映画は楽しめましたか?
佐渡との2度目のデートの日がやって来た。
”……次は覚悟しといて下さいね、光さん。”
佐渡からの言葉がずっと、頭から離れない。
2人の関係を進めたいという意味だと、さすがの川野も理解していた。
「川野光~!腹は括ったか~?ここまで来たら覚悟決めろよ~。」
鏡に映る自分を、勇ましく鼓舞する川野。
男前だ。
誠実で、自分の事を大事に思ってくれている佐渡と、とうとう向き合おうとしている。
「よしっ、準備完了。」
サボンの香りの香水を手首に馴染ませ、川野は家を出た。
今日も、鈍行の赤い電車に乗って出掛ける。
空は曇がかかっていて薄暗い。
(雨降らなきゃいいな…)
川野の心は、意外と落ち着いていた。
この時までは……。
待ち合わせは、13:00に吉祥寺駅だった。
何回か電車を乗り継ぎ、待ち合わせ10分前に到着した。
佐渡はまだ来ていなかった。
前回待たせてしまったので、そのくらいが丁度良いと、川野はあまり気にしていなかったが、13:00になっても佐渡は来ない。
スマホで連絡を入れてみても、応答がない。
川野は心配になって来た。
日時や場所を間違えたのか?
そう思い、やり取りしたメールの履歴を確認するが、合っている。
5分、10分と過ぎて行く。
あの、キッチリとした佐渡から遅刻やキャンセルの連絡が来ないなんて⋯。
(この電車に乗ってなかったら、今日は来ないのかな⋯?)
川野が、不安そうに改札越しのホームから向かってくる人達を見渡していると、1人のスカした男が、こちらに片手を上げて挨拶しながら歩いてきた。
「げっ!!⋯何で?」
川野は、心臓が飛び出そうになった。
山本が歩いてきたのだ。
「こんにちは、川野さん。今日は代理で来ました。」
この男はなぜここにいるのか?
川野が言葉を失っていると、山本が説明し出した。
「恵介、今日は急用が出来たそうです。俺が暇だと思ったのか、連絡よこしてきて。18:00 までなら空いてるのでOKしました。」
「だって、私の方には連絡来てないよ?聞いてないよ⋯?仕事ならそうと言って欲しかったな⋯。」
川野は、どうしたら良いのか混乱している。
「仕事じゃないみたいですよ。俺も、川野さんに直接言えば?とは言ったのですが。まぁ、けっこう焦ってて必死だったので。とりあえず、時間も限られてるので。行きましょうか?」
山本は何も感じてないのか、淡々と喋りながら歩き出した。
(えぇぇぇ〜!!そっちの覚悟は出来てたけど、こっちの覚悟は出来てないよぉぉぉ〜!!!)
今にも泣きそうな、情けない顔をしながら、川野は山本の後を付いて行った。
「山本係長、無理に付き合うことないんですよ?予定もあるって言ってたし。申し訳ないですよ。」
川野は山本に、遠回しに帰るよう促した。
「いえ、次の予定は、ここからそう遠くないので。それに、恵介の頼みなので。」
ひたすら淡々としている山本だが、帰る気はないようだ。
川野は、非常に気まずいが、とりあえず流れに任せようと思った。
今日は、吉祥寺のミニシアターへ行く。
佐渡が、次に川野とバディを組みたいと思っている、企画コンペの対象先だ。
開館50周年記念で発売する、記念品を製作するという案件だ。
佐渡は、川野とのデートを兼ねて、休日のシアター内を見て回りたかったらしい。
「ここですね。何か手伝う事あれば言ってください。」
「ありがとう。じゃぁ⋯、ロビーから回って、雰囲気とか、感じたことあれば教えてくれますか?些細なことでも良いです。」
「分かりました。」
川野と山本は別々に歩き出した。
山本は辺りを見渡しながらゆっくりと歩き、川野は、ロビーやチケット売り場などの写真を撮っている。
山本が戻って来た。
「川野さん、さすがに映画館の中は、チケット買わないと入れないですね。どうします?」
そうなんです。
映画鑑賞も、デートプランに入っていたんです⋯。
「山本係長、映画観ます?私と別々の物を見て頂いても、もちろん良いのですが⋯。」
川野は、遠慮気味に、山本に尋ねた。
「えーっと、今からやるのが⋯ホラーか恋愛映画ですね。川野さんはどっちが良いですか?」
山本は川野と一緒に観る気らしい。
「ホラーでお願いしますっ!」
「ふふっ、ホラーですね。分かりました。チケット代は、後から恵介に請求するので、俺が買っちゃいますね!」
久々に、山本の微笑む顔を見た…。
倉庫で最後に話した時、川野は自分が感情的になったせいで、山本に冷たくしてしまった気がして、ずっと心の奥底で罪悪感を覚えていた。
山本は案外、気にしていないのかも知れない。
嬉しいような、寂しいような⋯。複雑な気持ちだ。
でも、少し仲直りが出来た気がして、心の荷が降りたようだ。
「ありがとうございます!じゃあ、ポップコーンとドリンクは私買いますね!」
「ふふふっ、いや、そこはジャンケンでしょ?」
ジャンケンポンッ!―
軽口を叩き合った、当初を思い出す。
ジャンケンに負け、大きなポップコーンを抱えた川野の顔は明るかった。
「ふふふっ、はははっ!!」
映画館から、爆笑しながら出てきた山本。
不機嫌そうな川野が後から出てきた。
「川野さん、ふふっ、ホラー観てたんですよ?なんで怖がりもせず、ふふっ⋯ずっと険しい顔してたんですか?」
山本が笑い過ぎて、目に涙を浮かべながら言った。
「いや、やっぱり冷静に考えておかしいよなと。恵介君は、何を思って山本係長にお願いしたのかと。同期で友達だからって、デート代理は無いでしょ。その思考回路が、映画よりよっぽどホラーでしょ。てか、人の顔で笑い過ぎ。」
両腕を組みながら、男前な渋い顔をしている川野。
「俺も、増岡課長とかに頼めば?って勧めたんですけど、恵介が“上司で頼みづらいし、光さんと仲良いから駄目だ”って言ってました。」
「いや、増岡でも無いでしょ。今日は仕事はおまけで、デートだよデート!代理を考えてる根本が間違ってるよね。来れないって連絡すれば良いだけなのに。」
「⋯俺が来て、迷惑でしたか?」
ふと、山本から笑顔が消えた。
「いやいやっ!そんなんじゃなくて⋯。申し訳ないなと思ってて。協力してくれて、本当に助かったよ!ありがとうね!」
川野は、佐渡とデート出来ずにガッカリしている訳では無い。
むしろホッとしている。
ただ、佐渡が山本を巻き込んで、自分は連絡もよこさず雲隠れしていることに、腹を立ててるだけなのだ。
「川野さん、まだ時間あるんで、どっかでお茶しません?」
山本が提案して来た。
18:00ギリギリまで付き合ってくれるのか。
慈悲深い男だ。
2人は映画館近くのファミレスに入った。
「川野さーん。何が良いですか?」
タブレットを川野の方に向けながら、山本が聞いた。
「どうしようかな?ビールとつまみ系にしようかな。」
「ふふふっ、パフェとかパンケーキとかじゃないんですね。さすが川野さん。ブレないですね。」
どうやら山本にとって、自分の前で可愛いを意識せず、己の思いのままに行動する川野が、ツボらしい。
「じゃあ、俺もハイボール入れちゃおっかなぁ☆あっ、ここの食事代も恵介に請求するんで、遠慮なく行っちゃって下さい。」
山本がニッコリ笑って言った。
「よしっ!じゃあ、唐揚げと、フライドポテトと、サラダと⋯」
「もっと高いもの頼みましょうっ☆」
こうして2人は、時間いっぱいまで、佐渡の懐事情に全く遠慮をすることなく、飲み食いを繰り広げた。




