今年もお疲れ様でした
12月30日
第二支社の、仕事納めは前日であったが、川野、増岡、佐渡は、今年最後の休日出勤をしている。
クリスマスイベントを終え、正月イベントの設営の手伝いも落ち着いた。
今日は久々に、事務所でゆったりと残務処理を行なっている。
「いや〜、長かった。1日1日が長くて、ホントよく耐えたわ。」
デスクに山積みになった書類を確認し、ハンコを押しながら、増岡が口を開いた。
「そうですね。これだけボロボロになりながら会社に貢献したのだから、残業代や休出手当の他に、特別手当をもらっても良いくらいですね。」
パソコンを操作しながら佐渡が答えた。
いつもキチッとしている彼だが、仕事が落ち着いたからなのか、疲れのピークなのか、ダルそうだ。
片手で頬杖をつき、長めの前髪も少し乱れている。
「良いよな〜。俺なんて課長だから、残業代付かないんだぜ?」
「⋯⋯増岡、今日は私が奢ろうか?」
川野は、増岡が営業部の中で1番ハードに動き回ってた事を理解していたので、残業代が出ない事を気の毒に思った。
「いや、川野。気持ちはありがたいがな、俺は給料のベースはけっこう良いんだよ。そこは大丈夫だ。ただ、働いた分の割に合ってるかって言ったら、不満は残るよなぁ〜。冬のボーナスもイマイチだったしなぁ。」
「そうなると僕は当分、課長のポストにはなりたくないですね。」
佐渡が冷たく言い放った。
「俺も、なりたくてなった訳じゃないよ〜。⋯人事部に、佐渡の有能っぷりをアピールしてやろうかな⋯。おっと、定時まであと2時間。今日こそ定時で上がるぞっ!美味いビールが待ってるぞ!」
「おーっ!」
増岡の言葉に、川野と佐渡が小さく拳を上げた。
残務を終え、無事に定時に上がった3人。
これから、増岡が予約してくれた、新橋のやきとん屋でプチ忘年会だ。
サラリーマンの聖地、新橋。
オフィス街かつ呑み屋が多く、いつもならサラリーマンでごった返している、とても賑やかな街だ。
今日はすでに、年末年始の休暇に入っている会社が多いようで、人は疎らにみえる。
年季の入った赤提灯がぶら下がる、やきとん屋に着いた3人。
入口にドアはなく、空の瓶ビールケースと板で作られた、簡素なテーブルと丸椅子が、店前の路側帯ギリギリまで何席か設置してある。
「はぁ〜。幸せな匂い。」
深呼吸をし、川野が思わず口にした。
店内の焼き台から、炭とタレの香りを纏った煙がモクモクと広がってくる。
こういうお店は、大好きなのだ。
予約をしていたため、店の奥に通された3人。
こちらは、木製のしっかりしたテーブルと椅子だ。
増岡が1人で座り、向かい側に川野と佐渡が席に着いた。
瓶ビールケースのテーブルと丸椅子に憧れていた川野は、少し残念そうだ。
「さて、何から行こうかな⋯。川野は生だろ?佐渡はアルコール苦手だよな。ソフトドリンクが良いかな?」
増岡が尋ねた。
「僕は、ノンアルコールビールにします。」
佐渡は、本島との一件から、もう一滴の酒も飲まないと、心に誓っていた。
でも、今日は忘年会。
雰囲気だけでも味わいたいのだ。
「OK!じゃあ、あとはやきとんお任せコースと、とりあえず枝豆とサラダ頼むか。」
「もつ煮も食べたいっ!佐渡君は、他に何か食べたいもの無い?遠慮は無用だよっ☆」
今月は3人でいることも多かったため、関係性が少し変わたようだ。
増岡と川野は相変わらず仲が良いが、佐渡は2人より5歳年下なので、弟のようなポディションとなり、2人からチヤホヤされるようになった。
年齢だけではない。
辛辣な男は、川野と増岡にとって、年下ツンデレ男子としか映らなくなってしまい、構ってあげたい存在として、認識されてしまったのだ。
佐渡も悪い気はしていない。
増岡の、部下へのフレンドリーな姿を、実は尊敬している。
川野への思いも落ち着き、今が1番心地の良い距離なのだと感じていた。
「じゃあ、お言葉に甘えて⋯。ポテトサラダ好きなので、お願いします。」
佐渡が少しデレたっ!
2人は、満足そうに彼の顔を眺めるのであった。
飲み物とお通しが運ばれて来た。
佐渡にノンアルコールビールを注いでやる川野。
増岡が、ジョッキを片手に挨拶を始めた。
「えぇ〜、皆さん。大変忙しい時期を何とか乗り越え、無事に年を越せる事となりました。これも皆さんのお陰です!明日の大晦日は何と⋯休みですっ!久々のちゃんとした休みですっ!」
「元旦から、また仕事ですけどね。」
水を差す佐渡。
「うわっ!⋯今は考えたくない。せめて締めさせてくれ!今年もお疲れ様でした!乾杯っ!」
「カンパーイ!」
「(グビグビグビグビッ)くぅ~っ!最高!いつぶりだろう⋯こんなに美味しい生ビールを飲んだのは⋯。」
ジョッキの半分以上を飲み進め、川野が涙を浮かべる。
「(グビグビッ)はぁ~最高。これを待ってたんだよ。よく頑張ったね、自分。」
同じく涙目になる増岡。
「(グビグビグビッ)ぉぉ、のど越しが凄い!ノンアルビールってこんな味なんですね。これで酔わないなら、結構好きです。」
初めて飲んだ、ノンアルコールビールのクオリティに感激する佐渡。
普段、ビールの一気飲みなど出来ない佐渡にとって、新しい感覚であった。
「ふっふっふっ。佐渡君、それが仕事終わりの一口目という、最高に美味い瞬間なのだよ。」
川野が誇らしげに語った。
皆ここまで、よく頑張った。
仕事からの解放感と、自分への労いで満たされていく3人だった。
「ところでさぁ〜、何で山本と別れたの?」
運ばれて来たカシラ串を皿に取りながら、増岡が急に切り込んで来た。
「ゴホッゴホッ!」
ノンアルコールビールが変な所に入ってしまい、むせる佐渡。
川野と山本が別れた事を、当然知らなかった。
「なっ、何で別れたんですか?まだ1ヶ月くらいですよね?」
先日の増岡と、同じ反応をする佐渡。
「う〜ん。⋯ひと言で言えば、私のワガママ。仕事に夢中になり過ぎて、彼に寂しい思いさせてた。それに、私の心の余裕が無くなってて、ちょっとした事で怒ってしまって⋯。喧嘩になって⋯。」
「⋯はい?それだけの事?それはただの喧嘩ですよね?なぜ、別れる必要が?」
佐渡の眉間に皺が寄った。
「うん。何でそれで別れる必要があるんだ?それに、お前、仕事忙しいのに合間を縫って、会いに行ってなかった?てっきりラブラブだと思ってたんだけど。」
不思議そうな顔をする増岡。
「それは、そうなんだけどさ⋯。私が周りに、愛想振りまく所も、好きじゃないって⋯。私は皆と楽しく仕事したいだけなんだけど。だから、自分を変えられないから別れようって言ったの。」
呆れる2人。
「うわぁ~。⋯山本って、飄々としてる風に見えて、けっこう嫉妬深いんだな。」
「山本と長い付き合いですが、まさか相当なヤキモチ焼きだとは⋯知りませんでした。でも、川野さんも川野さんですね。極端過ぎますよ。」
「でっ?お前から別れを切り出して、山本の反応はどうだったの?」
「二度とゴメンだって⋯。仕方ないよねっ。でもさっ!もしこれで仲直り出来ても、元々の価値観が違うし、生活スタイルも違うし⋯。彼なら、ほかにお似合いの人いると思うから。」
「へぇ〜っ。ヤキモチ焼きの山本が、あっさり別れを受け入れたと。僕も最近、山本とはあまり話さないんでね。彼の気持ちは分かりませんが⋯。お疲れ様です。」
佐渡は、川野を慰めようと思ったが、良い言葉が見つからなかった。
ヤキモチ焼きの山本と、0か10でしか恋愛を考えられない川野。
恋愛経験は浅い佐渡でも、この2人は恋愛を相当拗らせているのだと理解出来た。
「山本は、若いな〜。彼女が仕事に疲れてる時こそ、優しく包みこんであげなきゃいけないのにな。嫉妬なんてしてないで、自信を持って、男の抱擁力を見せつけないと。」
意外と男らしい事を言う増岡。
川野が辛くしている所を側で見ていたので、擁護してやりたいのだ。
「まぁ、俺に任せておきなっ。」
そう呟き、増岡がほくそ笑んだ。




