プレゼント
川野と増岡は電車を降り、駅から5分ほど歩いて目的地に着いた。
空はすっかり真っ暗で、大きなクリスマスツリーを中心に、温かな色合いのイルミネーションが、そこら中で輝いている。
人けの少ない端の方へ移動し、マーケットの案内図を確認する増岡。
「川野、待ってなぁ〜。どの辺りだ?って⋯おいっ!俺を置いていくなよ!」
「ブースの場所、変更されてなければ分かるからっ!」
吸い込まれるように、マーケット内の人混みに入って行く川野。
ついさっきまで、憂鬱な顔をしていたのが嘘のようだ。
増岡は、慌てて川野の後を追った。
「ほら、あった!」
川野は急に立ち止まり、満面の笑みで増岡の方を振り返った。
川野が立ち止まった先には、白色のテントの屋根に、金色のイルミネーションライトが装飾された、小さな横浜支社のブースがあった。
テントの入口は、上から雪の結晶のオーナメントが、短いカーテンの様にいくつもぶら下がり、端にはクリスマスツリーと、雪だるまや、プレゼントのオブジェがにぎやかに飾ってある。
ホワイトクリスマスをイメージしたようだ。
テントのデザインも、川野が少ない予算と規模を考慮し、徹夜で何とか捻り出したアイディアだった。
「うわぁぁ〜!川野さーん!!会いたかったよ〜!」
「本当だ!姉さん、お久しぶりっす!あっ、増岡先輩もいるじゃないですかぁ!懐かしいなぁ〜!」
「川野ちゃん来た?ヤダッ!川野ちゃ〜ん!嬉しい〜!もうさ、東京行っちゃって寂しかったんだよ〜!何か頬も痩せちゃってるんじゃないの?ちょっと!増岡君、川野ちゃんをこき使い過ぎてない?」
2人に気付いた横浜支社の同僚達が、わらわらと近付いてきて、次々とハグをしたり声を掛けて来た。
皆、長い間を共にして来た、親愛なる仲間達だ。
「ご無沙汰してます!皆さん、お元気そうで何よりです!」
川野は会釈しながら、ハキハキと挨拶した。
その凛とした姿は、横浜支社時代の川野係長そのものだ。
約3カ月ぶりに横浜の同僚達と会い、すっかり息を吹き返したかのようだ。
「ありがとうございます⋯。」
本島が同僚達の輪に、割って入って来て、気まずそうに声を掛けてきた。
早く、紙袋が欲しいようだ。
「お疲れ様です!よろしくお願いしますっ!」
川野は笑顔で、快く紙袋を差し出した。
「⋯川野さん、色々誤解をしていたようで⋯。生意気言ってすみませんでした。」
??
誤解?何の事だ?
私の事を、ヘラヘラしてて嫌いとは言っていたが⋯。
川野が不思議がっていると、本島は口を歪ませ、耳打ちをする様に、話を続けた。
「堀田課長の事です!あれはヤバいですっ。今まで一緒に働いて来た人の中で、1番クズですっ!」
「ハハハハッ!!」
本島からの意外な言葉を聞いて、川野が思わず爆笑した。
笑い過ぎて、涙をうっすら浮かべている。
本島も、思わず口元が緩んでいる。
ここに来て、まさか本島と意見が合うとは!
何だか嬉しい気分だ。
「それと⋯おいでっ。」
本島がそっと手招いた先には、上野が立っていた。
「ミカちゃん⋯。」
「⋯川野係長。⋯本当に⋯本当に、申し訳ございませんでしたっ!私のせいで、川野係長にご迷惑お掛けして⋯。」
深々と頭を下げ、涙を流しながら謝罪をする上野。
きっと、ずっと川野への罪悪感を抱いていたのだろう。
「こんな事になってしまって⋯。私、会社辞めようと思ってたんです。でも先輩方が、それじゃあ、川野係長に顔向け出来ないよって。なので、せめて川野係長の残して下さったこの企画を、ちゃんと再現出来るようにしよう思って。堀田課長とは、随分戦いました。先方からOK出てるのに、ワザと変更しようとするんですよ?」
そうだったのか⋯。
堀田に手柄を奪われたと、卑屈な気持ちになっていたが、上野が自分の案を大事にしてくれてたと知れて、本当に良かった。
川野は泣きそうな顔で、何とも嬉しそうに微笑んだ。
「ミカちゃん。このオブジェ達は、ミカちゃんが考えたんだよね!私はテントのデザインしか考えてなかったし、堀田課長が、こんな可愛いものを思いつく訳がない。よく頑張ったね!とても綺麗だよ。⋯私の方こそ、あの時はキツく言ってしまってゴメンね。おいでっ!」
ギュッ―
川野は、駆け寄ってきた上野を思いっ切り抱きしめた。
川野も、上野と和解しないまま、東京へ行った事を後悔していた。
でも、もう元の関係に戻れないと思っていた。
上野と仲直り出来て、成長した姿も見れて、久々に晴れやかな気分だ。
聖なる夜に、思ってもみなかったプレゼントを、沢山もらった川野。
「増岡、連れて来てくれてありがとう!最高のクリスマスだわっ!」
上野を抱きしめたまま、川野は増岡に、とびっきりのスマイルを向けた。
「⋯良かった。川野っ!良かったなっ!疲れも吹き飛んだだろ?へへっ。⋯⋯あれ?そういえば。」
川野の喜ぶ姿を、微笑みながら眺めていた増岡は、ふと気付いた。
ちょいちょい話題に上がっている、堀田がいない。
辺りを見渡す増岡。
「あぁ、堀田のおっさんなら、今日は家族サービスだとか言って、来てませんよ。実際はサボりでしょうけど。」
「ははっ⋯。だろうね。昔から力仕事はやらないし、外回りもサボりまくってたからな。まぁ、アイツの顔は見たくなかったから!丁度良いやっ!」
失笑する、増岡。
実は増岡も、堀田が好きではなかった。
横浜時代は川野と一緒に、よくいびられていたからだ。
川野を左遷した事、文句の一つでも言ってやりたかったが⋯。
堀田の悪巧みがなければ今頃、自分はこうして川野と一緒に働いていなかったのだから“大目に見てやろう”と、少し思ってしまう増岡であった。
「そろそろ戻らないとな。皆に会えて嬉しかったよ!川野っ、行くぞっ!」
「うんっ!皆に会えて、本当に嬉しかった!あともう一息、お互い頑張りましょう!ではっ!」
こうして2人は、クリスマスマーケットを後にした。
「⋯なぁ、川野。一駅先まで歩かない?」
「別に、大して時間変わらないから良いけど⋯どうしたの?」
川野は不思議そうな顔をしている。
「まぁまぁ、東京の手伝いも終わる頃だし。今更、それほど急いで戻る必要は無いかなと。」
川野には分かる。
増岡は何か言いたげだ。
歩き出した2人。
「⋯上野さんと仲直り出来て良かったな。皆も元気そうでさ、昔を思い出して懐かしかったよ!」
「そうだね。⋯懐かしくて、あの頃に少し帰りたくなっちゃった。」
「⋯今の職場はイマイチか?」
「そんな事ないよ?今の職場も大好き。皆、面白くて優しいし。両方好きに決まってるじゃん!横浜と第二支社、掛け持ちとか出来ないかな⋯?」
真剣に悩む川野。
「お前、それはハード過ぎて無理だ。諦めろ。⋯ところでさぁ、今日はその、クリスマスなんだけどさぁ。この後、デートとかしないのか?⋯山本と喧嘩したのなら、この勢いに乗って、仲直りすれば良いと思ってさ。」
川野が俯いた。
「う〜ん。謝ったところで、どうにもならないと思う。もう別れちゃったし。」
増岡に衝撃が走った。
「えっ?お前っ、えぇぇぇ〜!?別れたの?まだ付き合って1ヶ月くらいじゃなかった?何で?何で?てっきり、喧嘩しただけだと思ってたよ。⋯いや、ごめん。⋯⋯ちょっと重すぎて、今は聞けないや。後日じっくり聞いてやるよ。」
「何であんたが狼狽えてるのよ!この話はもう良いからっ。それより、帰りに皆にお土産買っていかない?」
「そっ、そうだな⋯。お前、失恋して辛かっただろうに⋯。休む間もなく働き詰めで⋯。気付いてやれなくて、ごめんな。しかも、クリスマスに隣にいるのも、俺でごめん。」
「何言ってるの、お互い様でしょ?隣が私ですみませんねっ。普通に、接してもらうのが1番だから。あっ、でも、話聞いてくれるなら、奢ってね☆新橋の高架下の飲み屋さんとか、行ってみたいんだよね〜!」
「OK!じゃあ、仕事納めの日にでも。佐渡も誘って行くか!」
「そうだねっ!私達、残業トリオだもんね☆お土産は何が良いかな?久しぶりに食べたいから、月餅にしようかな?⋯」
こうして2人は、お土産の月餅を買い、仲良く東京へ戻って行った。




