荷物を届けただけなのに⋯
堀田課長の、あの勝ち誇ったような憎たらしい顔を、思い浮かべるだけで血圧が上がってしまう。
川野は気持ちを落ち着かせて、再び作業へ集中した。
コンコンッ、ガチャッ―
「おはようございます!バード運輸です。今日からこちらに、荷受け担当の方がいると聞きました!」
まだ20代前半くらいの配達員が顔を覗かせた。
「はいっ!私です。川野です。よろしくお願いします。」
「今日は⋯お荷物が8口になります。こちらにサインお願いします⋯ありがとうございます!いや〜、しかしこの暑い中、大丈夫ですか?熱中症には、お気を付けて。」
「外も暑くて大変ですよね。お互い、気をつけなきゃですね。どうもありがとうございました!」
「失礼します!」
ガチャン―
10月も近いのに、暑さがぶり返す日々。
夏の暑さは十分に満喫したから、もういい加減に涼しくなってくれと、川野は切に願うのだった。
「届いた荷物の伝票を確認して、経理の分は段ボールごと部署に持って行くと。」
やり慣れた仕事でも、支社によって手順が違う場合も少なからずある。
川野は今は波風を立てず、穏やかに過ごしたいので、慎重にメモを確認しながら、作業を進めていた。
(経理部は倉庫の隣にある。ドアを開けて、左へ歩いて行けば、20秒かからないかな?よしっ。)
ガチャッ―
川野は、脳内で何度も経理部へたどり着くシュミレーションをしながら、ついに一歩を踏み出した。
スタスタスタ―
トントンッ―
「失礼します。経理部さん宛の荷物が届きました。こちらに置いてよろしいですか?」
と、出入口から一番近い席の女性に声をかけた。
「はーい!あっ、川野主任!はじめまして、小林と申します。荷物頂きますね!ありがとうございます。」
(うわぁぁ〜。なんて感じの良い、爽やかな子なんだろう。)
小林のスマイルは、倉庫の外へ出るのを怖がっていた、川野の心をすっかり晴れやかにしてしまった。
「よろしくお願いします。失礼しました。」
ミッションクリア!
もっと、好奇の目に晒されると覚悟していたのだが、自意識過剰だったのかも知れない。
小林みたいに、分け隔てなく気さくに接してくれる人もきっといるはずだ。
川野の心は、悲観モードから楽観モードへ切り替わっていた。
軽い足取りで、倉庫へ戻ろうとした川野だったが、メモ帳を、経理部のテーブルに忘れた事に気付いた。
すっかり我に返り、慌てて経理部へ戻ろうと廊下を振り返った、その時だった。
ドスッ―
後ろを歩いていた人と、ぶつかってしまった。
「すみませんっ!ごめんなさいっ!お怪我はないですか?」
川野は必死に頭を下げた。
「大丈夫ですよ。そちらこそ大丈夫ですか?」
「私なんて大丈夫です!本当に申し訳ございません!ごめんなさい!」
「いえいえ、こちらこそ、⋯ふふっ。」
相手が、思わず吹き出した。
(えっ?今笑われた?どうしよう!やらかしてしまった!)
川野は完全に狼狽えてしまい、もう一度頭を下げて謝罪をし、倉庫へ逃げ込んだ。
(自分はなんて馬鹿なんだ!左遷されて来たのに、初日からもう気を緩めて調子こいて、人とぶつかって迷惑かけて⋯。)
椅子に座り込み、うなだれる川野。
彼女は、何かをやらかした時、脳内で一人反省会を開催する。
元々は、人とのコミュニケーションは好きな方なのだが、ネガティブな事があると、時間を見つけては自分の殻に籠り、頭の中で気の済むまで、反省と謝罪を繰り返すのだ。
今回も、一人反省会が開催されようとしていた。
コンコンッ、ガチャッ―
「失礼しまーす。」
「⋯はい。」
川野は、血の気が引いた顔を上げた。
「さっきはどうもっ。これ、忘れましたよね。」
そこには、先程ぶつかった相手が立っていた。
「えっ?あっ!すみません!ありがとうございます⋯。」
「あの時、渡そうとしてたんだけど、すぐ行っちゃったので。」
(うわぁ〜、よりによって渡しに来てくれた親切な人とぶつかったのか〜。最悪だぁ。)
川野の頭の中は、ぐちゃぐちゃになっていたが、とにかくもう一度、謝罪をした。
「経理部の係長やってます、山本です。川野さんより年下なので、タメ語でいいですよ。」
そう自己紹介をしながら、山本は近くの椅子に腰掛けた。
「先程はすみませんでした⋯。企画・営業の川野です。よろしくお願いします。」
「ふふっ」
山本が笑った。
さっきから、その笑いは何なのか?
川野は少しイラッとした。
「あの⋯なんで笑うんでしょうか?」
つい、我慢できずに聞いてしまった川野。
すると、山本はにっこり笑った。
「いやっ、すみません。面白いなぁと思って。だって、大丈夫だって言っているのに、何度も謝ってくるから。それに⋯ふふっ、俺みたいなガタイ良い奴とぶつかって、謝り倒す女性は、珍しくて。」
「ぶつかって、痛い思いをさせたのは事実ですからっ!それに、横幅は私の方がデカいと思うので。」
川野は、よく分からない反論をしてしまった。
「ふふふっ、痛くなかったですよ。川野さんも怪我しなくて良かったですっ。⋯それにしても、ここ暑いですね。廊下の方が涼しいから、ストッパーでドアを少し開けておけば良いんじゃないですかぁ?」
初対面なのに、何だか馴れ馴れしい人だな⋯
川野は不信感を抱きながら、そっと山本に視線を送った。
山本は高身長で、髪はパーマなのか癖毛なのか、ウェーブがかかっている。
キリッと整った顔立ちで、いわゆるバチバチに決まってるイケてる男だ。
そんな男が、謝罪を受け入れてくれて、忘れ物を届けてくれたまでは良かったが、こんなクソ暑い倉庫の椅子にゆったり腰掛け、パワハラ疑惑の年上女と会話をするなんて、からかい以外の何物でもないだろう。
こういう1軍男子タイプは、川野は得意ではないので、そう結論づけた。
「そこのドアは⋯今日は閉めたまま頑張ってみます。ありがとうございました。」
「そうですか。ふふっ。頑張ってください。ではっ。」
ガチャッ―
そう言って山本は、微笑みながら去っていった。
(もう、今日の一人反省会は必要ないな)
先程までの、川野の感情のジェットコースターは、ようやく収まったようだった。
「さて、まだまだ沢山あるぞ。ここの整理はお昼までに終わらせられますように。」
倉庫でブツブツ独り言を言いながら、川野は仕分け作業を再開した。




