Happy Birthday
経理部に永井が来てからというもの、毎日の様に営業部のオフィスに、永井が山本を引き連れて、佐渡に会いに来る。
川野は、その場にいたくないのだが、何せオフィスの出入口に一番近い席なので、自分はお邪魔だと思いつつ、後ろに立つ永井と、向かい側の席の佐渡の会話に挟まれて、じっとしているのだった。
ある時は、ランチの誘いだったり、ある時は、飲みの誘いだったり⋯。
佐渡はその都度、嫌な顔をしているが、休憩時間や終業時間に顔を出すので“わざわざこっちに来るな!”とまでは言えないようだ。
山本は、ほとんど話さない。
話さないが、こういう時はきっと常に、永井に片腕を掴まれてるのだろう。
そんな事が続いたある日、佐渡が急に川野をランチに誘って来た。
「あぁ~、もうすぐ昼休憩だ。また、あの暑苦しいのが来ると思うだけで疲れるっ。川野さん、ちょっと僕、限界なので。今日のランチ、一緒に外に出ませんか?」
同期とはいえ、相性というものがある。
佐渡は、永井を嫌っている訳では無いが、根本的な性格が噛み合わず、イライラしてしまうようだ。
「良いですね。私も、全く関係ないのに、同期の皆さんの輪の中に、勝手に物理的に存在してしまって、申し訳ないなと思ってたんで。」
「あぁ、本当にすみません⋯。僕が廊下に出れば済む話なのですが、アイツと会話をしたくないという本能が。どうしても僕を、席から立たせようとしないもので⋯。川野さんにも不快な思いさせて、申し訳ないです。」
「いえいえ、同期が仲が良いのは、素敵な事!さて、何を食べに行きましょうか?」
川野は微笑んだ。
永井と山本の関係は、気になるところではあるが、同期は特別という気持ちは、重々理解できる。
「ヤバいっ、モタモタしているとアイツが来るので。休憩入りますっ!藤田さん、永井が来ましたら、外回りに行ったと言っておいて下さい。ほらっ、川野さん早くっ。」
「うふふふっ。承知しました。若いって良いわね〜!いってらっしゃーい♪」
優雅に、手を振る藤田さん。
「休憩、行ってきます!」
佐渡に促されるまま、川野は事務所を後にした。
2人は、佐渡の提案で、会社から歩いて7分くらいのカフェに入った。
「なるべく、アイツらに見つからずに休憩時間を使い切りたいので、ここにしましたが⋯。川野さん、大丈夫でしたか?」
「もちろんっ!私普段、お昼は会社内でも、外回りでも、コンビニで済ませる事が多いから、嬉しいよ!どれも美味しそ〜。何食べようかな?」
豊富なランチメニューを眺めながら、真剣に迷う川野。
「佐渡君は何が良かな?私はオムライスにしようっ!」
「川野さんて、オムライス好きですよね。」
「うん!大好き!なんか、ふわとろ玉子を食べていると、バターの香りとその柔らかさで、口の中が癒されるんだよね〜。あっ、前に銀座で食べた、デミオムライスも、めちゃくちゃ美味しかったよね♪」
「確かに⋯。美味しかったですね。⋯⋯僕もオムライスにしようかなっ。」
「ぜひぜひっ。すみませーん!注文良いですか?オムライスのランチセットを2つ。ドリンクは⋯どちらもホットコーヒで。お願いしま〜す。」
以前、2人でデートをした、銀座のレトロな喫茶店。
川野は、話の延長線で何気なく話題に出したが、佐渡にとっては、自分との1度きりのデートが、ちゃんと川野の中で記憶されている事が、嬉しかったようだ。
提供された、オムライスを食べ出した2人。
「いただきまーすっ!(モグモグ)⋯ん〜、玉子トロトロで美味しいっ。デミソースも好きだけど、この王道ケチャップも、たまらないよね〜。(モグモグ)」
頬を手で包みながら、幸せそうな顔をする川野。
「いただきますっ。(モグモグ)⋯うん、美味しいです。僕もオムライス好きな方なので。」
その美味しさに、思わず顔がほころぶ佐渡。
「そっか、そっか!じゃあ今日はここへ来て大正解でしたね☆(モグモグ)⋯あぁ、もう、美味しすぎてすぐ減っちゃう。せっかく、ゆっくりしたいのにね。早食いの癖、直さなきゃね。」
「そうですね。でも、時間とお腹に余裕があれば、デザートを食べるって手もありますので。川野さんなら行けるんじゃないですか?」
佐渡の甘いスイーツへの誘惑に、川野の目は、輝くのであった。
オムライスを食べ終え、おまけにガトーショコラまで食べた2人。
久々にお互い、ゆったりとしたランチタイムを過ごせたようで、とても機嫌良く、事務所へ戻って来た。
藤田さん曰く、川野達が外出した後すぐ、永井は山本を引き連れ、やって来たそうだ。
中へは入らず、廊下から事務所内を見渡し、佐渡を探していたが、途中で諦め、エレベーターの方へ向かったそうだ。
藤田さんの話を聞いて、佐渡は“勝負に勝った”と言う様な、誇らしげな顔をしていた。
満腹になり過ぎて、午後は眠気との戦いになったが、定時までなんとか乗り切った。
川野は、まだ少し仕事が残っているが、一時期に比べ、だいぶ仕事が落ち着いている。
同僚達も、今日はほぼ定時で上がれるようだ。
トントン―
「失礼しまーす。恵介〜!お昼どこへ行ってたの〜?もうっ!今日のこと忘れてないでしょうね?」
仕事終わりの永井が、事務所に入って来た。
自分の席でパソコンをじっと見つめながら、固まる川野。
「おいっ。まだこっちは仕事が残ってるんだよ⋯。あと30分で済ませるから。先に行っててくれ。」
ソワソワしだす佐渡。
「え〜!?信じられないっ!今日は哲也の誕生日をお祝いするって約束してたじゃんっ!哲也、私と2人っきりだと行かないって言うんだもんっ。早く終わらせてよ!」
永井が拗ねながら、佐渡を責める。
きっと永井の隣には、腕を掴まれた山本もいるのだろう。
永井と川野の顔を交互に見ながら、佐渡が言葉を絞り出した。
「わかった⋯。5分だけ待ってくれ。すぐ行くから、下で待っててくれ。」
「5分だけだよ?恵介、早く来てねっ♪」
永井はすっかり機嫌を直し、山本と事務所を後にした。
「⋯⋯川野さん、黙っててすみません。余計なお世話だとは思ったのですが、あまり川野さんの耳に入れたくなかったんです。」
心配そうに、川野を見つめる佐渡。
今日は山本の誕生日。
同期3人で誕生日パーティをすることを、川野が知ったら良い気はしないと思い、昼間もあえてランチに誘ったのだった。
結局今、耳に入ってしまったが⋯。
「なんで謝るの?同期でお祝いなんて、素敵じゃない!逆に、気を遣わせて申し訳なかったね。ありがとうね!ランチも楽しかったよ!」
佐渡の心配そうな顔に、必死に笑顔を作る川野。
「僕はそれ程、性格の良い人間ではないのですが、あえて一言。永井は、根っからの恋愛体質で、距離感がおかしい奴です。⋯あまりモタモタしていると、取り返しがつかなくなりますよ。⋯で、山本に伝える事はありますか?僕からで良ければ、伝えますよ。」
帰り支度を始めながら、佐渡が言った。
何とも、ぎこちない優しさだ。
「大丈夫!特に何も無いですっ。誕生日会、楽しんできてね。」
「はぁ⋯。分かりましたっ。お先に失礼します。お疲れ様です。」
川野に呆れたのか、憤った様子でため息をつきながら、佐渡は事務所を後にした。
カチッ、カチッ―
営業部の事務所には、川野がただ一人残された。
マウスの操作音が、淡々と響いている。
他の同僚達はすでに帰ってしまい、増岡は外回りから直帰のため、いない。
カチッ、カチッ―
⋯⋯
スタスタスタ―
ガチャン―
川野は、倉庫に駆け込んだ。
以前、使っていたデスクに崩れ落ち、顔を伏せた。
「⋯⋯ック、⋯⋯ック、⋯⋯グスン⋯。ホントは⋯ッ、哲也君と⋯ッ、一緒に⋯ッ、クリスマスデート⋯ッ、したかった⋯ッグ⋯年越しも⋯ッ、一緒に⋯ッしたかった⋯ック、⋯グスン、⋯温泉行って⋯ッ、お誕生日⋯ッ、サプライズで⋯ッ祝おうと思ってたのに⋯ッ。⋯ッグスン。ずっと⋯ッ、一緒に⋯ッいたかったのに⋯グッ。」
川野が山本の誕生日を、忘れるはずがなかった。
新年には、2人で温泉旅行へ行こうと約束していた。
川野は、忙しい合間を縫って、旅館の予約をしていた。
そこで誕生日を祝う計画も立てて、プレゼントも絞り込んでいた。
でも別れた今、部署も違う、友達の関係でもない山本に、おめでとうの一言も言えなかった。
言ったところで、嬉しいはずがないと思ったからだ。
川野の、心の底の蓋が開いてしまった。
必死に消そうとしていた、山本への思いが溢れて来てしまった。
苦しい胸を抑えながら、ずっと声を抑えて泣く川野。
いつも人前で泣くことも無く、こうして1人の時でも静かに泣く。
若い頃のように、思いっ切り泣き叫べば、気が晴れるのだろうか。
川野の涙を、その泣き顔を、山本への切ない思いを、この薄暗い倉庫が、全て包み隠す。
決して誰にも、見られないように。
しばらくして、少し落ち着いたのか、袖で涙を拭きながら、川野が顔を上げた。
「あぁ、明日が休みで良かった⋯。もう瞼腫らした所なんて、周りに見せられない。⋯⋯仕事に戻ろう。」
こうして川野は、営業部のオフィスへ、戻って行った。




