同期のマドンナ
年が明け、仕事始めの日がやって来た。
とは言っても、企画・営業部は元旦から、出勤できる社員は仕事をスタートさせていた。
全体朝礼のため、休憩場に集合する社員たち。
それほど広くは無いスペースに、企画・営業部と経理部の社員20名ほどが密集する。
朝会を仕切る、経理部の村上課長が、新年の挨拶を始めた。
「皆さんね、新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。企画・営業部は元旦から始動されていてね、ご苦労様です。まだまだ、お正月気分の人もいると思いますが、ケガとうっかりミスには、くれぐれも注意してね、仕事に取り組んでください。それとね⋯。」
村上課長が横を向き、手招きをした。
サッと、1人の女性が出てきて、村上課長の隣に並んだ。
「今日から3月末までの限定ですが、本社から第二支社の経理部に出向してきた、永井さんです。」
「はじめまして!本社経理部から参りました、永井優那と申します。どうぞよろしくお願いいたします!」
ハキハキと、元気よく笑顔で挨拶をし、お辞儀をする永井。
経理部の人手が足りず、4月に新入社員が入るまで、永井が助っ人としてここへ来たのだ。
黒髪のサラサラロングヘア。
凛とした顔立ちで、スラッとしている。
社内の男性陣が、ザワめくのも無理もない。
はっきり言って典型的な美人だ。
「チッ!あいつが来たのか。やっかいだな。」
川野の隣にいた、佐渡の眉間に皺が寄った。
「永井さん知ってるの?」
佐渡に顔を近づけ、小声で尋ねる川野。
「えぇ。良く知ってますよ。僕と山本の同期ですから。見た目によらず、暑苦しいんですよ、アイツ。」
「ふ〜ん。そうなんだぁ。」
永井を眺めながら、何となく想像してしまう。
きっと、山本とも仲が良いはずだ。
川野のその想像は、さっそく当たってしまうのだった。
企画・営業部オフィス
午後3時になり、藤田さんがおまんじゅうを各席に配り始めた。
トントン―
「失礼します。挨拶に来ました。」
よく聞き覚えのある声に、ビクッ、とした川野。
後ろを振り向けない。
「はじめましてー。経理部の永井です。あっ!恵介〜、久しぶりー!元気そうじゃん。」
「チッ!奥でも作業してるから、もっと静かにしろよ。⋯こちらがまず、川野主任。」
増岡がミーティング中のため、佐渡が不機嫌そうに、営業部のメンバーを紹介し出した。
川野は紹介されるまま、席から立ち上がり愛想笑いを浮かべ、永井の方に会釈をした。
「川野です。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いしま~す。」
明るい笑顔で返す永井。とても眩しい。
「で、こちらが三浦君。三浦君のお隣が沼田さんで、あちらが藤田さん。」
次々と、最低限の紹介をしていく佐渡。
「皆さんよろしくお願いしま~す。ねぇ哲也〜。今日は私の歓迎会やってくれるでしょう?恵介も一緒に来てよっ!」
川野の後ろで、楽しそうに話す永井。
「チッ!今、仕事中だろ?言葉遣いに気をつけろ。奥に増岡課長と、他のメンバーがいるから、こっち来い。それと、みっともないから山本の腕を離せっ。」
「は〜い。恵介って、いつも私に冷たいよね?ねぇ、哲也っ。」
永井は拗ねたような声で、山本に相槌を求めた。
「いいから、行くぞ。」
山本に促され、永井は佐渡と3人で奥のミーティングスペースに入って行った。
「まぁ、凄く⋯積極的な、お嬢さんなのかしらね。明るいのは良いけど。⋯川野さん、大丈夫?」
おまんじゅうを配り終えて、席に戻って来た藤田さん。
「全然!大丈夫ですよっ!明るくて素敵な人ですね。」
愛想笑いを崩さない川野。
川野の顔を、じっと見つめる藤田さん。
「そうね⋯。去年1月のサンプルの発注書ファイルが必要なんだけど、私、場所が分からなくて。川野さんは、お詳しいわよね?至急、お願い出来るかしら?」
「はいっ!⋯すみません。行ってきます。」
川野の動揺は、藤田さんには隠しきれなかったようだ。
助け舟を出され、倉庫に逃げ込む川野。
ガチャッ―
心臓がバクバクしている。
情報が多過ぎて、付いて行けない。
久々に、間近で聞いた山本の声。
山本の腕にしがみつきながら、下の名前を呼び捨てで呼んでいた永井。
とても仲が良く見えた。
容姿端麗で、性格も明るい永井⋯。
(哲也君と、永井さん⋯お似合いだったな⋯。)
川野は、そのまま自分の殻に閉じ籠もりたい気分だったが、何とか気持ちを切り替えようとした。
「ウジウジしてるんじゃないよ、川野光っ!前を向けっ。深呼吸!スゥー、ハァー!スゥー、ハァー!よしっ!藤田さんに頼まれたファイルっ!」
色々な感情に、無理やり蓋をした川野は、棚からファイルを探しだした。
「えーっと。あった!⋯1番上段か。どうしよう⋯。」
高所恐怖症の川野は、脚立を使用するのをなるべく避けたい。
佐渡を呼んでくるか、三浦君か沼田さんに頼むか?
でも、まだ山本達が営業部のオフィスにいたら⋯。
正直、2人の姿はこれ以上見たくない。
迷った挙句、意を決して脚立を持ち出した。
脚立を開きロックをかけ、手足を震わせながら、一段、一段、登る。
幸い、一番上まで登らなくても、届きそうだ。
「よいしょっ!」
無事にファイルを取り出した川野。
「下を見ないように⋯。」
ファイルを、脚立の一番上の段に置き、震える足で、息を整えながら、ゆっくりと一段、一段、降りていく。
川野は特に、高い所から降りるという動作が苦手だ。
普通の人なら、なんてこと無いのだろうが、万が一落ちてしまったらと想像しては、手に汗を握ってしまうのだ。
最後の段⋯。
よしっ!
時間をかけ、やっとの思いで地に足をつけた。
もう大丈夫。
誰かの手を借りなくても、1人で出来た!
恐怖に、1人で打ち勝てた。
1人でも、もう大丈夫。
「よっしゃー!ミッションコンプリート!」
勇ましく両拳を振り上げ、ガッツポーズをする川野。
ガチャッ―
「それで、ここは倉庫。⋯ふふっ。」
山本と永井が、腕を組んで入って来た。
倉庫の中を、永井に案内するようだ。
慌てて拳を振り下げる川野。2人に見られてしまったか。
「⋯失礼しまーす。」
今にも消え入るような声で挨拶をし、川野は耳を赤くしながら、脚立も片付けず、営業部のオフィスへ戻って行った。
見られたかっ!?
雄叫びを見られたか?
笑われたか?
山本がこちらを見て、驚いた顔をして、少し笑ったような気がした。
あぁ、何で惨めなのだ。
馬鹿にするなら、勝手にしてくれっ!
センチメンタルな気持ちを、一気に吹き飛ばす程の恥ずかしさに耐えられず、席に着き、顔を両手で覆う川野であった。




