手を離さないで
「あぁぁっー!やっぱり地上が一番!」
川野は無事、観覧車から帰還した。
顔色もすっかり良くなり、ケロッとしている。
「川野さん、本当に乗れちゃいましたね。じゃぁ、その勢いで、ジェットコースターにも乗りますかぁ?」
山本は、ニヤニヤしながら尋ねた。
川野の顔が、険しくなった。
ところで、2人の手はいつまで繋いでいるのだろうか?
観覧車から降りてなお、離していない。
ポツリッ―
雨が降ってきた。
「うわぁ~、天気予報ハズレじゃん!雲行き怪しいとは思ってたんだけど⋯。折りたたみ傘、持ってきてないなぁ。」
「川野さん、あそこの売店に傘売ってますかね?行ってみましょう。」
2人はエントランス近くの、寂れた売店を訪ねた。
土産物や、遊園地のマスコットのグッズを売っているような店だ。
幸い、ビニール傘も売っていた。
山本が1本取り出し、川野の手を引っ張って、会計レジへ向かおうとする。
「あれ?山本さん。もう1本必要ですよね?」
慌てて川野が尋ねた。
「いや、1本で良いんです。2本だと手を離さなきゃいけなくなるでしょ?」
当たり前のように、山本が言った。
手を離さなきゃいけなくなる?
ということは、手を繋いでいたいということ?
川野の頭がキャパオーバー気味になって来た。
それでも、川野も自分から手を離そうとしない。
結局、1本だけ傘を購入した。
サーッ―
雨足が強まってきた。
2人は、エントランスの広場を、相合傘をしながら写真を撮っている。
雨で冷え込んできたことで、客もどんどん減り、周りはすっかり閑散としていた。
他にイルミネーションを楽しむ者も、ほとんどいない。
川野は右手でスマホ撮影をし、もう片方の手は山本と繋いでいる。
山本が、左手で傘を持ってくれている。
ガタイの良い山本の肩が、だいぶ濡れて来ている。
「写真撮れました!ありがとうございますっ!山本さん、濡れてしまってますね。⋯すみません、寒いのに付き合わせてしまって。バス来るまで、屋根のある所に移動しましょうか?」
川野は申し訳なさそうにしている。
すると、横並びになっていた山本が、クルッと川野の方を向いた。
2人の距離は10cmも無い。
「このままで良いですよ。⋯こうして向かい合ったら、お互い濡れませんから。」
川野の心臓が激しく動いている。
きっと山本は、川野を見つめているだろう。
しかし川野は、緊張し過ぎて山本の顔を見上げられない。
「⋯恵介とは、今後どうするんですか?今日のデート、もしアイツと会えてたら、もっと深い仲になっていたんでしょ?」
川野は、ハッ!とした。
佐渡の事をすっかり忘れ、山本とのデートを楽しんでしまっていた。
当然、佐渡から連絡は来ていないのだが⋯。
少しだけ罪悪感が湧いてきた。
「いや、今日は押しに押されてついOKしたんだけど、流石に⋯もう無いかなと。」
そう言うしかなかった。
「川野さんは、本当に流されやすいんですね。強いと見せかけて、押されるとすぐなびく⋯。」
山本の言葉がグサッと刺さった。
図星だからだ。
「そうですね。流されやすいんです。自分でもいけないとは思っているんですけど⋯。でも、山本さんだって、思わせぶりな態度して、からかったりしてるじゃないですか?あれは良くないですよ!」
「ふふっ、思わせぶりですか⋯。確かに。鈍感な人にはそう感じるんですね。⋯ところで、手、離して良いですか?」
そう言われ、川野は慌てて手を離した。
山本の機嫌を、損ねてしまったか。
ポフッ―
山本の右手が川野の頭を撫でた。
「川野さんて、クセっ毛ですよね。最初に会った時もそうでした。暑さと湿気のせいでしょうか、髪の毛がフワフワになっていて⋯今と同じ。ふふっ、僕もクセっ毛なので分かります。」
優しく頭を撫でたその手は、そのまま川野の頬を包んだ。
「⋯⋯クラブで遊び明かしても、虚しくなるんです⋯⋯⋯。川野さんも同じ気持ちだと思ってたのに⋯⋯⋯。」
(同じ気持ち⋯。)
「他の誰かのものに、ならないで下さい⋯。」
川野は、胸が苦しくなった。
何とも愛おしい、苦しさだ。
山本は、川野の顎をスッと持ち上げ、口づけをした。
額と額をくっ付けては、何度も、何度も、川野の唇を求めた。
山本の右腕が川野の背中にまわり、強く抱き寄せる。
川野は、何も言わない。
ただただ、山本の口づけに応えた。
心の奥底でずっと待ちわびていた、彼の本当の気持ちと、その甘い唇を、いつまでも感じていたかったからだ。
キィーッ!プシューッ―
路線バスがエントランス前のロータリーに停まった。
「⋯⋯バス、来ちゃいましたね。⋯⋯帰りましょうか。」
「⋯⋯うん。」
2人は、どちらからともなく指を絡ませ、バスへ乗り込んだ。




