思いやり
あれから一晩中、泣き続けていた川野。
明け方になり、ようやく泣き疲れて眠りについた。
だが、今日も仕事だ。
この忙しい時期に、私情で休む訳にはいかない。
目覚ましのアラームを止め、重い体を起こし、川野は浴室へと向かった。
企画・営業部のオフィス
「おはようございます。」
川野が出勤をすると、彼女の顔を見た同僚達が、ザワついた。
「フッ、おいおいおい⋯。」
どう反応して良いか分からず、佐渡が鼻で笑った。
隣の藤田さんが、焦りながら自身のカバンを漁り出した。
「川野主任。これ、かけた方が良いわよ。⋯⋯ちょっと派手かしら⋯?」
そう言いながら、花柄のスカーフに巻いたサングラスを渡してきた。
ハイブランドのロゴが入った、黒縁で紫色のレンズのエレガントなサングラスだった。
「お借りして良いのですか?⋯ありがとうございます。」
言われるがまま、サングラスをかける川野。
周りの反応はイマイチだ。
「僕の予備の眼鏡を貸したいところですが、あまり綺麗とは言えないので⋯。」
沼田さんが、申し訳無さそうに言う。
「僕も、キャップならありますが⋯。被ってしまうと、逆に目立ってしまいますよね⋯。」
三浦君も、申し訳無さそうにしている。
皆、川野の泣き腫らした瞼が、あまりにも痛々しく目立つので、心配してくれていたのだ。
「皆さん、本当に優しいですね⋯ありがとうございます!ただ浮腫んでるだけなので、もう少ししたら、もとに戻ると思います。⋯お見苦しくてすみません。」
川野は元気を振り絞り、笑顔を作った。
すると、向かいの佐渡が、つっけんどんに眼鏡を差し出してきた。
「川野主任。何があったか知りませんが、酷い顔ですよ?僕の前にそんな顔があると、仕事に集中出来ないので。これ使って下さい。」
受け取った眼鏡は、黒縁でブルーライトカット用の薄茶色いレンズの入ったものだった。
「それなら、違和感も無いでしょうし、多少隠れますから。」
「まぁ!佐渡係長、お優しいわね〜♪そういえば、佐渡係長も一時期、つけてらっしゃったような⋯最近だったかしら?」
川野は、佐渡がこの眼鏡をかけている所を、見たことが無い。
必死に、時期を思い出そうとする藤田さんを見て、佐渡の眉間の皺が深まっていく。
「とりあえず、この話は終わりで。仕事を始めましょう。」
クールにまとめた佐渡。
辛辣だが、何だかんだ優しい男だ。
「ありがとうございます。⋯ありがたく使わせて頂きます。」
川野は早速、眼鏡をかけた。
藤田さんのサングラスより、だいぶ馴染んでいる。
「下心とかではないので。」
「分かっていますっ!勘違いしてませんから。」
まさか、川野への思いを引きずり、瞼を腫らした佐渡がかけていた眼鏡が、川野の泣き腫らした瞼を隠す時が来るなんて⋯。
何とも皮肉である。
幸い、川野の瞼の腫れは、昼前には治まった。
「お陰様で、元通りになりました!」
「そうですね。いつもの川野さんですね。」
運転をしながら、沼田さんがホッとしたように微笑んだ。
川野はこれから沼田さんと、週末のイベント手伝いの最終打ち合わせと、使用するユニホームを受け取りに本社へ向かう。
「沼田さん。休憩時間を跨ぐので、早めにお昼にしましょうか?」
「そうですね〜。あそこのコンビニに、寄りましょうか?」
2人の車は、大きめの駐車場のあるコンビニに停まった。
「何食べようかな?⋯実は、昨日の夜から何も食べてなくて。さっきからお腹がグーグー鳴りっぱなしで。」
コンビニ内のお弁当コーナーで、川野が少し恥ずかしそうに打ち明けた。
「お腹が空いて来たなら、元気が出てきた証拠かな?ガッツリ食べちゃえば良いと思いますよ?」
沼田さんはそう言いながら、自身の買い物カゴに大盛りパスタを入れた。
「よしっ!じゃぁ、私もガッツリ!大盛りのり弁当にしようっ。」
川野も沼田さんに負けじと、でっかい弁当を選んだ。
「沼田さんって、パスタお好きですよね?イチオシのパスタは何ですか?」
車内に戻り、ランチタイムを開始させた2人。
川野は前から気になっていた事を尋ねた。
「そうですね〜。(ススッ、モグモグ)⋯⋯僕が1番好きなのは、ここのコンビニの、大盛りペペロンチーノですね。でも、外回りが入っている時は食べれないので、今日は大盛り和風パスタにしました。(ススッ、モグモグ)」
沼田さんが続けた。
「カミさんには、大盛りはやめとけ!って、口酸っぱく言われてるのですが⋯。昼くらい、好物を食べて、自分の機嫌を取っていかないと、心のバランスが崩れてしまいますからね。」
「確かに、ストレスは溜まる一方ですからね。健康管理も大事なんですけどね〜。私は、お酒でストレス発散するタイプなのを思い出しました!ありがとうございますっ!」
今は、感傷に浸っている時間はない。
それに自分にはまだ、仕事と酒が側にいてくれてるじゃないか。
しばらく控えていたが、今日は美味しい酒を飲んでやるぞー!
自分自身を鼓舞しながら、川野は大盛りのり弁当をガツガツ食べ始めた。
「うん、良かった。これあげるよ。今の川野さんなら、食べられると思うから。色々あると思うけど、沢山食べて、頑張りましょう!」
そう言って、沼田はホカホカの肉まんを1つ、川野にくれた。
「ありがとうございますっ!頂きますっ!」
川野はニッコリ笑った。




