クリスマスのお仕事
12月25日クリスマス
東京第二支社の営業部は、23日の土曜日から休日返上で、本社主体のイベントの手伝いに駆り出されていた。
豪華なイルミネーションが彩る中心街の公園で、著名人の日替わりトークショーやライブを行っている。
本日が最終日だ。
クリスマスイブは日曜日と重なったため、カップルや家族連れで、それはそれは大変賑わった。
役職組の川野達3人は、前週も、前々週も、イベント手伝いや残務で休日を返上している。
仕事から離れ、ちゃんと休めたのはいつだったか⋯。
上からは、労基法に引っかからないように、振替休日を交代で取るようにと命令されているが、届け出上の綺麗事だ。
休みを取っても、実際は家で持ち帰り残業をしている状況だ。
そこまでしなければ追いつかない程、忙しい時期なのだ。
イベント舞台の裏で円陣を組む、第二支社・営業部のメンバー達。
増岡が、声出しを始めた。
「いよいよ今日が最終日です!ここをクリアすれば、一気に落ち着き、穏やかな年越しが出来ると思いますっ!だいぶ疲れも出てると思いますが、精一杯、お客様のために頑張りましょうっ!」
「おぉーっ!!」
重ねた手を弾ませ、それぞれの持ち場へ散っていく仲間。
拳を握りながら歩き出した川野の顔も、一段と勇ましく見える。
手伝いの内容は、来客の誘導や会場のアナウンス、観覧席へ入る客の荷物検査、パトロールなどだ。
本社からの人手や、人材派遣会社から来ているバイトも、合わせて数十名いるが、何せイルミネーションの有名な地で混雑するので、スタッフは多いに越したことはない。
川野は主催企業のロゴの入った、青いベンチコートを羽織り、来客の誘導係についた。
クリスマスとはいえ平日なので、目玉イベントが行われる時間帯を除けば、前日より少しだけ落ち着いてみえる。
目の前を通る、楽しそうなカップル達をぼんやり眺める川野。
(⋯今日の仕事が終われば、哲也君とデート出来るはずだったんだけどな⋯。)
忙しく動いていないと、ふと思い出してしまう。
思い出してしまうと、一気に涙腺が緩んでしまう。
「いっけねぇ!仕事に集中!」
パンッ!パンッ!―
我に返り、川野は自分の頬を、両手で強めに叩いた。
山本と別れて一晩泣き明かして以降、川野はその失恋の悲しみに、存分に浸る事は無かった。
あれから、山本とは一度も連絡を取っていない。
会社で話すことも無く、廊下ですれ違っても、顔も見ずに、軽く会釈するだけだ。
たまに心が苦しくなるが、自分の蒔いた種だ。
自分から声をかける資格などないし、そんな勇気もない。
川野は失恋をすると、仕事に異常にのめり込む。
以前からそうだ。
本心に向き合わず、感情を無理やりねじ伏せる力技を使う。
心の底から、悲しみが湧き上がらなくなるまで何度も何度も、仕事の忙しさで蓋をする。
そんな川野の特性を知っている増岡は、心配をしていた。
これほど多忙なのに、川野が常に笑顔を作り、疲れも見せずに元気よく愛想を振りまいている時は、心が悲鳴を上げている時だ。
直接、川野から別れ話を聞いたわけではないが、長年の勘で、増岡には分かってしまうのだ。
夕方のトークショーが終わった。
残るは、夜に開催されるミニライブだ。
これが無事に終われば、第二支社の今日の手伝いは終了する。
ゴールが見えて来た。
増岡がスマホを片手に、川野の方へ近付いて来た。
「川野ちょっと。今から俺と別業務。横浜の方で物が足りなくなりそうだから、追加分持って来いってさ。」
顔が曇る川野。
「まだ、もう一仕事残ってるじゃん。私でなきゃ駄目?」
珍しく駄々をこねている。
「俺より、お前の方がよっぽど詳しいだろ?ほら、ここは佐渡係長がまとめてくれるから行くぞっ!」
そう言って、乗り気でない川野を連れ、増岡はイベント会場を後にした。
これから川野と増岡は、横浜のベイエリアで開催されている、クリスマスマーケットで配布しているペンライトを届けに行く。
クリスマスマーケットは、様々な企業がスポンサーとなり、企画会社が何社か合同で開催している。
三笠企画の横浜支社は、来客促進のため、ペンライトを無料配布している最中だが、平日のわりに在庫の減りが予想より多く、都内の製造元の在庫分を、追加で持ってきて欲しいとの事だった。
製造元の会社は幸い、川野達のいたイベント会場から近かったため、すぐ受け取ることが出来た。
首都高はどの線も渋滞しているため、電車で移動する2人。
製造会社で段ボールから200本のペンライトを、大きい紙袋に移し替えてもらい、お互い2袋ずつぶら下げている。
「いや〜、まさか横浜の手伝いまでやるとはな。⋯⋯川野さぁ、これ、お前が考えた案なんだろ?」
川野が俯く。
「⋯そうだよ?私と上野さんがメインで企画任されてたやつ。⋯なんで今更。⋯こんなの運ばされて、惨めだわ。」
これはまさしく、例のパワハラ騒動の発端となった企画だった。
川野はこの企画書を徹夜で作成し、何とか間に合わせたものの、作ってすぐ、初打ち合わせにも出させてもらえず、そのまま第二支社に飛ばされたのだ。
その後、あの堀田課長が川野の代わりに上野と進めたらしいが⋯。
川野の考えたデザインから、ほとんど変更もなく、手柄だけを取られた気持ちだ。
「これ⋯。星型で可愛いでしょう。ライブ用の鮮やかなライトじゃなくて、マーケットの雰囲気に馴染むように、キャンドルの様に淡く黄色に光るの。イルミネーションも綺麗だけど、来てくれた人達がペンライトを光らせてくれたら、もっと綺麗かなと思って考えたんだ。」
紙袋から1つ、ペンライトを取り出し、川野が笑った。
増岡はその表情を見て、何とも居た堪れなくなった。
川野は、本来なら今頃、横浜の会場で生き生きと指揮役をやってたはずだ。
自分の考えた企画が現実になった時の幸福感を、最大限に味わっていたはずだ。
せめてもの気晴らしになるかと思い、川野を連れて来たが、間違えだったかも知れない。
でも、ここまで来たら、もう行くしかない。
増岡は、複雑な思いをしたまま、吊り革を握り直した。




