ピザとチキン
遊園地の帰り道。
バスでも電車でも、2人はいつもの様な軽口を叩くことは無かった。
ただ寄り添い、時にはお互いの指を絡ませ、一言、二言、他愛のない言葉を交わして、見つめ合い微笑むのであった。
行きは、あれだけ長いと感じていた道のりも、あっという間。
2人は、最寄り駅まで帰って来た。
「川野さん⋯、この後どうします?」
山本が、そっと尋ねた。
こ、この意味は、どう捉えたら良いのか!?
今の今まで、山本との、まるで青春の様なやり取りに、うつつを抜かしていた川野が、現実に戻って来た。
「服濡れちゃってますし、店に入るのもあれなんで、俺ん家来ます?」
山本は、平然と提案して来る。
いやいや、これはどう答えるのが正解なのか。
色々と、心の準備も出来ていない。
でも、あっさり断って帰るのも違う気がする。
川野が戸惑っていると、山本がイタズラな目をして笑った。
「ふふふっ、川野さん、何考えてるんですか?夕飯のお誘いをしているだけですよ。お腹空きません?もし家で良かったら、デリバリーでも頼もうかなと思って。ウイスキー飲み比べも出来ますよっ☆」
なんだ、そういう事か!
川野は、ホッとした。少しガッカリもしたが…。
「確かに、お腹空きましたねっ!でも、急にお邪魔しちゃって、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよっ。ほら、いつもの川野さんらしく、流されて下さいっ!駅からそう遠くないので。」
そう言って微笑み、山本は片手で川野の手を握り、片手に傘を差して歩き出した。
自分の家とは正反対の道。
川野は再び、夢と現実の境界線にいるような、うっとりとした気持ちになっていた。
ガチャッ―
「どうぞ。」
「お邪魔します…。」
川野は、自分の部屋には人を招くこともあるが、誰かの部屋を訪ねることは、あまりなかった。
男の部屋なんて、以ての外だ。
どうしても緊張してしまう。
山本の家は、最寄駅から歩いて10分もかからない、幹線道路沿いに建つマンションの一角だった。
1LDKで、川野の部屋より広く、川野の部屋より綺麗に掃除されていて、整っている。
「上着預かりますね。シャワー先に浴びますか?」
”シャワー”とは!?
「結構ですっ!」
反射的に、そう言い返してしまった川野。
耳が赤くなってしまっている。
「ふふっ、だから何考えてるんですか?雨に濡れたから、風邪引いちゃいますよ?ほらっ、どうぞ!」
山本に促されるまま、流されるまま、脱衣所まで連れて来られた。
「川野さん、タオルと着替え、用意しておきますね。濡れた衣類は洗濯機に入れといて下さい。後でまとめて洗うので。あっ、着替えはスウェットとかで大丈夫ですか?」
「はい…。あっ、でもウエストのサイズが…。山本さんの方が、遥かに引き締まっていて細そう…。ズボン入るかな…。」
状況に付いていけず、よく分からない事を心配し出す川野。
「はははっ、そんなに気になるなら、一番デカいサイズ、用意しておきますねっ!シャンプーとか、適当に使って下さい。ではっ。」
山本は、結構失礼なことを爽やかに言い残し、脱衣所の扉を閉めた。
シャァァ―
熱めのシャワーに打たれながら、川野は必死に落ち着きを取り戻そうとしていた。
(大丈夫、冷静に…。夕飯を食べて、お酒飲んで……。)
「かぁぁぁ~っ!」
その先の想像をかき消すように、髪の毛や顔をわしゃわしゃ洗って行く。
逆に山本は、なぜあんなに平然としていて余裕があるのか?
年下男子に翻弄され、悔しい気もあるが、これが恋愛経験の差なのかも知れない。
「先にシャワー頂いてしまってすみません。ありがとうございました。ズボンも入りました。」
ボソボソ言いながら、川野が浴室から出て来た。
「おかえりなさい!……へぇ~。ふふっ、川野さんて、化粧落とすと幼く見えますね。あっ、これ使って下さい。」
そう言うと、山本はドライヤーとヘアオイルを渡して来た。
「ありがとうございます…。」
「くせ毛用なので、結構サラサラになりますよ。あと、川野さん、何が好きか分からなかったので、とりあえずピザとチキン頼んでおきました。俺も入って来ますね。」
そう言って、山本は浴室に入って行った。
なんともスマートな男だ。
きっと、この様なシチュエーションを、色々な女性と幾度も繰り返して来たのだろう…。
元々、川野とは恋愛観も、ライフスタイルも違う。
(浮かれ過ぎっ…。)
川野は、自分の頭をコツっと殴った。
山本が浴室から戻って来た。
目の前のローテーブルには、ちょうど届いた熱々のピザとチキンが並べられた。
ソファーに腰掛ける2人。
「川野さん!何飲みます?おすすめはこれです。」
リビングの端には、山本がコレクションしている洋酒の棚があった。
山本はそこから、自分の特にお気に入りのウイスキーを一本、持って来た。
「これ、香りがめちゃくちゃ良いんですよ。俺はハイボールにしますが、川野さんも一緒で良いですか?」
ニコッと微笑みかける山本。
「同じで大丈夫ですっ!美味しそう!」
愛想笑いを浮かべる川野。
「……どうしたんですか?ピザ嫌いでしたか?」
不安そうに川野を見つめる山本。
「ピザ大好きです!ウイスキーも!ありがとうございます…。」
川野はとうとう、愛想笑いも作れない程、悲しい気持ちになってしまった。
山本がスマートに振舞えば振舞うほど、自分が惨めに感じて来る。
山本は何も悪くないのに。
情けない…。こんなに優しくしてもらっているのに…。
「…ウイスキー、やっぱりロック、ダブル(2倍量)でお願いしますっ!」
こうなったら、酒の力を借りよう。
いかにも高そうなウイスキーだが、今の川野には必要だ。
「ふふっ……チャラいですよね。」
山本が悲しく笑った。
「俺、自分で言うのもなんですが、こういう見た目で…。優しくしたいだけなんですけど、色々と勘違いされて。川野さんも、こういうのタイプじゃないですよね……。ロックダブルですね、かしこまりました。」
冷凍庫に、氷を取りに席を立つ山本。
”傷つけてしまった!”
川野はとっさに席を立ち、山本の背中に抱き付いた。
ギュッ―
そのままそっと、山本の腰に両手を回した。
「…ごめんなさい。多分、この感情は嫉妬です。…自分でも驚いています。」
背中に顔を埋めながら、川野が囁いた。
山本の心臓の音がトクトクと聞こえて来る。
「…ちゃんと言って下さい。」
「…えっ?」
2つのグラスを、キッチンの作業台に置き、山本が振り返った。
「まだ、川野さんの気持ち、聞いてないです。」
「えっ、…同じ気持ちです。」
「ちゃんと、はっきり言って下さい。」
川野は、山本の肩に手を回し口づけた。
「大好き…。」
瞳を真っすぐ見つめ、気持ちを伝えた川野。
山本は、何とも嬉しそうな笑みを浮かべた。
「俺も大好きですよ。光さん。」
その後2人は、それはそれは、甘美なひと時を過ごした。
すっかり冷めてしまったピザとチキン。
いつになったら、2人の胃袋に入っていくのだろうか…。




