初デートは東京巡り
週末。
川野は朝からバタバタしていた。
今日は佐渡との初デートなのだが、着て行く服が見つからず、準備が進まないようだ。
「えーっと、動きやすい格好でって言ってたけど、これじゃラフ過ぎるよなぁ。本当はデニムのズボン履きたいけど、佐渡係長はキチッとした格好して来そうだし⋯。スカートはお腹冷えそうだし。やっぱりこれが無難かな。」
結局、仕事の時と変わらない、オフィスカジュアルな服を選んだ。
川野の普段の仕事着は、ベージュやグレーのパンツスタイルだ。
上は、ワイシャツか淡い色のシフォンブラウスに、今の時期だと紺のブレザーを羽織っている。
靴は、外回りでも足が疲れないように、ローファーや低めのパンプスを履いている。
「流石に、これじゃ会社モード過ぎるな⋯。髪は下ろして⋯、後はイヤリングくらいして行こうかな。よしっ!」
やっと準備が整った。
川野は最後に、お気に入りのサボン系の香水を、手首に一吹きかけ馴染ませた。
「よしっ!準備完了。」
川野は最寄り駅から、鈍行の赤い電車に乗った。
何駅かですぐ乗り換えなので、ドア付近に立ち、外の風景を眺めていた。
空は青く、スッキリとした秋晴れだ。
視界が良く、住宅街やビルが遠くまで見渡せる。
(こういう休日も良いね⋯。)
出勤の時とは違う、ゆったりと穏やかな風景に、川野の気持ちは癒されていた。
待ち合わせ場所は御茶ノ水駅だった。
11:00に現地集合だ。
「佐渡さーん、すみません、お待たせしました!」
「いえ、気にしないで下さい。僕が早く来すぎただけなので。」
川野は、待ち合わせの10分前に着いたのだが、佐渡はすでに到着していた。
何時から待っていたのだろう?
佐渡は川野の予想通り、キチッとした服装だった。
紺色のシャツに、白いスボン。ベージュのブレザーを着ている。
川野の服装と色合いが似ていて、まるでリンクコーデの様だ。
佐渡は、普段は長めの前髪をかき上げ、額を出しているのだが、今日はその前髪を真ん中から分けて耳の方へ流し、いつもより少し幼く見える。
「川野さんはきっと、いつもとあまり変わらない格好をして来ると思ったので、僕も合わせてみました。」
佐渡が、少し照れくさそうに言った。
「えへっ?バレてましたか!私も佐渡さんはキチッと決めてくると思ってました。でも、いつもスーツ姿なので新鮮です。」
川野もなんだか照れくさそうだ。
「じゃあ、行きましょうか?」
最初のデートスポットは神田明神だ。
商売繁盛・縁結びなどのご利益がある神社なので、仕事人間の2人にとっても、とても神聖でありがたい場所だ。
パンッ!パンッ!―
「川野さんは、何をお願いしたのですか?やっぱり、仕事の事ですか?」
佐渡が尋ねた。
「もちろん!今後の仕事も上手くいきますようにって。私だけでなく、会社全体のことも込めてね。佐渡さんは?何か、今日の姿見てると、佐渡さんっていうより、佐渡君のほうがしっくりくるな。佐渡君って呼んで良い?」
佐渡の眉間に皺が寄った。
機嫌が悪くなったよいうより、恥ずかしがっているのか。
「別に、今日はプライベートなので…お好きにどうぞ!僕も同じです。仕事が上手くいくように願いました。」
「そっか!では佐渡君、せっかくなので、おみくじ引きに行きましょうか?」
2人は境内にある授与所へ向かい、おみくじを引いた。
「うわぁ、凶が出た!何々…仕事はまぁまぁ良いけどな。あとはあまり良い事、書いてないな…。はぁ、頑張ろ。佐渡君はどうだった?」
佐渡の眉間に皺が寄っている。
「…僕も凶が出ました。…お互い頑張りましょう。」
「なんだ、仲間じゃ~ん!仲良く頑張ろうね☆」
川野は、悪戯な笑みを浮かべた。
「…これ、お守りです。僕とお揃いで良ければ。」
「あれ、いつの間に?頂いて良いの?」
「もちろんです、仕事のお守りにしました。それとこれ。今日は地下鉄を使うので、一日乗車券です。」
そう言って、佐渡はお守りと、地下鉄一日乗り放題の券を差し出した。
こういうスマートな所が、佐渡にはある。
「ありがとう。」
川野は微笑んだ。
いつもは支払いを気にするのだが、ここで言うのは野暮だろうと、ありがたく受け取った。
その後、2人は地下鉄に乗り、銀座へ向かった。
駅から地上へ出ると、そこにはハイブランド店や老舗が並ぶ、なんとも洗礼された風景が広がっていた。
2人はランチも兼ねて、近くに見えたレトロな喫茶店に入った。
「私、銀座はあまり来たことなくて。すごいお金持ちの街って感じだね。」
川野が周りの客に”田舎者”と悟られない様、テーブルの向かいに座る佐渡に耳打ちした。
「川野さん、こっち来てから、あまり東京を観光してないかなと思いまして。新鮮ですか?楽しんでくれてれば良いのですが…。」
「とても楽しいです!いつも休日は家でぐーたらしているので。東京って少し移動しただけで、コロコロ街並みが変わるので、ワクワクします。」
「良かった…。さあ、川野さん。川野さんは体力があると思うので、これから加速して行きますよ!まだまだ見せたい街並みが沢山あるんです。」
喫茶店で、デミオムライスとコーヒーを堪能し、2人は銀座を散策した。
その後
銀座→浅草寺→上野アメ横と、次々と観光地を散策した。
川野と佐渡は、せっかちなところが似ている。
一ヶ所をじっくり巡るよりも、色々な所を颯爽と巡って、その街並みや雰囲気を感じるのが楽しい様だ。
「ふぁぁ~。めちゃくちゃ楽しかった!」
川野は満足そうに言った。
辺りはもう、すっかり暗くなっていた。
「新橋は良かったんですか?飲み屋いっぱいあるのに。」
佐渡は少し心配そうだ。
自分が下戸だから、川野が遠慮しているのだと思っているようだ。
「いいの、いいの。新橋はまた、次の機会にゆっくりとね!逆に、登れなくてごめんね。せっかくプランに入れてくれたのに。どうしても怖くて。」
「いえ、こうやって下から見るのも良いものです。」
佐渡は微笑んだ。
2人は芝公園にいた。
間近には、オレンジ色にライトアップされた東京タワーがそびえ立っている。
「さすがに疲れたので、座りましょうか?」
「そうだね。」
2人は公園の遊歩道沿いに並ぶ、ベンチに腰掛けた。
「……寒くないですか?」
「…さすがに日が落ちると、冷えて来るね…。」
サッ―
佐渡の左手が、川野の右手をそっと包んだ。
冷たくなっていた2人の手が、じんわりと熱を帯びて来る。
華奢に見える佐渡だが、きめの細かい色白のその手は、川野の手より大きい。
「川野さん……。下の名前で呼んで良いですか?」
今日のデートで、何一つ色気を出さなかった佐渡に安心し、油断し切っていた川野。
まさか、ここに来て、ドキドキさせられるとは…。
「お、お好きにどうぞ。」
そう答えるのが精一杯だった。
「良かった。…光さん。僕の事も下の名前で呼んでくれると嬉しいです。恵介です。」
佐渡の声が少し震えている。
「恵介君。照れくさいねっ!」
その場の空気に耐え切れず、思わず茶化そうとした。
川野の悪い癖だ。
ギュッツ!―
佐渡は、川野の体をきつく抱き寄せた。
「駄目です。僕は真剣なので茶化さないで下さい。まだ恋人にはなれてないので、今日でどうにかしようとは思ってません。でも、……次は覚悟しといて下さいね、光さん。」
密着した佐渡の首筋から、爽やかで甘い香水が漂って来る。
耳元で優しく囁かれ、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
「はい…。恵介君…。」
長い抱擁を交わした後、佐渡とは現地で解散した。
無事に帰還した川野。
佐渡は律儀な男だ。
もう一押しすれば、川野は簡単に落ちただろうに。
「帰りの電車が違って良かった…。」
果たして、佐渡の今後のアプローチに、川野の心の準備は追いつくのだろうか?




