンターに届いた泡盛と烏龍茶。
「川野さん⋯。泡盛ってどんな味ですか?」
酒の苦手な、佐渡が尋ねてきた。
「そうだね〜。香りが良いんだよね。少し匂いかいでみる?」
そう言って、川野は佐渡に、自身のグラスを近付けた。
グラスに鼻を近付ける佐渡。
「多分、飲まないと、本当の香りは分からないと思いますが、嫌いじゃないです。」
「そっか、良かった!ではでは、さっそくいただきますよ〜。(グビッ)⋯くぅぅ〜!美味いっ。」
泡盛を一口飲んで、渋い男前の顔をする川野。
「はははっ!お前、泡盛飲む時、いつもその顔するよな。男前になってるぞっ☆」
ニコニコしながら、茶化す増岡。
佐渡も、川野の顔を見て笑っている。
すると、今まで経理部のテーブルで、女性陣から質問攻めを受けても“うん”とか“まぁ”と適当に流していた山本が、急に声の音量を上げ、話し出した。
「さっきの質問、好みのタイプとかは無いですが。苦手なタイプならいます。」
山本の声は、少し離れたカウンター席まで聞こえて来る。
食いつく女性陣。
「まず、誰にでも馴れ馴れしく、愛想の良い人は嫌です。いつも、男に囲まれてる人も対象外です。恋人がいるのに、他の男とも仲が良いなんて。」
女性陣から悲鳴が上がった。
普段、ポーカーフェイスでクールに見えるが、意外と独占欲の強い男なのでは?というギャップに、メロついている。
「えっ!それって私の事?私は、哲也と恵介以外の人と、仲良くしてないよっ?」
山本の隣で、永井が可愛く拗ねている。
構わず、山本は続けた。
「あと、自分勝手な人も嫌ですね。人当たりが良いと見せかけて、人の気持ちが分からないとか、最悪です。流されやすい人も。フラフラしていて浮気しそうなので。」
カウンター席の3人には分かっていた。
山本は明らかに、隣の永井にではなく、川野への当てつけで言っているのだ。
経理部のテーブルに、背中を向けたまま、黙り込む川野。
もう、終わった事なのだから、自分好みの女を見つければ良いのに。
こんな公の場で、周りが知らないとはいえ、わざわざ皮肉を言ってくるとは。
川野が俯いていると、増岡が川野の方を向き、カウンターに両手で頬杖をつきながらニッコリと笑った。
「光っ。俺は光の笑顔、大好きだよっ。会社辞めずに、第二支社に来てくれて、ありがとうなっ。」
急に下の名前で呼ばれた川野は、違和感を覚えた。
違和感を覚えたが、慰めてくれてるのだろうと思い、感謝した。
「こちらこそ、拾い上げてくれて、ありがとう。感謝してるよ。」
「光はさっ、頑張り屋さんだからなっ!そういう所も好きだよ。ノリの良いところも好き。あと、男らしくて、泣き虫な事を隠すところも。いじらしいよなぁ。俺、光を泣かせる奴がいたら許せないかもっ。」
川野を見つめながら、囁き続ける増岡。
「うん。気持ちはありがたいんだけど⋯。さっきから何?」
川野には分かる。
普段、好きな子にも、ろくに好きだと言えない奴が、こんなに堂々と好き好き言うのは、裏がある。
増岡は、何かを企んでいるはずだ。
川野に見抜かれて、焦る増岡。
自分の技量では、どうにもならないことを悟り、増岡は、川野の向こう側の佐渡に、目配せをした。
サッ―
とっさに佐渡が、川野の左手を握った。
驚く川野は、思わず佐渡の顔を見た。
「増岡課長だけズルいです⋯。光さん⋯。僕も、光さんの明るくて聡明な所が好きです。光さんが来てくれてから、僕も仕事がいっそう楽しくなりました。以前、作ってくれたチャーハンも美味しかったです。」
耳が赤くなりだした川野。
増岡は悪ノリする質だが、佐渡は基本、真面目だ。
実際に、告白もされた事があるため、増岡の企みに加担してると分かっていても、思わず恥ずかしくなってしまう。
「よしっ、光っ!二次会のカラオケでは、俺といつものラブソングをデュエットしよう。」
「今日は僕の渾身のバラードを、光さんに捧げます。」
川野を見つめる、増岡と佐渡。
まるで恋愛ゲームの主人公か?
こんな茶番、何のために⋯。
川野の耳は、すっかり真っ赤に燃えている。
川野を口説くような2人の囁きは、周りのほとんどの者にとっては興味が無く、聞こえていないだろう。
聞き耳を立て、その様子に反応していたのは、恐らく、小林と藤田さん、あと一人⋯。
「すみません!ウイスキーロック、ダブルで。3つお願いします!」
(思惑通り☆)
経理部のテーブルを振り返り、増岡がニヤリと笑った。




